第154話 七つの隕石


「アカネさん……その」


「……わかってるよ。本当にしょうがない奴だな、お前は。いいよ、私が話そう。そう長い話でもないしな」


 呆れたように溜息をつきながらも、アカネは、この世界で実際に起こった事件について語り始める。


「――ことが起きたのは相当な昔だ。何の前触れもなく、空から七つの巨大な石が飛来してきた。私達が見ている青い空は、そのさらに『上』があって、私達が日々恩恵を受けている太陽は、それほどの遥か遠くから我らを見守っているのだ、と」


 この世界の人々も、正確ではないにしろ『宇宙』のようなものを認識しているらしい。もっとも、隆也のいる世界から何人も転移しているのであれば、そのような知識が広まっていても、そう不思議なことではない。


「シマズ以外で残されている資料だと、そのうちの七つの内の六つは、地に落ちる前にほぼ消滅したようだ。一つは燃え尽きることなく落ち、世界は壊滅的な打撃を受けたが……それは、今の話には関係ないからいいだろう。タカヤも、あと一週間すれば知ることだ」


 一週間、ということは王都が関係しているのだろうか。気にはなるが、それは後でエヴァーやリゼロッタにでも聞けばいいだけの話だ。


「落ちたほうは関係ない……ってことは」


「ああ、昔のシマズを、今のような極寒に変えたのは、七つのうちに残っていたもう一つの欠片。厳密にいえば、隕石は、二つ落ちていたんだ。それが――」


 言って、アカネは、先程引き返してきた道のある方角を見る。


 そこでようやく隆也は理解した。


 その生き残ったもう一つが、先程、丁重に祀られていた『月花一輪』で。


 そして、アカネをこの地に縛り付けている元凶ということだ。


「……いきなりこんなふうになったわけではない。最初は皆『ちょっと肌寒いな』と思った程度で、特に細かいことは気にせず過ごしていた。当然、月花様のことも、気にされることはなかった。初めのうちは見えなかったしな」


 だが、日を追うごとに、どんどんと様子は変貌していったようだ。それまで年中暖かい日の光に満たされていたシマズにどんよりとした雲が覆い始めた。


 もちろん気温は下げ止まらず、その影響で作物は育たず枯れていく。


 シマズの象徴ともいえる桃色の花びらをつける木も、当然、同じような運命をたどったいったのだった。


「……タカヤ、月花様、いや月花一輪でいいだろう。あの刀が『生きている』と私がいったら、お前は信じるか?」


「え……?」


 隆也は祠に居た時のことを思い浮かべるが、そんなことは思いもしなかった。


 隆也の相棒であるシロガネや、魔槍トライオブオールように、命が吹き込まれたかのように呼応してくれる瞬間はあるが、それはあくまで錯覚にすぎず、意志があるとまでは考えにくい。


 生きているというのは、そういうことだ。おそらくアカネはそれを聞いている。


「いえ……そもそも姿すら見えませんでしたから。ヘンな鉱物だな、としか」」


「タカヤにとってはそうだろうな。だが、実際は、きちんと声も発していた。もちろん、さっきもだ」


 その時、ふと、屋敷に打ち付ける吹雪が強くなった気がした。ビュオオ、という風が強く吹き抜ける音。


 ふと、フジがゆっくりと立ち上がった。


「……ふむ、今日はやけにおるの。アカネ、席を外す。タカヤ殿のことは任せたぞ」


「はい。お祖母様」


 アカネを一人残して、フジはすぐさま部屋を後にした。また、あの場所に向かうのか。


「……アカネさん、今のも」


「ああ、私達のことを呼んでいた。聞き取れるのは、その『そしつ』があるお祖母様と、私だけだが」


 だからこそ、彼女達二人は『月守の巫女』などと呼ばれているのだろう。


「……俺には、わかりません」


 だが、なぜそこまでしてアレを守るのか、隆也には理解できない。こうなったのはすべて月花一輪が原因だろう。なぜ、そんなものを大事に扱っているのか。


「タカヤの気持ちもわかる。私だって、正直に言ってしまえば、本当は嫌だよ。だが、あれに魔力を、私たちの命を定期的に吸わせてやらないと、飢えた月花一輪は、シマズの命を、本当の意味で滅ぼしてしまうかもしれない」


 決意を込めた瞳で隆也を見、アカネは言う。


「私は、ここにいる皆を見捨てられない。トビやミチヒ、ソウジにキハチロウ……数は少ないけど、今もこうして生きている一族の仲間を。だから、」


 ――ここで、お別れだ。


 瞳を潤ませた彼女は、小さいながらも、はっきりと隆也にそう伝えた。


「タカヤ、お前は私なんか比べ物にならないくらい、とても優秀で凄い奴だ。だから、その能力を、私なんかのために無駄遣いするな。ベイロードでも、王都でも、どこでもいい。もっとお前を必要としてくれるところで、それは使え」


「……アカネさんには、必要ないんですか?」


「ああ、いらない。お祖母様がいなくなっても、私は一人で十分にやれる。そうなるように、師匠に鍛えてもらったしな」


 緋色の袖で涙を拭ったアカネは、隆也に、そして、今は彼の膝の上ですうすうと寝息を立てているミケに微笑みかける。


 隆也は一人っ子で、兄弟はいない。だから、実際のことはよくわからないけれど。


「――タカヤ、今までありがとう。過ごした時間はそう多くはなかったけど、楽しかったよ」


 それでも、彼女は正真正銘、隆也にとっての『姉』と。『家族』と呼べる存在だと感じていたのだった。

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