第191話 捕食者


「光哉、あれ……!」


「ああ。あれは間違いなくウチの倉庫にあるものだ……見様見真似で、オレと同じことをやったらしいが……」


「でも、倉庫のものを自由にできるのって、魔王様だけの特権なんスよね? それなのに、どうしてアイツがあっさり泥棒に入れるんスか?」


 ムムルゥの疑問ももっともだった。あの魔界庫は魔王専用であり、代理の光哉か、もしくはティルチナの許可がないとアクセスできないはずだ。


 許可を受けていない、しかも、魔族ですらない『七番目』にどうしてそんなことが――。


「……いや、でも、もしかしたら」


 できるかもしれない。


 ここで隆也は一つの可能性に行きあたった。

 

 今となっては、本体と一体化して歪な形の剣へと豹変した星剣だが、それまでは、アルタナーガの王族に代々伝わる『魔族を討つ虹の剣』として、長きにわたり魔族を喰らっていた。


 個体ごとに違う魔族の魔力、素質。時には異能を持った魔族などもいただろう。


 四天王や、そして、歴代の魔王たちも、一人や二人はいたかもしれない。


「もし魔界庫を自由にできる権限が、『現』魔王だけじゃなく、『過去』の魔王にも残っているのだとしたら……」


 そして、星剣によって捕食することによって、喰らった魔族の能力を、そっくりそのまま自分の能力として使えるのだとしたら。


「……だな。あんな虫野郎の剣に喰われるようなへっぽこ魔族の能力なんざ俺の敵じゃないが、それでも、それが束になるとするなら、多少は面倒になる――メリィ!」


「――はい。お呼びですか、ご主人様」


 光哉が呼んだ瞬間、魔界庫へとつながる小さな穴から、ぬるり、とホワイトブリムを付けた少女の首が出現した。


「俺の部屋から『アレ』を持ってきてくれ、出来るだけ早く」


「かしこまりました……ですが、よろしいのですか?」


「ああ。ってか、そうじゃなきゃ俺一人で食い止められそうにない」


「では、至急そのように」


 光哉の指示を受けたメリィは、久しぶりの再会となった隆也へと一瞬だけ目礼し、すぐさま姿を消した。


「? 光哉、アレって?」


「うん? まあ、俺専用の武器ってところかな。使うかどうかはまだわからないが、まあ、念のためだ」


 レベルⅦの魔剣ですらびくともしない『七番目』の皮膚。そこに攻撃を通すためには、さらにレベルの高い武器が必要だろう。


 おそらく、星剣のレベルⅧに匹敵、下手したらそれ以上のものを持ち出してくるはずだ。


【クく……そろそろ最後の相談はすんダようだナ】


「ああ。助かったよ、待っててくれて。おかげで、テメエの薄汚ねえ死骸の処理をどこでするか、まとまったところだ」


【心配スるな、魔族の王とやら。貴様は、そこにいるニンゲンもろトも、我が殺し喰らってやロう】


「それは無理な相談だ。テメエはオレ……いや、オレらが殺すからなっ!」


 その会話を最後にして、両者は再び激突した。


 魔界庫にある武器ではどうにもならないため、光哉は魔法で、そして、対する『七番目』は呼び出した魔剣と星剣で。


 捕食した魔族の素質が全て合わさっているのだろう、『七番目』は、光哉の闇魔法を中心とした多彩な攻撃を全て受けきって――いや、


「んぎっ……!?」


【クかッ……どうした、そんなものか小童ッ!】


 むしろ、さばききった上で、逆に光哉を徐々に圧倒しているように思えた。


「魔王様、どうしちゃったんスかね……いつもは武器が無くても、こんなのとは比べ物にならないぐらい、めちゃくちゃ強いはずなんですが」


 隆也から見ても、光哉の様子がおかしいことは感じていた。手加減をしているつもりはないのだろうが、どこか攻撃することをためらっているような。


 その答えは、『七番目』に乗っ取られたセプテの肉体にあった。


【どうしタ? そんなに我が依り代の娘の体が心配カ? 我が目的のため、ただ知らず知らずの間ニ傀儡となっていた、憐れな娘の体ガ】


 人間の限界を超えた動きを『七番目』が見せるたび、ぶち、ぶち、とセプテの肉体が中から千切れる音が隆也の耳に届く。表面が星剣の鋼で覆われているとはいえ、まだ中身までは完全に浸食はされていないようだ。


「せ、セプテッ……頼む、セプテだけは……」


「……ちっ!」


 敵から放たれる星剣と魔剣の斬撃を紙一重のところで回避し続ける光哉。


 口では『まとめて殺してもいい』とは言っていた光哉だったが、やはり人間としての情も残っているのだろう。ラヴィオラの親友でもあるという彼女の体に対して

非情になり切れていない。


 本気になれば互角以上の戦いにできるが、それをしてしまえば、セプテの中身がどうなるか分かったものではないからだ。


 光哉すでに魔族だが、しかし、元は隆也と同じ世界に住む人間である。仲間を思いやる気持ちもあれば、情だって残っている。


【カかッ……実に馬鹿ラしく面白いッ! 邪魔者、足手纏イ……さっサと切り捨てレばいいにも関わらず……これがこの世界ノ生物か、愚かなッ!】


「ぐぅっ……!」


 光哉の迷いをよそに、『七番目』がついに星剣の一撃を光哉へと浴びせた。とっさに闇魔法で防御を固めたが、受けた衝撃は凄まじかったようで、光哉の表情が初めて戦いの痛みで歪んだ。


「光哉!」


「心配すんな、ちょっとしたかすり傷だ」


 隆也がとっさに投げ渡した回復薬によって体力魔力とも持ち直した光哉だったが、だからといって状況が好転するわけでもない。


 このままではジリ貧。


 やはり、ここは心を鬼にしてセプテもろとも討つしか――


「っ、あっ、いっ、いた、いよぉ……ら、ヴぃおらさまぁ……エリ、エル……ロッタ……みん、な。たす、け……」


 セプテの涙声が聞こえた気がして、隆也を含むその場の全員が顔を上げた。


【クくッ……どうだ? 私の声真似は……上手いものだろウ?】


 しかし、目の前にいるのは、醜悪にせせら笑う『七番目』。


 完全に、目の前の化物に、いいように弄ばれていた。


「てッ、めえッ……!」


 自分以外の命をなんとも思っていない、この世界に住むすべての人々を冒涜する所業に、光哉の纏っている魔力の質が変わった。


 それまで抑え込んでいた魔力が、赤い稲妻のように迸り、漂う葉や草木を一瞬で焦がしている。


【……ようやく本気を出したカ。初めから、そうしておけばいいモのの】


「テメエ、もう喋るな」


 瞬間、光哉の姿が、隆也の眼前から消えた。


 次元間移動をしているのではない。ただ、誰の目にも捉えられないほどの速さで駆けただけ。


 落ち着いて、と隆也が声をかける間もなく飛び出した光哉。


 だが、それが逆に隙をつかれることになった。


【判断力を欠いタな……小童、貴様の負ケだ】


「……!? ごほっ」


 ただ怒りのままに殴りつけようとした光哉の背後に、闇魔法である影転移を用いて回り込んだ『七番目』の星剣の腕が、彼の心臓へと致命的な一撃を突き刺していたのである。

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