第93話 魔族の嫁 3


 ライゴウの右手に握られている魔剣を、隆也は注意深く観察し続けていた。


 魔剣デイルブリンガー。


 先程この部屋を滅茶苦茶に破壊したのも、おそらくはあの剣から放たれたものだろう。強固な守りであるはずの魔城をいとも簡単に破壊しつくす威力。


 価値でいえば、おそらくこちらの魔槍と間違いなく肩を並べるほどの逸品であろう。しかも、今の魔槍ではなく、壊れる前の魔槍だ。もし仮に作成するとしたら、トライオブダルク以上のレベルを要求されるはずだ。


 隆也と比較すると三~四倍以上は大きさに差があるライゴウの体とほぼ同程度の長さの魔剣は、トライオブダルクとは違ってただ闇色に染まっている。


 刀身、柄、その他の装飾――その全てが真っ黒で、剣、というよりも影を圧縮してそのまま剣の形にしました、と表現したほうがしっくりくるかもしれないほどだた。


「レティ、二人を連れてすぐにお母様の屋敷へ逃げるッス。烈火のごとくどやされるかもしれないけど、タカヤ様もいるし、殺されたりするようなことはないはずっスから」


「お嬢様は、どうなさるおつもりですか?」


「私は、ここでそのための時間を稼ぐっス。どの道、今のアイツの相手は、私ぐらいしかできない」


 足手纏い。そういうことなのだろう。


 ムムルゥはすでにライゴウを迎え撃つための準備が出来ているようで、槍全体に刻まれた魔法文字が紫色の光を帯びている。


「……かしこまりました」


 言って、レティはムムルゥの命令にそのまま従った。彼女としても主と一緒に戦いたかったのだろうが、四天王である上級魔族同士の戦いに、下級魔族である彼女が割って入っても邪魔にしかならない。


 魔族にも、人間と同様、素質の差はあるのだ。


 それは、努力だったり、その時の感情で埋まるものではない。


「タカヤ様、せっかくみんなで頑張って新しい魔槍を創ろうってときに、協力できなくて申し訳ないっス」


「! ムムルゥさん、それは……」


 その謝罪の言葉だけで、隆也は気付いてしまった。


 彼女はこの勝負、端から捨てている。機を見て逃げるつもりすらおそらくない。


 ただ三人が無傷で逃げ出せるための時間を稼ぐために、彼女は、これから敵と戦おうとしているのだ。


「ダメです、そんなの。ムムルゥさんも一緒に逃げましょう。俺も、出来るだけのことは協力……そうだ、こういう時にこそ準備しておいた『あれ』を」


「タカヤ様」


 言って、ムムルゥは道具袋からあるものを取り出そうとする隆也の手を抑えた。


「タカヤ様が、もしもの時のために色々と用意してきたのは知ってます。だけど、それはまだ使うべきではない」


「でも、それじゃあムムルゥさんはアイツの……」


「心配ご無用っスよ。アイツは私を『嫁』にしたいだけ。死ぬわけじゃないっス。だから……そう、大丈夫ッス、きっと大丈夫」


「そんな、そんなの……!」


 大丈夫であるはずがない。


 大丈夫なら、なぜ、そんなにも体を震わせているのか。


「あ、そうだ。タカヤ様……槍づくりに協力できないお詫びとして、私から、あるものをプレゼントするッス。新たな魔槍を創るための素材を」


「! 素材って、まさか」


「……そうっス。灯台下暗し。初めからこれを使えばよかったんスよ、そのほうがずっと手っ取り早い」


 言って、ムムルゥが隆也に手渡したのは、それまで自身がもっていたはずの相棒、トライオブダルクだった。


 これを丸々使って素材とし、作り直せばいいと彼女は言っている。


「レティ、タカヤ様を頼んだッスよ。彼は、私にとって、大切な大切なお客人……何かあったら、たとえ監獄の中からでも、ぶん殴りに行くッスからね」


「……承知いたしました。この命に代えても、お嬢様との約束、必ずやお守りいたします」

 

【@9D……W”F、E*!】


「はっ!」


 ムムルゥの魔界語を合図に、レティは、隆也をすぐさま抱きかかえて大きく羽を羽ばたかせた。


「ムムルゥ……ムムルゥさん!」


「暴れるな、タカヤ! お前が喚いてこの状況が変われば苦労はしないんだ。今は言う通りにしろ!」


「ふくしゃちょ……むぐぐ……くそぉっ……!」


 何もできない自分に、隆也は苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

 なんのための『レベルⅨ』だ。こんな時に仲間を助けられるからこその素質であり技能なのではないか。


 自らの身を犠牲にしようとするムムルゥを前に何もできない自分がただただ情けない。


「ムムルゥさん!」


 口を塞いでいるフェイリアの手を無理矢理振りほどいた隆也は、小さくなっていくムムルゥへ向けて、叫ぶ。


「ちょっとの間、待っていてください! あなたのもとに、俺が必ず新しい魔槍を届けます。本当は優しいあなたに相応しい、あなただけの槍を! 必ず! だから!」


 それまで、どうか無事で。


「…………」


 その言葉に反応したムムルゥが、ふわりとした微笑みで何事か呟いた。

 

 彼女が何を言ったのかは、読唇術など持たない隆也にはわからない。


 だが、確実に隆也の言葉は彼女へと届いている。


 後は、その言葉を現実のものとするだけだ。



 視界から遠ざかっていく魔城から、大きな力と力がぶつかり合ったような衝撃と爆発音が魔界の空に響き渡ったのは、それから少しした後であった。

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