第91話 魔族の嫁 1


 嫁になれという、ライゴウからの要求を受けた瞬間、ムムルゥが自分のほうをちらりと見たことに隆也は気付いた。


【そ、それは……】


【できない、とでも今更言うつもりか? 部下の不始末の責任を取るのではなかったのか?】


【私は『四天王』だぞ。貴様の城に嫁に行くとして、その後釜はどうするつもりだ? まさか、無為に争いを起こそうとでも思っているのか?】


【まさか。四天王の座には、お前の母であるアザーシャに再びついてもらえばよかろう。引退後も力の衰えは全くないと聞くし、お前よりよほど適任ではないか】


 ライゴウの言う通り、確かに、アザーシャであれば、ムムルゥが四天王の座から降りたとしても問題はないように思える。


 しかし、だからと言って嫁に来い、というのは全くのお門違いの話だ。


 ムムルゥがもし四天王を止めることになっても、彼女が誰の嫁になるかを決めるのは彼女自身なのだ。


 しかも、おそらく『ライゴウの嫁になれ』ということは、そのまま『自分の子を産め』ということど同義だろう。


 魔族は自身の種族の次代への繁栄のため、より力の強い種と交配することがほとんどであることは、隆也もレティから事前に聞かされていたから、ムムルゥが心底嫌な顔をしている理由がいやというほどわかった。


「申し訳ございません、タカヤ様。ほんの少しだけお傍を離れることをお許しください」


「レティ——」


 言って、それまで隆也の背中にぴったりと寄り添って彼を守っていたレティが、本来の主人であるムムルゥへと肩を並べるようにして隣についた。


「ライゴウ様、それは出来ない相談でございます」


【……UYQ”GXJ】


「私はムムルゥ様に仕えるメイドのレティと申します。以後お見知りおきを」


 一礼し、レティはライゴウへ自身の名を名乗った。


「レティ、何を……」


「お嬢様、この話、絶対におかしい。受けてはいけません」


 戸惑うムムルゥに、レティはそう断言するように言い切った。


「お嬢様もおかしいとは思いませんか? なぜ、たかが見回りをするだけの部隊に、わざわざ監視役なんてものをつけていたのかを。これでは、初めから私達との戦闘があることを想定して行動していたと結論付けるほかありません」


 レティの意見には、隆也も実のところ同意見だった。


 今回のこと、いくらなんでも偶然のことが重なり過ぎているようが気がしてならない。隆也達が魔界へ次元転移を果たした際に、『偶然』領地を定期的に見回りしているという部隊が居合わせ、そして、『偶然』その時に、その部隊を外から監視する者が居合わせるなんてことが。


 それはどう考えても、『偶然だ』と結論づけるには、現実的に起こりうる確率ではない。


 だが、もし、彼らが何らかの方法でという情報を掴んでいればどうなるだろう。


 瘴気の影響で、魔界への次元転移における出現位置はほぼランダムらしいが、魔界の領地は概ね四分割されているから、そこを複数の部隊がくまなく探索しさえすれば、隆也達との遭遇率は、単純に考えて四分の一に近くなる。


 そうなれば、これはもう偶然ではなく仕組まれたものになる。


 もしかしたら、きっかけは何でもよかったのかもしれない。彼らには彼らの目的があってムムルゥを嵌めようと画策をしているのは明らかだ。


 もし運悪く四分の三を引かれてしまっても、別のところで難癖をつけ、やはり同じ状況に持って行っただろう。


「なかなかオモシロイ想像をするな、下級魔族。人間の言葉で喋っているのも、後ろにいるヒトに状況を理解させるためか?」


 どうやらライゴウも人の言葉を理解し使いこなせることができるようだ。やはりデーモンでも、知能に優れた個体も例外ながらいるということだろう。


 彼とて、ムムルゥと同じ『四天王』というわけだ。


「それについてはライゴウ様には関係のないことです。そして、今回の要求について、我が主の答えは……」


 レティが大きく息を吸って、外から流れ込んできた瘴気を大量に体内に取り入れながら、言う。


「おととい来やがれクソ野郎――でございます」


「なにィ……!?」


 冷たく低い声で四天王に、レティがそう言い放った瞬間。


「――もらうぞ、魔界四天王。背後ががら空きだ」


 いつのまにか上空で矢をつがえていたフェイリアの声とともに、彼女が起こした一陣の風が、その場にいる全員の肌をふわりと撫でたのだった。

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