第80話 ハッタリ


 新しい魔槍を創る。


 それは、隆也がムムルゥから依頼を受けた時点で決めていたことだった。


 今のところ、トライオブダルクは天空石を素材にした接着剤のおかげで、なんとか使用に耐えている状態だが、あくまで折れた部分をくっつけているだけで、本来、槍の持っている潜在能力を完全に引き出せているわけではない。


 そして、おそらく魔槍を完全に元の状態に戻すことも不可能だ。


 であれば、やはり新武器開発に活路を見出すほかない。


「貴様が……魔槍を、だと?」


「……はい」


 口に出してしまった以上、隆也はもう後に引くことはできない。


 聖武具、魔武具を開発するためには必要な鍛冶スキルのレベルは、最低でもレベルⅦ以上が必要とされている。


 トライオブダルクを凌ぐ魔槍を創るのならば、レベルⅧは欲しいところである。


「笑わせるな! 我が一族に伝わるこの最強の槍が、いったい何年の間使われたと思っている?」


「……数千年と、ムムルゥさんからは聞きました」


「そうだ! それだけの間、ずっと最強の槍であり続けた。その間にも、数々の武具が魔界の職人の手によって打たれたが、結局、これを超えるものが生み出されることはなかったのだぞ。それを、まだ十数年しか生きていないようなヒト風情が超える……笑わせるのも大概にしておけよ」


 今にも刺し殺さんとするようなアザーシャの鋭い視線に、隆也は今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。


 もし彼がアザーシャと一人ぼっちで対峙していたならば、あまりの威圧に気絶していたかもしれない。彼の心も体も、本来なら弱い。


 だが、今の彼は一人ではない。背中を支えてくれる味方ひとがいる。


「……ご主人様」


「……タカヤ様」


 背中にレティとムムルゥの体温を感じる。彼女達は魔族だが、今の隆也にはとても安心する温もり。


 だからこそ、隆也は、彼女達を何とかして助けてやりたいと思っている。


 今の隆也の鍛冶スキルのレベルは、ある程度鍛えられたといっても、おおよそⅥ。最低でも後一段階成長しなければならない、欲を言えば二段階。


 つまり、今の彼には魔槍の『ま』の字すら実現できないほどのレベルしかない。


 トライオブダルクを凌ぐほどの新しい魔槍を創ってみせる、というのは、つまるところ、隆也が咄嗟に考えたハッタリである。


 隆也の現到達レベルについては、もちろん他の三人も把握している。なので、彼が、この状況でアザーシャに嘘をついたことはわかっているはずなのだが、


「ご主人様……いえ、タカヤ様がおっしゃっていることは、決して大それたことではありません。この方ならば、きっと、アザーシャ様にもご満足いただけるような、これから新たな魅魔族の相棒となりうる魔槍を作ってくれるはずです。そうですよね? お嬢様」


「そ、そうっスよ! なんてったって、タカヤ様は魔族の中には存在しない生産・加工の『レベルⅨ』なんスから」


 彼女達は、二人して隆也のはったりに乗っかってきたのである。


 三人のさらに後ろに控えたフェイリアが、小さく溜息をついている。


「なに……?」


 レベルⅨ。その単語を聞いた瞬間、それまで隆也に対して見下すような瞳を向けていたアザーシャの目の色が変わった。


 無理もない。各スキルのレベルⅨとは、つまり、魔族や人間もすべて含めた生物たちが到達できる限界の地点である。


 特に鍛冶スキルレベルⅨは、聖剣や魔槍という存在をさらに超える『神武具』を作成できるとされている。


 魔族は、力が全てである。


 だから、新しく創られる魔槍の性能がより強力であれば、それまでのことは全て許される。


「おい、ニンゲンよ……今のレティの話、本当か?」


「……はい、そうです。でなきゃ、魔槍を創るなんて大それたこと、俺は絶対に言いません」


 嘘である。正攻法で出来やしないのに法螺を吹き、この場を丸く収めようとしている。『すいません嘘でした』とはもう口が裂けても言えない状況まで、自身を追いこもうとしている。


 この瞬間、ムムルゥとレティの企てから始まった『嘘』に、隆也が完全に巻き込まれた形となった。


「……おい、ニンゲン。貴様、名は確かタカヤとか言ったな?」


「はい。名上隆也……東の出身です」


 こう言っておけば、姉弟子であるアカネの故郷の出身だと勘違いしてくれるだろう。隆也に彼女のような角は無いが、肌の色や黒髪は似ている。


「ならば、タカヤ……さっき貴様の言ったこと、その通りに実現させてみよ。真に、我らが魔槍を上回る一本を創りあげることができたなら……その時は、今回、ムムルゥが犯した失態の件は、不問ということにしておいてやる」


「! 本当、ですか?」


「我とて、以前は誇り高き『魅魔煌将』だった身だ。約束は果たす。だが、もしできなければ……どうなるかわかっているな?」


 その時は、三人もろとも責任を取らされることになるだろう。


 だが、迷いはない。


 隆也、レティ、ムムルゥが、アザーシャの問いに、ほぼ同時に頷く。


「ならば、すぐにでも作業に取り掛かることだな。ただのニンゲンがわれら魅魔族の歴史に、新たにその名を刻むかどうか、この目で見届けてやるとしようぞ」


「……ありがとうございました。では、俺達はこれで失礼します」


 アザーシャや、担当メイドであるレミとヤミの二人に別れの挨拶を告げた後、三人にフェイリアを含めた計四人は、一路、ムムルゥの現在の職場である四天王用の砦へと向かうことになったのだった。

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