第211話 メイリールと 1


「んじゃ、俺はもう少し仕事があるからまた後で。あ、鍵は閉めるなよ。一応、俺もここで寝るつもりなんだから」


 荷物を置くと、そう言ってダイクはそそくさと部屋から出て行った。


 ここの宿代については、ひとまず三分の一を負担することになった。宿代については、ウォルスに行くことが分かった時点で準備をしていたため、当初からきっちりと払うつもりだったが。


「タカヤ、明日の予定はどうする? どこか行く予定はあるのか?」


「特には……とりあえず、中心の火口はいくつか見ておくつもり」


 食事の際にメアリから聞いたことだが、ウォルス山は頂上部に規模大きい噴火口がいくつかあり、それを見て回るための登山道がきちんと整備されているという。


 観光目的でこの地に来たつもりでないが、せっかくなので一応は見ておきたい。


 それと、どうせ各自自由行動にしても、おそらく女性陣はみんな隆也についてきてしまうので、それならロアーと一緒に予定を立てたほうがいいだろう。


 ダイクとロアーで男三人、普段は決して回れないようなところで羽を伸ばす、というのも捨てがたいのだが……。


 そんなわけで、明日の予定を立てていく。隆也もロアーも、性格上は分刻みで設定してきちきちと動いていきたい性なのだが、どうせ朝の寝坊常習犯であるミケとムムルゥによって狂わされてしまうので、それも踏まえて大まかに、行く場所だけ決めておいた。


「さて、と、こんなもんか。んじゃ、そろそろ俺たちもひとっ風呂浴びるとしますか。タカヤ、お前も行くだろ?」


「うん、でももうちょっとだけ明日の準備をしておくから先に行ってて。俺はダイクが戻ってきてからにするよ」


 隆也が取り出したのは、火傷した時のための塗り薬の材料だった。基本的に登山道から出なければ大丈夫ではあるが、ごくまれに岩の隙間から高温のガスや温泉が噴き出す可能性もあり、それによる事故も毎年起きているとのことで、大事をとってのことだ。


「そうか、まあ、あんまり無理すんなよ」


 ロアーも部屋から出ていき、これで部屋は隆也たった一人になった。


「さて、と……」


 ロアーの足音が完全になくなったのを確認してから、隆也は部屋に備えつけてあった火燦亭の施設案内を手にとった。


 火燦亭には部屋に備え付けられた風呂のほか、それぞれ違う種類の温泉が五つほどあり、それがここの大きな特徴となっている。


「えっと確か……燦の湯、だったかな」


 火傷薬を調合する、というのはもちろん建前で、本当の目的はダイクと二人きりで会うためである。


 ――お礼をしたいから、一人でこの場所に来てくれ。


 別にいらないとダイクには何度か言ったのだが、『どうしても』と言って引き下がらなかったので、ひとまず受け入れることにした。


 いつもなら夜の飲み代をロアーせびったり、時にはルドラに給料の前借りという形でお金を作っている彼にしては珍しい。


「またなんか悪だくみしてんだろうなあ……まあ、やることは善良なヤツだからいいんだけど」


 怪しさ満点の『お礼』に不満を覚えつつ、隆也もロアーから五分ほど遅れて、こっそりと部屋を抜け出していった。



 燦の湯は、五つある温泉の中で、もっとも宿のある建物から離れた場所にある露天風呂である。


 いったん建物の外を出て、離れへと向かう。途中、不安定なつり橋もあって、たどり着くまでに結構なスリルを味わうことに。


「うわぁ……すごいなここ」


 だが、道の途中を照らす魔石塔の赤や橙、緑や青といった色とりどりの灯りと、そして温泉源から発生する靄が合わさって、思わず唸ってしまうほどに幻想的な光景だった。


 確かに、一、二を争う人気があるのも頷ける。


 気づいたら、すでに目的地に着いていた。


 入口の引き戸には『清掃中のため関係者以外立ち入り禁止』とあるが、ここは無視していいとのこと。


「もしかして、貸し切りで風呂に入らせてくれるってことなのかな……?」


 知らない誰かに気兼ねせずゆっくり疲れをとってくれ、ということならありがたいところだが。


 誰もいない静かな脱衣所で服を脱いで扉を開けると、靄の中から大小の岩を綺麗に積み上げて作られた露天風呂が姿を見せる。


 案内の資料では、ここの燦の湯は『首や肩や腰など体の様々な凝りや、関節の神経痛などにも効能アリ』とのことらしい。


 外に出ることはたまにあっても、基本、隆也は工房で座り仕事である。無理な姿勢で作業に集中することもあって、まだ若いにも関わらず筋肉が凝って仕方がないのだ。


「ふぃ~……」


 乳白色のお湯に、しっかり肩までつかる。上手く調節されているのか湯加減もちょうどよく、これならしばらくの時間はのぼせず入っていられそうだ。


 誰もいないし、やはり隆也の予想通り、誰もいないし貸し切り状態――。


 ――ぽちゃん。


「えっ……」


 と、思ったところで、隆也のすぐ隣から水音がした。


「ふぃ~、やっぱり故郷のお湯は……って、あれ、その声は……」


 もうもうと立ち込める湯気の向こうから、白い肌が姿を現して。


「メイリール、さっ……」


「タ、タカッ……!?」


 ダイクの『お礼』の正体が、ようやくここで判明した。

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