第74話 エンカウント 2
「レッドデーモン、早速のお出ましッスか……チッ」
目立たないよう領地へと戻ろうかというところで早くも起きた障害に、ムムルゥは小さく舌打ちをした。
示し合わせたかのように登場したのは、南西地域を主な生息区域としているというレッドデーモンの群れ。
翼や角などを除けばほぼ人間の容姿と変わらない魅魔と較べ、その姿は、ヒト型というよりは魔獣により近い。
頭の先から足のつま先まで真赤に染まった肌と、隆也達四人とは二回り以上も異なる大きな体躯。異常に発達した筋肉を持つ腕は、まるで大きな丸太のように見えるほどである。
「デキソコナイ、メ……ワレラノ、リョウチニ、ナニヨウ、ダ」
「わざわざご丁寧にヒトの世界の言葉を使わなくてもよろしいですよ。あなた達はデーモン種の中でも特に知能の足りない『大バカ』、であることは周知の事実でございますからね」
ムムルゥと肩を並べたレティが、すぐさまデーモンに対してそう返す。その棘のある口調は、彼らに対して抱いている不快感を欠片も隠していなかった。
「キサマラガ、ヒトノコトバ、デ、カイワヲ、シテイタ。ダカラ、ワレワレモ、ソレニ、ノッテヤッタマデ」
対峙している面々をムムルゥの背中から観察する限り、どうやら隆也とフェイリアの存在自体には気付いてないらしい。
バレていないのであれば、この場をひとまずやり過ごし、さっさとずらかってしまうのが最適だろう。
「シツモンヲ、モドス。ミマコウショウ、ナラビニ、ソノテシタ。ナゼ、ココニイル? キサマラノ、リョウチ、ココデハナイ」
「……貴様ら下っ端の『雑魚』どもには答える必要などありません。我々は、我々の目的のために行動をしているだけ。レッドデーモン、貴様らも自分の仕事——そうだ、仲間内で腕相撲大会でもしていればいいのではないでしょうか?」
だが、このまま黙っているのを良しとしないお方が、四人の中に、一人だけいたようで。
「……ナンダト?」
「力自慢のレッドデーモンはお好きなのでしょう? お山の大将ごっこが」
嘲弄するかのようにレティの口から出た挑発じみた言葉に、数匹のデーモンが反応する。出来損ない、という魅魔を貶める一言に余程腹が立ったのだろうか、いつにもまして、レティが好戦的だ。
やはり、彼女も根っこのところでは『魔族』ということなのだろう。
「デキソコナイ、ガ、ナメタクチヲッ!!」
「ヤツザキニシテ、コロス!」
一触即発の空気に、ムムルゥの背中に隠れている隆也は気が気がではない状態だった。
こういう時こそ元の主人であるムムルゥが止めるべきなのだろうが、彼女は、その様子を、特に慌てる素振りすらなく冷静に眺めているようだった。
「お嬢様、戦闘許可を。我ら魅魔族全体を侮辱するような言葉……到底、許せるものではありません」
「レティ、荷物のほうはどうするんスか?」
「お嬢様にお任せします。ここは、私一人で十分ですので」
レティがそう言うと同時に、隆也の背中に人一人ほどの重量がのしかかる。おそらくフェイリアをこちらへとこっそり押し付けたのだろう。
落ち着いて、とレティに声を掛けたい隆也だったが、今、彼と、そしてフェイリアは互いに声が出せない状況にある。
もう止められない、と隆也が半ばあきらめようとした時、
「――マア待て、オマエ達」
ここで集団の最後尾にいたデーモンが、今にもレティへ飛びかかろうとしている数匹を制した。
ゆっくりと集団の先頭に出てきたのは、武装した悪魔だった。衣服すらまともに着けていない個体とは違って、脛や腕、胴に防具らしきものを身に着けており、鋭い爪をもつ手には、黒色の刀身を持った剣が握られている。
他と較べて話し言葉も流暢なほうだ。
「部下タチが無礼なことをシタ、魅魔煌将ドノ。ナゼアナタ方がここにいるのかは訊かナイ。それで、この場はおさめてはくれないだろうカ?」
「……アンタがこの群れのリーダーってことでいいっスか?」
「ソウダ。名は……別にイイダロウ。名乗るホド偉いワケではナイ」
気性の荒い他のデーモンたちと較べて、こちらのほうはまだ話がわかるようだ。
上手く話をつければ、切り抜けられるかもしれない。
「……私らがここにいるのは簡単なことッスよ。ちょっと野暮用で人間界に行ってて、その帰りってだけ」
「ナルホド、次元転移……ダガ、ソウデなければ、魅魔族が我らのナワバリにいる理由ナド存在シナイ」
「ッスよ。ただ、こちらもちょっと感情的になり過ぎたッスから、そこはおあいこってことで。ほら、レティ。頭を下げる」
「……申し訳ありませんでした」
ムムルゥによって頭を抑えつけられ、レティは強制的に謝罪させられる。
彼女も思う所はあるだろうが、抑えておくべきだ。もし、この場所が魔界じゃなければ、隆也としてもレティの気持ちを尊重したいところではあるけれど。
「――デハ、私ドモは周囲の哨戒ニ戻りマス。今回のコトは、見ナカッタというコトデ」
言って、騎士の姿をした悪魔は、ムムルゥに対して一礼すると、不満げな部下たちを引き連れ四人から徐々に離れていく。
初めの内はどうなるかと冷や冷やものだったが、なんとかバレずに切り抜けることができたようだ。
助かった——緊張の糸が切れてつい安堵し、油断した隆也は、大きく息を吸い込む。だが、
「っ……く、くしゅんッ!!」
その行動が間違いだったと気付いた時には、すでにもう、後の祭りだったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます