第7話 再びの共闘

「『博士』?」


 シホは問い返した。最高司祭という立場上、そう呼ばれる人間をシホも幾人か知っていたが、リディアが言う『博士』とは、おそらく誰とも異なる。その事だけは確信出来た。


「名はシャド、というらしいが、それ以上はわからない。その男は……いや、男かすらわからない容姿だが、とにかく、そいつは百魔剣の研究者を名乗り、『ラウンド』たちと繋がっている」

「『ラウンド』……やつらか」


 何かを納得した様子で、苦い顔をしたのはクラウスである。シホは焦燥に似た感覚を覚えた。『ラウンド』とは何か。『博士』とは何者か。この大陸最大の教団の最高位にある八人のひとりでありながら、シホにはその回答になる知識が一つもなかった。まして、『ラウンド』も『博士』も、おそらく百魔剣に関連する存在である。この二年の歳月の中で、シホは知らず、クラウスとリディアは知っていた。そんなことは、シホ自身が許せなかった。


「クラウス、『ラウンド』とは……」

「アザミ・キョウスケやシャーリン・ティネット、おそらく先の戦いでシホ様が封じたクレイモアもその一員と思われます。『円卓の騎士ナイツオブラウンド』百魔剣の使い手たちによる、秘密結社のような存在と認識していますが、その規模や目的について詳しいことは不明です」

「秘密結社……」

「わたしも、先にお話しした我が師、ドウセツ殿のもとへ攻め寄せた敵と相対した時に、その存在を知りました。『円卓ラウンド』は百魔剣を集めもしている様子でした」

「『博士』は、『円卓』の一員ではないらしいが、百魔剣の研究を目的として、『円卓』と強い繋がりを持っているらしい。『円卓』側も『博士』の研究に協力する向きがある」

「そんな存在が……」

「シャド、ですか」


 それまで沈黙を守っていたルディが言う。


「もし、情報に間違いがなければ、それと同じ名前の人物が、オード王ルーメイ直々の招致に応じ、王直属の軍師の座についています。カレリアへ進軍する、ほんの僅か前のことですがね」

「その者に軍師としての実績は」

「わたしの手の者と、カロラン姉弟で調べましたが、少なくともこの大陸ではありません。仮にも一国の王が指名したわけですからね、何かなけりゃあおかしいはずなんで、気にはなっていたんですがね」


 実績もない。経歴も不明。そんな人物が、戦争を起こす直前に、一国の軍師として登用されている。どう考えても不自然だった。


「オード王ルーメイは、賢王とも呼ばれた知性的で穏やかな人物です。あの蛮勇を誇りにするような国民たちを、見事にまとめ上げ、国を、人を、変えようとしていたそうですよ。そんな王が、侵略戦争なんて、始めますかねぇ?」

「……つまり、それがリディアさんの言う、『この戦場自体が、あの男に演出されたものかも知れない』ということ、ですか」


 シホが言葉を引き取り、締め括る。石造りの冷たい砦の廊下に、沈黙が広がっていった。


「……奴の目的はわからない。百魔剣を沢山集めて、戦わせてみたかっただけ、なんてことも平気で言うような奴らしい。百魔剣以外のことには何も興味がない。そう聞いている」

「リディアさん、その話は誰から……」


 沈黙を破ったリディアに、シホは反応した。気にはなっていたが、リディアは明らかな伝聞としての会話を続けていた。よくも悪くも孤高に、人との関わりを極力避けているリディアには、非常に珍しくことだった。少なくとも、二年前の彼には、そうした情報源は殆どなかったはずだ。シホの心を、場違いな焦燥がざわめかせた。が、応じたリディアはあっさりとしたものだった。


「フィッフスだ。フィッフスはかつて、シャドと研究をしていたこともあったらしい。元々、得体の知れない危険な雰囲気のある男だったので、すぐに交友は絶ったらしいが、奴の情報はいまだに入ってくるらしい」


 フィッフスは、リディアの育ての親である。旧統一王国の遺産、遺跡を研究し、その道具を扱うことも出来る、魔女と呼ばれる壮年の女性だ。シホは何故かほっとした胸のうちを隠しながら応じた。


「フィッフスさんが、来ているんですか?」

「ああ。流石に本格的な戦場には入れさせられなからな。近隣の猟村に身を潜めるように言っておいた。戦闘は落ち着いたが、ここに魔女を合流させるには、それなりの人物の許可がいるんだろう?」


 遠回しな言い方だが、リディアはシホに許可を求めていた。当然、シホにはそれだけの権力がある。が、そんなことはどうでもよかった。それよりも、いま、リディアが口にしたこの言葉こそ、シホには意味があった。

 フィッフスを、シホの権限でこのダキニへ呼び寄せる、ということは、つまり、シホと、神殿騎士団と、行動を共にさせる、と言うことだ。それはつまり、つまり……


「それは、また二年前のように共闘を申し入れても、承諾して貰える、ということでいいのか、リディア・クレイ」


 シホが開きかけた口が紡ごうとした言葉を、クラウスがぶっきらぼうに言い放った。ああ、と嘆息を洩らしたが、その時には、弾むような鼓動がシホの口から、喉から、言葉を消し去った。


 また、一緒に、戦ってくれませんか?


 シホはそれを言いたくて、リディアを呼び止めた。早く伝えたくて、言葉を選んで、会話が逸れて、戻せなくて、意外な形でリディアからきっかけを貰い、クラウスに言われた。一緒に戦ってくれませんか、またわたしと一緒に……


「ああ。……だが」

「わかっています」

「わかっている」


 リディアが何かを言おうとしたが、それに応じたシホとクラウスの声はほぼ同時だった。わかっている。リディアが何を言いたいかは、わかっている。一時の共闘だと、魔剣を手放さない限り、いずれはお前たちも斬ると、リディアはそう言う。間違いなく、言う。だが、それでもいい。リディアをひとりにしないために、孤独に戦い続ける彼のために、わたしは戦う力をつけ、権力を使いこなし、自分に宿命付けられた全てと、真正面から向き合う二年間を過ごして、ここにいるのだから。


「その時は、おれがお前を斬る」

「……言っていろ、神殿騎士長」


 言ったクラウスの口元が緩んでいた。リディアも微笑を浮かべている。クラウスも、彼なりの答えを探す二年を過ごしてここにいる。決して相容れることはないが、互いの中に互いを見ている、そういう風に見える二人と、それを見つめる自分。本当に、リディアがいるのだ、とシホは実感した。あのリディアが、再び共にあるのだ、と。 

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