第105話 皆の槍


 そうして、魔槍をうっては元に戻し、またうっては戻すという作業レベル上げを繰り返すこと数回。


「で、できた……!」


 その瞬間が、ようやく訪れた。


 これまで作製された魔槍とは明らかに違う空気が、周囲へと放たれている。


 創り上げた隆也自身でさえ、思わず息をのんでしまうほどの、重圧。


 おそらく、この場に居る誰も、これを手に取って戦うことはできないだろう。四天王クラスでなければ、槍の持つ力の強さを制御できないはずだ。


 傍目から見れば無駄と思えるような作業を、何度も繰り返してレベルⅦへと到達した隆也が、全員と協力した上で作り上げた、ムムルゥの、いや、皆の槍。


 ただ一つ『ある欠点』が存在するのだが、それは仕方のないことだ。


 そのことを知るのは、今は、隆也一人だけ。


「タカヤ様、槍の名は、どうされますか?」


「え? 名前?」


 レティに聞かれ、隆也は一瞬、ぽかんとしてしまう。


 そう、これは魔槍だが、トライオブダルクではない。もちろん、トライオブダルクが元とはなっているが、これはもう別物だ。


「名前……副社長、何かいい案はありますか?」


「そんなの、お前が決めればいいだろう? 私も手伝ったといえば手伝ったが、これを創ったのはお前だ。主が銘を切るのは当然のことだろう?」


「う……」


 フェイリアの言う通り、ここは隆也が決めるべきだろう。レティやレミ、ヤミも異存はないらしい。


 だが、ミケの名付けの時のように、隆也は、そういうのがあまり得意ではない。自分みたいな人間が、ヒトやモノの名前など付けてしまってもいいのだろうか、とどうしても卑屈になってしまうのだ。相棒のシロガネでさえ、結局はアカネに名付けてもらっている。


 こういうところでは、まだ隆也は、以前の『居場所クラス』のことを吹っ切れないままでいる。


「たとえ直感でも、思い浮かんだものであれば、なんでもいいのですよ。タカヤ様が考え、つけたものであれば、きっとこの槍も、その名を気にいってくれるはずです。私達も、それを否定することは断じてございません」


「そう、かな。じゃあ……」


 新たに産まれた魔槍を前に、隆也は考える。


 この槍の元の名は、トライオブダルク。闇の槍、という感じの認識でいいだろうか。


 ムムルゥから託され、そして、ここにいる仲間達で創り上げた。


 みんな——。


「……オール。トライオブ、オール——」


 皆の槍。


 その名を口にした瞬間、名付けられた魔槍が、まるで意志が吹き込まれたようにして、より一層の黒い輝きを放った。


「ほら、言った通りでございましょう?」


「そうかな? 槍が喜んでくれているのなら、それでいいけど……」


 ごめん、と隆也は誰にも聞き取れないようほどのか細い声で、槍へ向けて呟いた。


 こうして名前を付けた槍だが、隆也だけが、『彼』のこの先の戦いで辿る末路を知っている。それはまだこの場では誰にも伝えることはできないけれど。


「――レミとヤミから伝えられていたからわかったが……魔界庫か。城の地下奥深くにこんなものがあったとはな」


「! アザーシャ様……」


 と、ここで、ムムルゥの実の母であるアザーシャが隆也達の前に姿を現した。


 彼女自身は、今回の件については一切助力をしないと予め言われている。いれば百人力だが、今回は頼れない。


「……どうされたのですか?」


「そんな顔をするな、レティ。言伝に来ただけだ。レミとヤミをそちらへやっている以上、我がやるしかあるまい。使い魔もいないことだしな」


 言って、彼女が隆也へと一枚の紙を手渡した。魔界語なのでレティに回し、すぐに翻訳してもらう。


『今日の宵、『儀式』を執り行う。愚かな魅魔族できそこない、およびその手下たちも、己が主であるムムルゥの、魅魔煌将としての最期の姿を、その目に焼き付けるがよい』


「――宣戦布告、だな」


 レティから読み上げられた手紙の内容に、眉間にしわを寄せたフェイリアがそう呟いた。


 ライゴウは、これをきっかけに、完全に魅魔族を支配するつもりだろう。形式上は均衡を保っている四天王の一角を崩し、さらに勢力を拡大しゆくゆくは……というところか。


「メリーさん、今、時間はどうなってますか?」


「……ここから斬魔鬼将の拠点となりますと、今から出発しなければ間に合わないと思われますね」


 魔界庫内で針を刻む時計盤を見たメリーが言う。魔槍の作成が間に合ったのは良かったが、すぐに準備を整える必要はあるだろう。


 斬魔鬼将がどんな野心を持っているかは、隆也にはどうでもいい。その荒ぶる野心で、数ある魔界の種族を次々支配しようが、魔界の頂点に立とうと躍起になろうが。


 だが、そんな彼に一言、言ってやりたいことがあるとすれば。


「ムムルゥさんだけは、絶対に返してもらう」


「まあ、正直アイツは気に食わないが……一応、仲間だしな」


「世話の焼ける人ですが、私も、お嬢様とは長い付き合いですから」


 そう決意を口にした隆也に、レティとフェイリアがすぐさま同意した。


「レミ、ヤミ、貴様らも最後まで付き合ってやれ。私は館で待つ」


「はっ」


「かしこまりました」


 引き続き同行するレミとヤミを加えた隆也達五人は、すぐさま装備品や回復薬などの準備を行う。


 ちなみに、魔鎚レイドバルクやその他、魔槍を打つのに使用した武具の、庫外への持ち出しはメリーから禁止された。といっても、自在に操ることはできないので、あっても仕方がないのだが。


「——タカヤ様、ほんの少しお時間よろしいでしょうか?」


 全ての準備を終えて出発しようというところで、隆也一人、メリーに呼び止められる。すでに彼女にはお礼もし、別れの挨拶も済ませているが、まだ何かあるのだろうか。


「どうしたんですか? 皆も待っているし、できれば早く出発したいんですけど」


「申し訳ございません。しかし、最後にお伝えとっておきの『情報』がございまして。『マンガ』を読んでくれたお礼、ということで。ご主人様から」


「そんな、お礼なんて……で、その情報っていうのは?」


「――魔剣デイルブリンガーの能力について、でございます」


「……!」


 それは、これからそれに対峙せんとする隆也達にとって、重要過ぎるほどの情報だった。

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