第133話 隆也の仕事 2


「うおっ、マジか……すげえじゃねえかよ、おい」


「ほんとよ。ロアー、やればできるやない!」


 見事に一射で敵を仕留めて見せたロアーの背中を、祝福するようにメイリールとダイクが軽く叩く。


 隆也のアシストがあったとはいえ、やってのけたのはロアーの実力だ。


 ナガツノの鋭い角を削り出して作った隆也特製の矢。それをまともに受けた獲物は、小さく呻き声を上げて体を僅かに痙攣させた後、完全に動かなくなった。


「タカヤ……お前はやっぱり凄いヤツだよ。仲間に引き入れて、本当によかった」


「そんな……当然のことをしただけだよ、俺は」


 感謝され、隆也はなんだかこそばゆい気持ちになる。


 だが、それでもまだ彼らから受けた恩を返せたとは思っていない。一人寂しく異世界に放り出された隆也を拾ってくれたこともそうだが、なにより、その後も、隆也のすべてを受け入れてくれたことが大きい。


 この世界に来る前まで、隆也は何もをするにも怖気づき萎縮してしまう少年だった。声を発するたび、動くたびに誰かに笑われ、馬鹿にされていた。


 だが、今の仲間達には、それが一切ない。たまに突拍子もないことをしてしまうこともあるけれど、メイリールも、ダイクも、ロアーも、ムムルゥも、そして今はこの場にいないレティ、ミケ、社長ルドラ副社長フェイリア、そして師匠エヴァー姉弟子アカネも、彼の考えに蓋をしたり、馬鹿にしたりしない。全てを受け入れてくれる。


 隆也に全幅の信頼を寄せている。頼ってくれている。


 だから、存分に自分の力を、知恵を振るうことができているのだ。


「……っと、それより早いところ仕留めた獲物の角をとりにいこう。あれがなきゃ、いくら仕留めても数にカウントされないから」


 討伐の証である角を採取するため、四人はすぐさま仕留めたナガツノへと駆け寄った。すでに息は引き取ったようで、完全に絶命している。


 隆也は両手を合わせて『ごめんね』と小さく呟き、すぐに解体作業へと移った。


 長角猪ロングホーンボアの角は武具の素材になるほど丈夫だが、隆也の手にかかれば、採取はそう難しいことではない。


「ねえ、タカヤ。ここ、ちょっとこっちに来てくれん?」


 と、一頭目の討伐の証を道具袋の中に入れたところで、周囲の探索をしていたメイリールが、隆也へと大きく手を振っている。どうやら何か見つけたらしい。


「……全部死んでますね」


 メイリールが手招きした場所にあったのは、複数頭の角が根元付近から折られているナガツノの亡骸だった。他の冒険者たちが討伐した後だが、とにかく激しく痛めつけたのだろう。損傷が激しい。


「まだやられてそんなに時間は経ってなさそうだから、うん……これならまだだ」


「タカヤ?」


「メイリールさん、これからみんなで穴を掘って埋めてやりましょう。時間はかかりますけど、このまま野ざらしにするよりはいいでしょうから」


「うん。でも、そうなるとあんまり他の角は集められんくなるね。夜も時間はあるけど、夜目の効く人って、ウチらの中にはおらんやろ?」


 昼夜関係なく力を発揮できるのはムムルゥだが、彼女は今、別の行動にあたっている最中なので、夜の狩りは難しい。


「大丈夫です。もちろんギリギリまで狩りはしますが、これだけあればトップに立てると思いますから」


 言って、隆也は、一か所に集めたナガツノたちの亡骸を見る。


 せっかく狩ったのだから、無駄なくすべての素材を回収しなければ勿体ない。



 ×



 その後も、隆也達は、日没を迎えるまでの間に、生き残っていたナガツノたちを狩り、証である角を採取していった。


 角の数は、合計で十本。どれも小さい個体で、討伐の報酬額としては少ないが、ムムルゥなしで、これだけ集めれば上々の結果だろう。


 ロアーの狙撃で仕留めきれなかった分を、ダイクやメイリールで対応し攻撃する。二人についても隆也の料理によって筋力の向上がなされているので、普段よりもいいパフォーマンスを見せることができたようだ。


 戦闘の最中に受けた傷も大したことはなく、もちろん三人に守られた隆也には、傷一つついていない。


 ここまでは、概ね作戦通りだった。


「しかしタカヤ、お前、よくわかったな。他の奴らが狩り残したナガツノの体内に魔石が残ってるだろうって」


 焚火を囲んで休憩している最中、ロアーが隆也の隣に腰かけて言う。


 久しぶりの戦闘で、顔にはありありと疲労が滲みでているものの、充実感もあるのか表情は明るい。


「うん。五人っていう人数制限だと、どうしても解体スキル専門のメンバーは外れる候補になるかなって」


 人数が自由に決められるのであればパーティのメンバーに必ず入ってくるだろう解体屋も、枠がきっちり決まってしまうと、よほどの他のメンバーが実力者でないと余裕がない。生産・加工系のスキルは、この世界においては一人一系統がほとんどで、二つ以上の高い適性をもった人というのは珍しい。


 隆也は、魔法以外であれば一人で何役もの支援ができるので、彼だけは例外中の例外だ。


「ナガツノで目立つ素材っていえば角だけど、それだけじゃない。体も大きいから、その分魔石もいっぱいとれるし、場合によっては他のレア素材が見つかることだってあるんだから」


 隆也は袋に詰め込んだいっぱいの魔石を皆に見せる。魔法伝導率の高い、純度の高い魔石も沢山含まれていたので、これをまとめて換金すれば、かなりの獲得額が見込めるのではないか、という寸法だ。


 決定戦の勝敗の分かれ目は、ことで、決してすることではない。


 なので、このやり方でも十分勝負になると、隆也は考えたのである。


「あっちのデカいほうの戦闘もようやく終わりそうやし……ムムルゥちゃんと合流したら、ちょっと早かけど支部に戻ろっか。社長おいちゃんも、副社長もきっと心配しとうやろうし」


「そうだな。俺達だけならまだしも、今はタカヤもい——皆、いますぐ焚火から離れろっ!!」


 と、危険を察知したロアーが、タカヤを庇うように抱えて、草の茂みに飛び込んだ瞬間、ゴウッ、という一筋の赤い光が、焚火の中心に飛び込み、猛烈な炎の柱を上げた。


「ダイク、メイリール。無事かっ!?」


「私はなんとか! でも、ダイクの反応がちょっと遅れて」


「うぐ……すまねえ、ほんの少しばかりトチったみてえだ……」


「ダイク!」


 見ると、炎を回避しきれなかったのか、顔半分に軽い火傷を負ってしまっている。早く薬を調合し、治療をしてやりたいところだが、


「――よう、冒険者ギルドのみなさん。夜分おそくに申し訳ねえが……貴様らの持っているモン、全部まとめて俺達に渡してもらおうか」


 もちろん、そのための時間など、襲撃者は待ってくれはしないのだろう。

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