第78話 アザーシャ 2


 アザーシャに言われるまま、隆也は彼女の私室へと招かれることとなった。


 断ることなどできない。断ったら殺されてしまいそうな雰囲気がビンビンに漂っているからだ。


「――そこに掛けろ。ニンゲンとはいえ、お前を招いたのはこの我なのだから、茶ぐらいは飲ませてやろう。レミ、ヤミ」


「「かしこまりました」」


 アザーシャの命を受けたメイドの二人が、すぐさま部屋を後にする。


 瓜二つの彼女達の顔は無表情そのものだったが、やけに音もなく素早く部屋から出ていったような気がする。


 ついでに自分も連れて行ってほしいと切に思う隆也だったが、しかし、彼女を置いて逃げるわけにもいかない。


「い、いぎ、いぎぎぎぎぎぎぎ……!」


 母親の投擲したトライオブダルクによって頭をぶち抜かれたと思ったが、間一髪、ムムルゥは、自身の歯で、魔槍の三つ又を絶妙なタイミングで受け止めていたのだった。


「いつまで寝ているつもりだ、我が娘ムムルゥ。早くお前もこちらに座らぬか」


 言って、アザーシャは、自身が腰かけているソファの隣を指し示す。


「えっと、あの……」


 一瞬、ムムルゥの視線が、自身の座るソファに注がれているのに隆也は気付いた。


 多分彼女も隆也の隣に座りたいし、また、隆也もムムルゥに隣に座ってほしかったが、アザーシャの指示には逆らえない。


 ということで、『現』魅魔煌将と『元』魅魔煌将の親子と、そして、気弱で細身な少年である隆也が、向かい合うようにして座った。


「じき、レミとヤミ茶菓子を持ってくる。話はそれからするとしよう」


「は、はい……」


 ちらり、と隆也はアザーシャの姿を眺めた。


 デカい。


 それが彼の率直な感想だった。


 別に胸だけのことを言っているわけでない。いや、胸も確かにレティや師匠を凌ぐほどに大きいのだが、そういうわけではない。

 

 存在感が、まるで違うのだ。


 線の細いお子様体型である娘のムムルゥと比較すれば、一目瞭然だった。魅魔族と言えば、蝙蝠の翼と山羊の角だが、アザーシャのそれらは、まるでドラゴンのように頑丈な翼と角を持っているような気さえする。


「我が娘よりよっぽど『魅魔煌将』ではないか、とでも思ったか? ニンゲン」


「! あ、あの……そんな、ことは……」


 ほんのちょっとそう考えただけなのに、あっさりと頭の中身を見破られてしまった。


 たしかに、これでは嘘はつけない。


 あっさりと隆也のことを白状してしまったムムルゥの気持ちが、今は痛いほどに理解できる。


「不思議か? なぜまだ力のある我ではなく、娘であるムムルゥに『魅魔煌将』の地位を譲り渡したのか」


「……はい。ぱっと見でアザーシャ様とムムルゥさんの力の差はまだ歴然なのは、普通の人間の僕の目からも見てもはっきりわかります」


 隆也がそう言うと、何かに気がふれたのか、アザーシャがムムルゥの頭を強めにはたいた。『ぐべっ』と小さな悲鳴をあげ、前にあるテーブルに、盛大に顔面から突っ込んでいた。


「ニンゲン、お前の言う通り、確かに我が娘は我より遥かに弱い。歴代の『魅魔煌将』と較べても一、二を争うほどに。だが、娘にはその弱さを補って有り余るほどの才を持っていた……魔槍との『相性』が抜群に良かったのだ」


 魔槍トライオブダルクは、持ち主の魔力を何倍にも何十倍にもひきあげる性質を持つ、魅魔族に古くより伝わる武器だ。


「トライオブダルクとここまで合う個体はムムルゥだけだ。魔槍なしでは自身の力すらまともに制御できないくせして、槍一本手元にあるだけで他の『四天王』と肩を並べるだけの力を発揮する。だからこそ……」


 テーブルに顔をめり込ませているムムルゥの角を乱暴に引っ掴むと、そのあま上へと引っ張り上げた。


「……私は怒っているのだ! 自身とって命よりも大事なトライオブダルクを、自身の不始末でダメにし、あまつさえニンゲンにその修復を頼むなどと!」


「も、申し訳ありません、お母さま……でも……」


「でも、なんだ? 言ってみろ、我が娘ムムルゥ」


 ムムルゥの角を掴むアザーシャの腕の力がさらに強くなり、痛みからかムムルゥはたまらず呻き声をあげる。


「! アザーシャ様、さすがにそれはやりすぎじゃ……」


 本当に顔がひしゃげるんじゃないかと思うほどの折檻に、たまらず隆也もアザーシャを制止しようとするが、それが逆に彼女の逆鱗に触れてしまったようだった。


「誰に指図しているつもりだ、卑小なるニンゲン。貴様も娘と同じ目に遭いたいか? それとも殺されたいか?」


「っ――!」


 ムムルゥを掴む方とは反対の手が、隆也の喉元に伸びる。


 力はもちろん入ってはいない。だが、ちょっとでも彼女が爪を突き立てれば、やわらかい人間の皮膚など、あっさりと食い破られてしまう。


 だが、そこからアザーシャが行動を起こすことはなかった。


 なぜなら、彼女には、微動だに出来ない理由があったから。


「……母であるこの我にいったいなんの真似だ? ムムルゥ」


「その手をタカヤ様から離すッス。でなきゃ、いくらあなたが私の母親であっても絶対に許さない」


 そこには、魔槍を自身の手に取り戻し、その刃を母親の喉元に突き付けているムムルゥの姿があった。

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