第212話 メイリールと 2
ダイクもたまには気が利くなと、一瞬でも思った隆也が間違いだった。
「あ、あのっ……」
「…………」
湯煙で微妙に隠されて見えないが、シルエットのほうだけはなんとなくつかめる。
細身で引き締まった、かといって女性としての自己主張もしっかりとしている全体の輪郭。
そういえばメイリールの裸を目撃するのって、もしかしてこれが初めてじゃ……などと隆也が考えてしまったことはひとまず置いておくとして。
「た、タタタタタタタ……!」
「す、すすすすいませっ……!」
互いに予想外のことで、隆也もメイリールもどうしていいかわからずその場であたふたとしている。
とりあえずの緊急措置として、全力で顔をあさってのほうへ向けることにする。
「ど、どうして隆也がここに……ここ、今日は私の貸し切りやなかったと?」
「え、でもそれは俺のセリフでもある――」
「あ」
「あ」
同時に二人とも察し、息を合わせるようにして言葉をつづけた。
「「お礼がしたいから、一人で燦の湯に来て欲しい」」
ダイクの言葉だ。
「もしかして、メイリールさんも宿の代金のこと聞きました?」
「うん。親にヘンな借りを作りたくないけん、ロアーと三人で宿代の金を貸してほしい、って……どうしようもないヤツやけど、仲間やし、隆也のことも助けてくれたりしたけんいいかなって」
「あのヤロウ」
そうなると、ダイクは宿代を隆也、ロアー、メイリールの三人から徴収していることになり、ダイク自身は負担していない可能性が高くなる。
浮いた金で果たして何をしているのやら……これは後日問い詰め案件である。
確かに『お礼』のほうに関しては、隆也にとってそう悪いものでは――いや、やはり余計なお世話だ。
「えっと、とりあえず俺はもう上がりますから、温泉のほうはメイリールさんの貸し切りでゆっくり堪能して……」
「――――」
はっし、と隆也が露天風呂から上がろうとしたところで、メイリールに手首をつかまれた
「え? あ、あの」
「……大丈夫、もう、肩まで浸かってる、から」
出なくてもいい、ということなのだろう。ここの燦の湯、色がかなり濃い乳白色なので、使ってしまえば裸の状態はひとまず隠されるだろうが、
「せっかくやし、一緒にあったまろ?」
「っ……!」
重要なのはそこではない気がする。
「あ、それともなに? もしかして、お姉ちゃんの私と一緒に入るのが恥ずかしいとかな?」
その通りだった。もちろん嬉しい気持ちがないわけではないが、それ以上に気恥ずかしさでしんでしまいそうである。
ミケやムムルゥ、それにアカネや王都にいるリゼロッタなどなど……女性と接する機会は多いが、こういうハプニングには、いつまで経ってもなれることなどないだろう。
しかし、こう言われてすごすご引き下がるのもなんだか悔しい気がするので、
「そ、そんなことっ、ないです! じゃあ、どっちが先にのぼせるか勝負ってことでっ!」
「ふふっ、じゃ、そういうことにしといてあげようかね~」
気を取り直して、隆也はメイリールのすぐ隣に腰を下ろした。
しばし沈黙して、空を眺めた。
雲一つなく、そして空気も澄み切っているのだろう――一面に大小の星が瞬いていた。綺麗だが、隆也の知っている星座はどこにも見えない。
ここが異世界であることを、こんなところでも実感しようとは。
「ねえ、タカヤ」
「? どうしました? まだまだ勝負はこれからですよ?」
「こだわるね~、でも、今のはそういうんじゃなくて」
一呼吸おいて、メイリールが隆也の横顔をちらりとみて、言う。
「……私の痣も、見てみる?」
「ぶっ……!!」
突然の申し出に、隆也はせき込んだ。
弟のリルドと妹のミィリンにもついていた焔の形をした痣。メアリの話だと、『きわどいところ』にあると言っていたような気がするが――。
「も、もう! ヘンな想像せんといてよ、隆也のエッチ!」
「だ、だって……」
「そこまで恥ずかしくないけん! ここよ、ここ! いつもは目立たないように化粧とかで隠しとうけどね」
ポニーテールにしていた髪をかきあげると、うなじの部分に、小さいながらも同じものが確認できる。
小さいが、弟妹のものと較べると、はっきりと焔が浮かび上がっている。色も赤い。
「タカヤが私たちの里帰りに付き合ってくれた理由って、多分『これ』よね?」
「やっぱりわかっちゃいますか」
どうやらお見通しだったらしい。まあ、痣の存在が判明してからずっと気になって、リルドやミィリンの痣を凝視していたというのもあるのだが。
「そりゃわかるよ。……だって、ずっと見てきたもん。そりゃ、最近は他の子たちに押されて影が薄かったのは自覚しとるけど……それでも大事な仲間やもん」
そう言いながら、徐々にメイリールと隆也の距離が近づいていく。人一人分あった間隔が徐々になくなり、今は肩が触れ合うほどにまでくっついていた。
「タカヤ、なんで私たちにこんな痣があるか知っとう?」
「……いえ」
知らないからこそ、それを探るためメイリールについてきたのだ。
この痣のこと、おそらくはきちんとした理由が存在している。
そして、メイリールだけでなく、この国に住む全員がそれを知っているのだろう。
「いいんですか? そんなこと、部外者の僕に言って」
「う~ん、本当は言っちゃダメなやつなんやけどね。でも、タカヤにだけはわたし――」
そうメイリールが意を決したところで、
――ふむ、なかなか面白そうな話をしているじゃないか。え?
「っ……!」
二人の目の前に、光り輝く円形の魔法陣が現れた。
「ねえ、タカヤ。今の声って……」
「ええ。ずっと心配してましたから、忘れるはずもありません」
この魔法陣は、この光は……間違いない。あの人だ。
「――久しぶりだな、我が弟子タカヤよ。女と二人きりでしっぽり温泉とは、元気そうで何よりだぞ」
「師匠」
二人だけのはずだった場所に割って入ってきたのは、それまで音信不通だったはずの『森の賢者』エヴァーだったのである。
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