第99話 VS ドラゴンゾンビ 2
――ロロヲオッ……。
自身を守護するかのごとく飛び回る蚊の大群の向こう側で、不死龍は、その腐った目玉をぎょろりと動かして、地上にいる隆也達の姿を標的にしていた。
「くっ……さすがにオツムまでは腐ってないってわけか……!」
おそらく自身の体内に寄生させて成虫となった蚊を媒介とし、自らが生成する毒を獲物に対して振り巻いていたのだろう。
強酸性の腐液や無造作に振り回していた翼や爪は囮で、その隙に潜り込ませた蚊によって対象を弱らせるのが本来の目的ということなのだろう。
そして、隆也のように抵抗が弱まったところで、
――カロロロロロロロロッ……!
「! 来るぞっ、ブレスだっ!」
必殺の一撃をお見舞いし、確実に仕留めるというわけだ。
「副社長、ひとまず回避を……」
「わかっている!」
すぐさま風の魔法を発動させて迫りくる蚊を振り払うと、フェイリアは隆也を抱えたまま瓦礫の隙間より躍り出た。
ブレス発動の兆候を掴んだ上空の三人がなんとか気を逸らそうとするも、ブレスの照準が、隆也達の居た瓦礫の場所から外れることはない。視線すらも。
まるで、三人の下級魔族など、虫けらの大群で十分だと言わんばかりに。
「! おい骸骨、何をしている、お前も早く来い! ブレスにのまれるぞ!」
言って、フェイリアがミヒャエルへとすぐさま指示を飛ばす。
あれだけ巨大な龍のブレスだから、ちょっとでも立ち止まってしまえば、広範囲におよぶ攻撃から逃れることはできないだろう。
しかし、金冠を被った頭骨を抱えたスケルトンは、闇のように真っ黒な蚊を全身にたからせたまま、その場を動こうとしない。
「いヤ、ここハわたしがオトりとなロウ。イチどだけなラ、そノぐらいハ、デキルはずダ」
「ミヒャエル……そんなことしたら、体が」
「かまわヌ。カンムリさえあれば、ワレはモンダイない。しばらくタタカウことはできないだろうが」
カタカタと喉の骨を鳴らして声を発したミヒャエルは、持っていたウサギのぬいぐるみと、自身の本体である金冠を隆也のもとへと投げた。
「アノ、ドラゴンゾンビ、おそらクは、コチラのバショをせいかクにハアクはしていなイ。カが、たくさんいるところヲ、カンチして、そこをネラウはずだ」
「でも……」
「タカヤ、もう間に合わん! あきらめろ!」
「っ……待っててミヒャエル! きっと新しい依り代を見つけてあげるから。ヴェルグと一緒に」
金冠が手放されたことによって、ただの骨と化したミヒャエルの依り代は、黒い大群に飲み込まれて、完全にその姿を見えなくさせた。
瞬間、その場所へ、黒い影をもろとも塗りつぶすかのごとく、青白い炎が容赦なく叩きつけられた。
――ロロロロロロオオヲオオヲヲオヲヲオッ!
「ううっ……!」
ミヒャエルが囮となることによって、なんとか不死龍の吐いたブレスの脅威を逃れる隆也とフェイリア。しかし、吐きかけられた場所を中心にして放射状に伝播していく熱だけで、二人の皮膚が瞬時に赤く腫れあがった。
「ご無事ですか、タカヤ様!」
ブレスを回避していた上空の三人が隆也とフェイリアの元へと降り立った。そして、すぐさま、隆也の道具袋の中に入っている解毒薬入りの瓶を取り出して飲ませる。
瞬間、弛緩していた体に、力が徐々に取り戻されていく。
「……ありがとう、レティ。もう大丈夫だ」
蚊の持つ毒は即効性だが、その分、与えられる症状はそれほどひどくない。蚊それ自体に、脅威はさほどない。
問題なのは、その数。
――ロロヲオオオッ……。
こちら側を睥睨する不死龍のまわりを飛び回り、寄生主を守護する数は、およそ数万、いや、数十万はくだらないだろう。
レティ達メイド三人衆も、闇魔法などで応戦して数を減らしてはいたが、龍の腐った体表からは、際限なく新たな成虫が生み出されているようで、差し引き、あまり意味はないようだ。
ミヒャエルの囮によってブレスは吐いてくれた。なので種火はそこから回収すればいいが、それを採取するための隙が作れない。
ミヒャエルの依り代だった骨を丸ごと塵にしただろうブレスは、残り火であっても、超高温である。当然、隆也一人で採集することは不可能だ。当然、そのための補助をつけなければならない。最低でも一人、欲を言えば二人。
具体的に言えば、レティとフェイリアだ。
「レミさん、ヤミさん。二人で龍の陽動は可能ですか?」
「三人でこの状況ですから……」
「無理でしょうね」
隆也の問いに二人はすぐさま答えた。レティを加えてこの状況なのだから、一人減ればどうなるかは容易に想像できる。
「では、蚊の脅威がなくなれば、どうですか?」
隆也がそう訊くと、レミとヤミの二人はきょとんとした顔を見せた。
そんなできそうもない理想を今言ったところで状況が好転するのか、と。
「であれば……」
「
「…………」
二人の言葉を聞いた隆也は、決心したように頷いた。
「――わかりました。では、その虫退治の役割、俺が引き受けます」
「「!?」」
常に冷静な表情を崩さないレミとヤミの二人の表情が驚きに包まれる。
だが、隆也の頭の中では、すでに『理想』を『現実』とするためのレシピが構築され始めていたのだった。
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