第261話 けじめの時 2
※
セルフィアの放った巨大な風の螺旋は、詩折をその中心に巻き込んだまま、氷の壁に大きな風穴を開け、登り龍のごとく空の彼方へと姿を消した。
放たれてからその状態になるまで、わずか数秒の出来事である。
「すご……」
隆也はそれを見て、そう呟くのが精いっぱいだった。
似たような技はフェイリアも使っていたが、セルフィアの放ったそれは、一段、いや、それ以上の威力を持っているはずだ。
あの詩折がまったく手も足も出せず、いいようにあしらわれて終わるとは。
上には上がいる、とは良く言ったものだが、ここまで圧倒的な実力差を見せつけられては呆然とするしかない。
これが、この世界における最高の実力をもった冒険者たち。
「――アルエーテル、ピエトロ、確認だ。行くぞ」
「了解っ」
「手ごたえはあったが……さて、どうなったかな」
完全に終わったかに思えたが、しかし、三人は表情を引き締めたまま、穴の開いた付近をくまなく捜索する。
仕留めていればそれでよし、損ねていれば、改めて息の根を止めるということか。どこまでも完璧な仕事だ。
危機の可能性の芽は、できるだけ確実に摘み取っておく……そうでもしなければ、未知の秘境や遺跡を探索することを生業とする彼らでも、無事ではすまないのだろう。
「俺たちも行くか」
「ロアー、大丈夫なの?」
「問題ない。それよりも、あの子がちゃんとくたばったのを確認しなきゃ、夜も眠れないからな」
奪われたはずの隆也の才能を元通りにしたロアーだから、その気持ちは隆也もわかる気がする。
詩折の執念は、隆也の背筋が凍るほどに凄まじいものがある。
ロアーに背負ってもらう形で、隆也も三人の後を追っていく。エヴァーのほうには、メイリールとダイクの守りについてもらうようお願いした。
「アルエーテルさん、どうですか?」
「タカヤ……うーん、いま瓦礫の中を探してるけど、ちょっと見つからないかな。服の破片はところどころ散らばってはいるんだけどね」
それはもう、服というか、なにもかもバラバラの破片になっていることを意味していないだろうか。
山といって差し支えないほどの氷塊に穴をあけるほどの威力だから、そうなっても全く不思議ではない。詩折といえど、直前に魔法も封じられていたし、生身の体で受ければ、塵すら残らないはず。
「あ、そうだ。はい、これ」
「? あの、これは――」
アルエーテルから渡されたのは、淡い緑色の光を放つ石のようなもの。
「はい、あなたの師匠の生命核。普通ならそれだけあっても意味ないんだけど、タカヤならきっと元に戻せるでしょ?」
「え、ああ、はい。とりあえずもらっておきます」
どういう事情でエヴァーがあの姿になったのかはわからないが……ひとまず、後でリファイブにでも訊くことにする。
「――アルエーテル、こっちへ。見つかった」
「! は~い。タカヤ、いこ」
生命核をポケットにしのばせ、隆也はアルエーテルとともに、セルフィアのもとへ。
どうやら、詩折が見つかったようだ。
「……見たところ死んでいるようだが、どうだ?」
「ちょっと、待ってくださいよっと」
セルフィアに一言断ってから瓦礫の中をのぞくと、そこには、目を口を半開きにさせたまま、氷塊に押しつぶされた詩折の姿があった。
慎重な手つきで、アルエーテルが彼女の瞳や、手首、胸の鼓動がないか調べている。
「……」
アルエーテルが、手を使って詩折の瞼を閉じ、頷いた。
「あんだけ強い子でも、死ぬときは意外にあっけないもんだな」
苦い顔をしてロアーは呟いた。
隆也も、本当のところは、詩折はまだ生きているのではないかと思っていた。方法はどうあれ、これまで強かに一人で生き抜いてきたのだ。そう簡単に死ぬはずではないと。
だが、結果はこの通り。
彼女は果たして、これまでことを悔やんで死んでくれたろうか。能力を奪ったうえで見捨てたクラスメイトの子に対しての仕打ちや、隆也、そしてシーラットの面々の命を危険に晒したことに対する罪を、少しでも申し訳ないと思ってくれたろうか。
結局、彼女の口からは謝罪の言葉を訊くことはできなかった。もちろん、そんな余裕など、あの戦闘においては皆無に等しかったが。
「セルフィアさん、あの、詩折の遺体は、どうするんですか?」
「このまま放っておいても、魔獣や虫たちが処理してくれるだろうが……まあ、一応仲間だったよしみもある、最後に焼いてぐらいはやるさ」
「で、私の出番ってことですね~、はいはいわかりましたよ。でも、その前に瓦礫は取っ払ってくださいね。今のままじゃ、蒸し焼きにしかできませんから」
アルエーテルには苦労を掛けるが、やってもらうしかない。
「ピエトロ、ラルフから連絡は? こういう力仕事はアイツが適任だろう?」
「まだないな。負けることはありえないが、手こずることはあるだろう」
「ふむ……では、アイツが勝ってくるまでいったん休憩――」
と、アルエーテルたちが詩折の遺体から目を離した、その一瞬だった。
「……あれ、今――」
ぴくり、と詩折の体がわずかに動いたような。
ぞくりとした悪寒が、隆也の全身を駆け抜けた。
――なが、みくん
「っ……! セルフィアさん、防いで!!」
「むっ……!?」
隆也が叫んだと同時、それまで死んでいたはずの詩折が、一瞬で瓦礫の下から逃れて、背後からセルフィアへと迫っていたのだった。
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