第85話 迷子の夜 2
「う、う~……ぎ、ギリギリセーフっ……!」
痴女メイドからの少々の邪魔が入りながらも、なんとか漏らすことなく
トイレ、といっても、以前の世界のような水洗式のものとは程遠く、空いている穴のなかに排泄をするだけだ。下水設備がきちんとあるかどうかも怪しく、ものすごく不衛生な環境を思わせるが、特に悪臭がするわけでも——。
――カサカサ。
「……まあ、色々考えてもしょうがないか」
穴の奥で何かが蠢く音を意識的にシャットダウンした隆也は、すぐさまトイレを出る。
用事は終わったのだ。余計なことにまで好奇心を働かせる必要はない。
ということで、隆也はムムルゥからもらったメモへと再び目を落とし、来た道を引き返してムムルゥ達のいる私室へと戻ることにした。
「……寒いな」
等間隔に設置された橙の灯りのみが照らす通路内の空気は、ひどく冷たい。
不死族が主に住まう城なので、暑かろうが寒かろうが関係はないのだろうが、城主であるムムルゥはそう言う訳にはいかないだろう。
何か暖が取れるようなものがあればいいのだが――。
「――グオオオオオオ」
「うひゃいっ!?」
そう考え事をしつつ通路を歩いていた隆也の目の前に、いきなりヒトの頭蓋骨が現れた。瞳なんてないにもかかわらず眼窩を妖しく蠢く赤い何かに、隆也は思わず飛び上がるほどに驚いてしまった。
「お、オオ……? オ、そノカヲ、モシや、タカヤさま、ではないカ?」
「? あ、その銀冠……もしかして、ヴェルグさん?」
「オオ……い、イカにも。いかニモ。ワレ、ヴェルグ。ムムルゥさま、しんえいタイが、ヒトリ」
鉢合わせたのは、銀の冠を被ったスケルトンのヴェルグだった。銀冠がなければ彼だと判別はできなかっただろうが。
カタカタを全身の骨を軋ませ、鈍い光を放つ剣を携えて歩く姿は雰囲気十分といった具合である。
「タ、タカヤさま、ど、どうしたカ? キャクマは、ココから、ハナレているが」
「え? そうなんですか? ムムルゥさんのメモ通りの最短ルートで進んだから、そんなに歩いたつもりはないけど……」
首を傾げているヴェルグの向こう側に隆也が視線をやると、行き道にはなかったはずの階段が姿を現していた。
「あれ?」
確認のため、ムムルゥのメモを見る。簡単に書かれた絵には、『ココを右ッス』『ココを左ッス』という女の子らしい丸っこい字が書かれているだけで、脇にレバーのような装置がある階段があるとは、一文も書いていない。
「……あの、ヴェルグさん。もしかしてだけど、城の通路って、時間経過とかで通路が変わったりみたいな仕掛けあります?」
「……アる。ちょうド、イマ、かわッタトコロ、だ」
やはりそうか。侵入者対策で迷路状になっていても、構造がはっきりとわかってしまったら意味がないので、定期的に道筋を変更し攪乱するような仕掛けもあってしかるべきだ。
その点も注意書きとして残してほしいと思ったが、寝ているところを無理矢理起こして書かせたのだから、ムムルゥを責めることはできない。
こんなことなら、性的な悪戯をされるかもしれないリスクを承知でレティを連れてくればよかったかも、隆也は今更ながら後悔する。
ということで、迷子だ。
「シンパイ、されるナ。ワレも、イマ、おなじだ。マイゴ、マイゴ。みまワリ、ノとき、よくナルから、アニジャ……ミヒャエル、によくオコラレる」
「……あ、はい」
そして、目の前にいる親衛隊の銀冠つきの骨は、役に立ってくれそうにない。
そういうわけで、完全に迷子だ。
「とりあえず、歩いてみるか……」
迷ったらひとまずその場にとどまって、後から心配したレティかムムルゥに助けてもらえばいいのだろうが、どうにもこの場に足を止めるのは憚られた。
カサカサ、カサカサと、トイレの奥から嫌な音がしている……そんな気がする。
ということで、ヴェルグと別れた隆也は、ひとまず来た道を引き返すべく、出現した階段を登ってみることにした。
レバーを下ろすのは、やめておいた。
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