第92話 魔族の嫁 2


「なっ……エルフだと?」


 ライゴウが上空にいる背後にフェイリアの姿を認めた時、矢はすでに彼女の手から離れた直後だった。


 この騒ぎに乗じて身を隠し、レティの合図とともに攻撃を仕掛けたというところだろうか。姿を現したフェイリアの身を隠していたのは、闇隠ダークハイドの魔法だったから、ライゴウがこの部屋に乗り込んできた直後には、二人はこの行動を選択していたことになる。


「唸れ、穿て、敵を討て——螺旋の楔、ストームヘリックス!」


 続けてフェイリアが詠唱をすると、風の魔法を纏った矢が、唸りを上げながら不規則な軌道を描いて、標的であるライゴウの首筋へと襲う。


「ぬぅッ……!!」


 まさかこの状況で不意打ちを仕掛けられるとは思っていなかったのだろう、ライゴウがとっさに自身の手を突き出して、矢を掴もうと試みる。


「――無駄だ」


「ガッ……!?」

 

 しかし、彼が手を突き出した瞬間、矢が蛇のような動きでぬるりとライゴウの腕を掠める動きを見せると、そのまま彼の喉笛に食らいつくようにして突き刺さったのだ。


「レティ、畳みかけろ!」


「言われずとも——!」


 落下しながらフェイリアがレティへと吠えると、闇の魔力を纏ったレティが、目に留まらぬ速さで、ライゴウの懐へと飛び込んだ。


「この無礼者どもっ……」


「我が主の城に無断に乗り込み狼藉を働いた挙句の無礼——お前こそ、今、ここで償え、斬魔鬼将!!」


 追い打ちとばかりに、レティがライゴウの鳩尾へと拳を叩きこむ。身体能力を向上させたであろう強化魔法バフの乗った一撃が、重いはずの彼の体を軽々と持ち上げる。


「お嬢様、何を呆けているのですか! 早く!」


「っ……分かってるッスよ!」


 レティの言葉にはっとしたムムルゥが、トライオブダルクに再度魔力を込め、レティに続けて突貫と開始する。


 魔槍によって増幅・圧縮された魔力が先端から迸り、紫色のスパークが発生する姿はまるで闇の稲妻といったところだった。


「ライゴウ——個人的にアンタに恨みがあるわけじゃないっスが、あまりにもタイミングが良くなさ過ぎた。悪いけど、アンタにはここでやられてもらうことにするッス」


「貴様らっ、出来損ないの分際で……」


「さよなら、斬魔鬼将。もう二度とそのツラを私に見せるな」


 彼女が吐き捨てると同時、レティ越しに放った一突きが、ライゴウの心臓に突き刺さった。


 フェイリアの放った矢とレティの拳で動きを止め、大きな隙ができたところで、最後にムムルゥの魔槍の一撃。


 ほんのわずかの駆け引きで、完璧に勝負はついたと隆也は思った。


 旋風を纏った矢は完全にライゴウの喉から首筋にかけて貫通しており、レティの拳が分厚い骨や筋肉に覆われた守りを破壊し、そして最後にはムムルゥの槍の三つ又が心臓を貫いている。


 だが、次の瞬間、


「ふむ——こんなものか」


 完全に死んだと思われたライゴウが、余裕の笑みを浮かべたのだった。


「そろそろどけ羽虫ども、目障りだ—―!!」


「「「ッ——!?」」」


 驚愕の表情を浮かべる三人を、ライゴウは気合一つだけで引きはがした。先程こちら側が起こした攻撃をも上回るほどの衝撃波。


「レティ、ムムルゥさん、副社長!」


 あっという間に元の位置まで戻された三人のところへ隆也は駆け寄った。


 弾き飛ばされただけなので大きな傷は無いが、明らかに動揺しているのが見て取れる。


「お嬢様、手ごたえはあったのですよね?」


「そんなの……でなきゃ、こんなに驚いてない」


「しかし、アイツは健在のようだぞ。私が放った矢もあの男の急所を貫いたはずだが、まったく効いていない。カラクリがあるのではないか?」


 そう考えるのが自然だろう。あれだけの攻撃を受けてまったく気に留めていないというのもおかしい。


「多分、アイツの持っている『魔剣』がその秘密を握っていそうっスね。四天王とは言っても、各々が持つ武器の性能すべてを把握しているわけではないっスから」


「……でも、その秘密を暴くにはあまりにも時間が足りない」


 隆也の言葉に、三人が無言で頷いた。


 四人の視線の先にいるのは、すでに傷も塞がり、準備万端といった状態の斬魔鬼将。


「さて、久々に遊んでやろうではないか。魅魔族、それに人間界の愚か者どもよ。我が魔剣『デイルブリンガー』の恐ろしさを、その身で味わうがいい」

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