第195話 終結
【バかなッ……消滅したはずだっ、この世界に落下するときに、私が盾にシて……!】
世界から跡形もなく消滅していたはずのゲッカが現れて、『七番目』の肥大した左目が、セプテの瞼から飛び出るほどに蠢き、彼女を大写しにしている。
姿はアカネだが、周囲の空気すら凍り付かせるかのような魔力と声色は、忘れられるはずもないだろう。
【そうだったかもしれませんね。この世界に降り立とうとしたあなたを止めるべく――他の仲間と。ですが、私はかろうじて生き残った。そして、ご主人様のおかげで、今ここにいる――】
じり、と、ゲッカはさらに一歩詰めよって、
【あなたの命を完全に『斬る』ために】
そう冷たく言い放った。
【グッ……!?】
ゲッカの本体である刀身が鞘からゆっくりと引き抜かれた瞬間、『七番目』の顔が焦りに染まる。明らかに、目の前で対峙するゲッカに恐れをなしている。
この世界に存在するどんな武器ですら破壊できない最硬の皮膚を持つ『七番目』。だから、本来は何も恐れる必要はないはず。
しかし、この場にいる中で、隆也たちは知っている。
その『最硬』も、ゲッカの前ではなんの役にも立たないのだということを。
【……もう十分でしょう。私も、あなたも、もうずいぶんと生きた――いや、生きながらえてしまった。還るべきときが来たのです、仲間たちの待つところへ、戻るときが】
【黙れッ、だまレだマれダまれっ……! まだ何も為してイないのに、こんなところで、しかも、貴様なんぞにっィ……!!】
「っとおっ!」
歯が欠け落ちるほどにぎりぎりと歯ぎしりをして、『七番目』がその場から逃れるべく必死の抵抗を見せる。
だが、ティルチナと光哉の手から突如伸びた闇の魔力の鎖の拘束がそれをあっさりと抑えた。
【ぬううううううううああああああッッッ! は、な、せええええええええッ!】
「放せといって『はいそうですか』っていう馬鹿がどこにいるってんだよ、このムシけら野郎。おい、ゼゼ」
「はぁい……ふふ、カエルみたいに情けなく潰れないよう、せいぜい頑張って私をあ楽しませて頂戴ね、虫ケラちゃん? ――レイズ」
【お、ごっ……!?】
ティルチナが飛びのいた瞬間を見計らったかのようにして、『七番目』を囲むようにして超重力の場が形成された。
「あっハハハハハ! ほうら、早く逃げなさぁい? じゃあなきゃ、どんどんどんどん重くなっちゃうわよ。そうれ、レイズ、レイズ、レイズっ――!」
もうすでに動けないにも関わらず、ゼゼキエルは本物のスターバンカーを掲げては重ねがけを繰り返している。
他人をとことん痛めつけることで楽しみを見出す――それこそが、本当のゼゼキエルの性格のようだ。根っからのSということなので、あの時の賭けのように、自分の体を犠牲にするようなことは絶対にしないのが彼女だ。
【や、やめッ……あ、あ……!】
【もう終わりにしましょう……ご主人様、よろしいでしょうか?】
「うん、大丈夫――ちょうどいま、拘束が外れた」
エルニカの施した矯正具がガラガラと崩れ落ちて、隆也の魔力回路の修復が完全に終わったことを告げた。
小さく深呼吸をして、手の先の感覚、その内を走る命脈の流れを感じ取る。
いける。むしろ、筋肉や骨と同様、より強靭になったような気がしていた。
「最後に聞いておくけど……ゲッカ、本当に約束通り、これで最後にしていいんだね?」
【ええ。今はアカネも頑張ってくれていますが、それもいつまで続くかはわかりません。私の理性が欠片でも残っているうちに……お願いします】
隆也はすぐさまゲッカに駆け寄って、刀身に触れる。
最後の仕上げだ。実はゲッカの刀身は他の金属と較べて意外に脆いので、シロガネでの細工もたやすい。
要領は
そうして目的さえ果たせば、自分はこの世界から消える……隆也と初めに交わした約束の通りに。
【……そう言えば、ご主人様。最後にアカネに伝言を頼みたいのですが、よろしいでしょうか?】
「アカネさんに? 構わないけど……なに?」
【頑張ってください、と。それだけ伝えていただければ】
「……それだけ?」
【ええ。それで十分伝わると思いますから】
隆也にそれだけ言い残した後、アカネの体が元の状態へと戻っていき、胸に炎を灯した鬼状態のアカネの人格が再び表へと現れた。
おそらくはもう二度とあの白い少女に会うことはないだろう――ありがとう、と隆也は小さく呟いた。
「――ふうっ、数分だがやはりきついな……タカヤ、話は終わったか?」
「ええ。俺にはよく意味はわかりませんけど、『頑張ってください』とアカネさんに伝えてくれと」
「っ……そ、そうか、わかった」
ゲッカからの伝言にアカネはぽっと頬を朱に染める。隆也にとってはただのエールのようにしか聞こえないが……二人の間では結構な意味を持っているのだろう。
「刀のほうも準備は終わりました。あとは、頼みます」
「任された。……危ないから、下がっていろ」
刀身をいったん納めて、アカネが抜刀の構えをとる。
タカヤの手によって、わずかに光を反射していたゲッカの氷のような刀身は、完全にその姿を消している。
絶対不可視の刃。
それは物体を斬らず、ゆえにこの世界の生物は殺さない。
殺すのは、同じく、人の目にはほとんど視ることができないもの。
それは、魔力であり、そして、魔力回路。
【よ、よせっ……それは、それだけは……『お、願い……助けて……姫、さ……みんな……!』――】
「これで終わりだ、バケモノ――」
【っ、なぜ、だっ、なぜなのだっ、あね、】
「――シマズ流改、秘剣、無ノ一刀」
音もなく放たれたアカネの一振りが、星剣の鋼で覆われた皮膚を素通りし、セプテの左目の中央を通過した瞬間、
【じゃ――】
そんなわずかな断末魔とともに、それまでドクドクと脈打っていた『七番目』の本体が完全に沈黙する。
目的は、達成された。
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