第266話 けじめの時 7
「……ロアー」
「ああ、心配するな。終わらせたよ、ちゃんと。『もうこれが最後だよ』らしいが」
誰の言葉かはロアーも隆也もわからないが、隆也も金輪際使うことはない。
素質を自由自在に、好き放題できるなんてあまりにもズルが過ぎる。
だから、この一回だけ。
「しかし、お前も無茶したな。……再現したんだろ? シオリちゃんの異能を」
「うん」
詩折の中に入ったロアーはすぐに気づいたはずだ。
詩折には、すでに、本来そこにあったはずの『隆也から奪った能力』が消え去っていたことを。
「最後の一歩を踏み出した時に、俺は自分の能力を使って、ロアーにわざわざ再生してもらった生産加工スキルを消して、空っぽの状態にしたんだ。何の素質もない、空っぽの状態にするのが、あの子の『偏愛』の発現条件のはずだから」
隆也は一度詩折に能力を奪われて無能力になったが、それは意図しない形なので、偏愛は発現しない。
スキルは、その材料で何を成したいかという、明確な意思をもって使役することで、初めて発動することができる。最初にシーラットの応接スペースで、受付のミッタから学んだスキル行使の基本中の基本だ。
「っ……随分と回りくどいことをしたな。我々のことが信用できなかったのか?」
「セルフィアさん、怪我の方は大丈夫ですか?」
「私は他と違ってやわな鍛え方はしていないからな。……ところで、さっきの質問の続きだが」
「……信用はしていました。でも、それ以上に水上……シオリの能力も警戒していましたから」
セルフィアたちの奇襲から生き残り、魔界庫の圧倒的な質と量で押したモルルを咄嗟の機転で退けた詩折だから、最後に必ず何かやってくるだろうと思っていた。事実、詩折は隆也たちからは見えないところにこっそりと触手を作っていた。
「正直、負ける可能性も考えていました。俺とシオリ、どちらも同時に触れたときにはどちらが先に能力を消すかの競争になりますけど、そうなったときに不利になるのは俺ですから」
隆也が他人の能力に細工を施すのは初めてで、それに対し、詩折はすでに何度も自分の体をいじっている。
だからこそ、戦いが始まった時点で、すでに勝負が決している状態を作り出す必要があった。
「戦いの直前に、俺が『偏愛』を発動させて、シオリから下半分、つまり俺の本来の能力を奪い返す。シオリは俺に執着してたので、これは目論見通りでした」
直後、隆也たちは普通に詩折に真正面から接近し、あと一歩のところで失敗する。詩折も、ここまでは想定通りで、勝利を確信していたはずだ。
だが、そこで詩折は完全に虚を突かれる。
使えるはずの能力が使えない。この世界では常に奪う側だった彼女が初めて体験する、『奪われた側』の感覚。
戸惑ったはずだ。隆也も、その瞬間は大きく動揺した。
そこで生じた大きな隙をついて、闇魔法を真似して詩折の背後に近付いたロアーが止めを刺す。
やられたことを全部やり返して、全部元通りにする。
これが、隆也がとっさに閃いた作戦の全てである。
「しかし、お前もよくあんな修羅場でこんなこと思いつくもんだ。俺がそれに気づかなかったら、失敗してたかもしれないんだぞ?」
「まあね。でも、ロアーだっていつでもいけるように準備してたじゃないか」
「今まで俺たちに頼っていたお前が、急に最前線に立つなんて考えられないからな」
ロアーに作戦のことは伝えていなかったが、何かあったときにすぐ飛び出せるよう彼が準備していたのを、隆也はしっかりと見ていた。
なんだかんだで、やはりロアーはロアーなのである。
「阿吽の呼吸か。……なるほど、君もいい仲間を持っているということか」
「ええ。俺の知る限り、最高のリーダーだと思います」
その言葉にロアーが小さく舌打ちしたが、顔の方はほんのりと赤い。
意外と彼にも可愛いところがある。今後はもっと積極的に褒めてあげようと思う隆也だった。
「――おっ、そっちのほうもケリがついたみてえだな」
「光哉……それと、」
「無事だったか、タカヤ」
「ラルフも」
転移魔法で現れたのは、今ごろの登場となった魔王と大剣士の二人である。
今までどこで油を売っていたのか問い詰めたいところだったが、どちらも全身にひどい傷を負っているのに気づいた。
「ああ、心配すんな。こんぐらい、後でチナちゃんの血をもらえば治る。……ところでタカヤ、お前にプレゼント」
「わっとと……これって、剣?」
光哉が隆也に投げ渡したのは、ところどころ赤い血で染まった白金に輝く剣だった。
剣の柄尻に、エヴァーの生命核に似た宝玉らしきものが埋め込まれている。砕かれて大きなヒビが真ん中に入っている状態だが。
「光剣エルニカ――光の賢者の本来の姿だ。俺が殺したが」
「俺が? おい大剣士、何自分一人の手柄みたいに言ってんだ? おぜん立てしたのは俺だろが」
「止めを刺したのは俺だろ? というか、お前なんかいなくても俺は一人で勝てた」
「あ?? なあに言ってやがる。一度両腕吹っ飛ばされて俺の師匠に治療されたお前が」
「手なんかなくても、足があるんだよ。言っておくがな、魔王。俺は足でも剣を操れる。余計なお世話だったぜ、アレは」
「言ってろ、この剣バカが」
どうやらエルニカと激闘を繰り広げていたようで、無事切り抜けることができたようだ。
やり取りを見る限り犬猿の仲のようにも思えるが……案外、いいコンビかもしれない。
「ところでタカヤ、シオリはどうすんだ? ソイツ、まだ生きてんだろ?」
「……うん」
隆也の傍らには、浅い呼吸を繰り返す詩折がいる。
ロアーが『木』を荒らしまわったことによって、彼女はもう正常に能力を行使することはできない。偏愛の異能は残っているが、本性を現した彼女の味方はもう誰も残っていない。エルニカは光哉たちの手によって葬られた。
アルエーテルも言っていたが、彼女はすでに一線を越えてしまっている。今から改心なんてしないだろう。賢者の館で生きるも死ぬもない状態で拘束されている(らしい)元のクラスメイトたち以上のけじめをとってもらわねばならない。
それを決めるのは自分だ――隆也は、そう思っている。
「……ラルフ、お願いがあるんだけど」
「おう」
隆也は、ラルフたち雷雲船のメンバーにあることを頼んだ。
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(※次回、『水上詩折の冒険』(第267話)で一区切りですが、更新のほうは引き続きいつものペースでやっていきますので、よろしくお願いします。書籍関係の告知もそろそろ出来ると思います)
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