第124話 感謝の気持ちもほどほどに
「そ、そそそそそ……た、たしかに隆也と一緒におるのはたのしいし、ずっと、こんなふうに、ミケちゃんとかと一緒に笑って過ごせるのもいいかなって……で、でもでも、いきなりこれはすっ飛ばしすぎやろっていうか」
「で、でも、俺やっぱり……!」
「あわ、あわあわわわわ……!」
手に取った指輪と隆也の顔を交互に見て、メイリールがさらに慌てた様子になる。
「? ねえ、ごしゅじんさま。それってゆびわ?」
「うん、そうだよ。メイリールさんにはいつもお世話になってたから。そのお礼も兼ねて」
「おれいに、メイリールと『けっこん』してあげるの?」
「え、結婚?」
なぜミケはそんなことを訊いてきたのだろう、と隆也は一瞬考えてしまった。
隆也にしてみれば、ただ単にプレゼントとして指に装着するリングを渡しただけである。
実はこのリング、レティにあげたネックレスとは違い、きちんと装着者に魔法の加護がかかるような細工を施している。槍のときのような魔力増幅を応用して、体力や精神力をほんの少し底上げしてくれるように。
メイリールには自身に流れる時をほんの少しだけ『早送り』できる異能を持っているので、これがあればより多く、能力を使って戦うことができる。魔法などと同じく、異能の使用には体力や精神力が必要で、しかもそれが特殊であればあるほど多くの力を要する。
隆也にとってメイリールは、感謝しきれないほどの恩人である。
なので、少しでも仕事で役に立つものを、と、それだけを考えて作っただけだ。リングなら指にはめるだけなので、そうそう邪魔になることもない。
「いや、別にそんなつもりないけど……なんでそうなるの?」
「うけつけにいる、わたしとおなじ耳のおねえちゃんがいってたから。『たまのこし』にのって、けっこんして、みんなにゆびわをみせていばりたいって」
多分、受付嬢のミッタのことだろう。だいたいミケにへんなことを吹き込むのは彼女だ。
だが、そのおかげで、隆也はとんでもないことをメイリールに口走ったことに気付いた。
特別な存在だ、といって指輪なんていきなり渡す。それはもう
「あ、あの、俺……」
そこでようやく自身がやらかしたことを自覚した隆也の顔が、メイリールと同様、瞬間的に沸騰した。
「そ、そうよね! タカヤのことやけん、そういうことやろうと思っとったよ! 本当、いつもは気が弱いのに、やるときは唐突なんやもん」
「ごめんなさい。あ、でもでも! これはすごくいいアイテムなので使ったほうがいいですから。さっきのことはちょっとだけ忘れて、受け取ってください」
「う、うん! そうやね、ありがたく使わせてもらおっかな。ありがとね、タカヤ、でも感謝の気持ちもほどほどにしとかんとね。勘違いする人もおるけん」
「はい、そうですね……」
それはレティの時にもやってしまったので、肝に銘じておくしかない。
魔界に残ったレティからは定期的に『近況報告』という形で手紙が来ていて、隆也もその都度まめに返信しているのだが、最近は報告というよりただの文通で、彼女の文面は隆也への好意で常にあふれている。
内容は……ちょっと周りには読ませられない。
「ねえ、タカヤ。ところでこの指輪なんやけどさ……私の左手の、どこの指に着けてくれると?」
と、ここで少し落ち着きを取り戻したらしいメイリールが、隆也にリングをいったん返した後、自身の左手を彼の目の前に差し出してきたのである。
「……どうして左手だけなんですか?」
「う~ん、なんとなく。着けるなら利き手の反対かなって、それだけやけど?」
この世界でも同様の風習があるかはわからないが、隆也の認識では、左手薬指はエンゲージリングをつけるところである。
「どの指でもよかよ。親指には小さすぎるけんそれ以外やけど……どこの指にはめても、私は、タカヤの気持ち、受け止めてあげる」
「……メイリールさん、もしかして仕返しですか?」
「え? 私、タカヤがなんばいいよっとか全然わから~んっ」
と、いうことで、どう考えても先程の仕返しである。それは、彼女が浮かべる、彼をからかうような、意地悪な笑みから見ても明白だ。
「…………」
隆也は、目の前にまっすぐ差し出されたメイリールの指を見る。普段、拳を使って仕事をしていると思えないほどに白く、綺麗だ。
ここではっきりしておくが、隆也はメイリールのことが、きちんと異性として好きである。記憶は定かではないが、多分、彼女に拾ってもらった時から。メイリールがどう思っているかは知らないが、少なくともダイクやロアーにはバレバレだ。
なので、どこの指に着けたいか、と彼女に問われれば、彼にしてみれば、それはもう一か所しかない。
「じゃあ、行きます……」
「う、うん……」
ごくり、と唾を飲み下して、隆也は震える指で、ゆっくりとリングをメイリールの指へともっていく、ということころで、
「――うわあああんっ、ダメっス、それダメえええっ!!」
と、聞き覚えのある魔族の少女の言葉が響くと、そのまま、その手が隆也の持っていた指輪をひったくってしまったのである。
「っ、ムムルゥ!? ど、どうしてこんなとこに……」
「そんなことはどうでもいいッス! タカヤ様、なにをそんな小娘といい雰囲気になっちゃってるんスか!? 私という、そんなニンゲンよりもうんと強くて、うんと可愛いメイドさんがいるっていうのに!」
乱入してきたのは、もちろんムムルゥだった。新居に必要なものの買い出しに行くことは伝えていたが、この場所にいることまでは言っていないし、なにより彼女は研修中のはずである。
「……ああもう、なにやってんのムムルゥちゃん。せっかくあと一押しってところで邪魔しちゃって」
「ミッタ……あんた、もしかしてずっと見取ったと?」
「私だけじゃないよ? ほら、あそこのテーブル」
ミッタが指さしたほうを見ると、そこには、社長以下、ダイクやロアーまでが勢揃いだった。
どうやら、ここまでのやりとり、全て詳細に観察されていたらしい。
「すまんな、メイリール。私は止めたんだが……皆、きかなくてな」
「なに言ってるんすか副社長。タカヤが指輪を渡した時、副社長が一番固唾を飲んでみてたの俺……ごふんっ!?」
余計な一言を口走ったダイクの頭に、フェイリアの風を纏った拳骨が炸裂した。相変わらず、気絶するのが好きな男である。
「でもまあ、これでタカヤとメイリールのわだかまりも解けたからいいだろ。ギスギスしてた空気もなくなって、これでようやく俺達も次に向けて動き出せるってわけだ」
「私は全然納得いってないっスけどね! むむ、小娘のくせに生意気な……」
「ムムルゥちゃん、言っとくけど、私も負けんけんね!」
「それはこっちのセリフっス!」
ムムルゥが犬みたいに唸りながらメイリールをじっと睨みつけている。対するメイリールもそれに怯む様子はない。ただ、それほど険悪な雰囲気ではない。
「ところで社長、さっき言ってた『次』っていうのは? 大きな依頼でも入ったんですか?」
「いや? ただ、うちのギルドもそろそろ『地位』を上げていく時期だと思ってな。ちょうどそのためのイベントもあるし」
言って、ルドラは隆也の座るテーブルに一枚の紙を叩きつけた。
「王都が主催する『都市代表ギルド決定戦』――
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