第62話 異能 1
ごしゅじんさま——。
「あ、う——」
隆也の冷え切った体に、ゆっくりと暖かいものが流れ込んでくる。
喉の奥に感じる甘いような、苦いような感覚。
それは、隆也自身も良く知っている薬の味だった。
回復薬。しかも、これまで作製していたものを改良した、隆也自身がいくつか用意していた名前の決まっていない試作品の一つ。
仕事中に浮かんで書き留めていたレシピを試したもので、実際にまだ飲んだことはなかったが、その効力は、自身を瀕死の状態から引き戻したことで証明されたようだ。
ごしゅじんさま、おねがい。おきて、ごしゅじんさま——。
「み、け……」
いつも隣で自身にぬくもりを与えてくれるしもべの声が、隆也の耳を打つ。
—―そうだ、起きなきゃ。俺はまだ、こんなところで、あんなやつらの手で死なされるわけにはいかない。
大事な仲間の声に導かれ、隆也は、力を込めて黒く塗りつぶされた世界から抜け出したのだった。
× ×
「俺、は……」
薬によって再び全身に熱を取り戻した隆也が完全に意識を取り戻した。
自身の体が無事かどうか、慎重に手と足の先にちからを入れてみた。
痛い。まるで太い針を神経に直接ぶっ刺されたような痛みに、隆也は小さく呻き声を上げた。骨の何本かは確実にイっているだろう。
だが、痛いということは、生きていることの何よりの証拠でもある。
奪われた
「……ごしゅじんさま、だいじょうぶ? しなない?」
隆也の顔を、おそるおそると言った感じで、ミケが覗き込んでいた。人型の方が介抱しやすかったのだろう。口元が回復薬でぬれているから、もしかしたら、同じように口移しで飲ませてくれたのかもしれない。
「ミケ……ああ、薬のおかげでなんとかなったみたいだ。傷だらけで、まだ全身が痛いけど」
言って、隆也は不安そうに瞳を潤ませたミケの頭を撫でる。
多分、ずっと彼の側で片時も離れずくっついていてくれたのだろう。綺麗なはずの銀の毛並みは、今や隆也の血がべっとりと付着していた。
「うぅぅぅ、あうぅぅぅ……よかった、ごしゅじんさまよかった……!」
初めて出会った時の状態ですら泣かないようなミケが、瞳にいっぱいの涙をためて、隆也の胸に顔を埋める。
かなり心配をかけさせてしまったようで、隆也としても申し訳ない気持ちになった。
「ごめんなミケ。お前が近くにいたら、こんなことにはならなかってのに」
「いい。ごしゅじんさまがぶじだから。きにしないで」
ミケは本当に良くできた子だと、隆也は思う。
これ以上、ミケや仲間たちに心配をかけさせないよう、自分でも強くならなければならないと隆也は密かに心の中で誓った。
「! そうだ、ミケ。あいつらは——」
と、ここで隆也は自身が気を失う直前の状況を思い出した。
ミケがこの状態で隆也に寄り添っているということは、つまり、すでにミケと彼らの決着がついているということである。
怒り狂った状態だったミケと彼らの実力差は歴然……となると、すでに洞窟内は地獄の様相を呈しているはず。
「あいつら……ああ、ごしゅじんさまをいじめたヤツらなら、いま、メイリールがこらしめてる」
「! メイリールさんが?」
だが、現在進行形で起こっていることは、彼の想像とは違う展開を進んでいるらしかった。
「……いったい、どんな手品を使った?」
「手品? 私は、ただ全力でそこのクズに、必殺の一撃をお見舞いしてやっただけ。それだけよ」
「俺の目にも、多分俊一と同じように映った。わかりやすい軌道を描いていたはずの蹴りが、突然途切れた思った瞬間、ソイツを捉えていた。蹴りが消えるなんて、芸当、レベルⅣなんかにできるはずが……!」
メイリールと明人が対峙する傍らで、口を血だらけにした俊一が白目をむいて転がっている。
ミケからの話も総合するかぎり、どうやら彼女が高レベル実力者の俊一を倒したようである。
だが、『一般人に毛が生えた程度』と社長が評する三人のうちの一人である彼女が、その一般人を遥かに凌駕する実力の俊一を圧倒するなんて。
「それこそ隠された能力とかが覚醒、とか、そんなことが起きなきゃ——」
「……実はあるんだよなあ」
「え?」
突然、隆也の後ろでそんな声がした。
振り向くと、そこにいたのは、三人のうちの残りの二人。
彼らももちろん助けにきてくれたわけだ。
「ダイク、ロアー!」
「派手にやられたな、タカヤ。だが、死んでいないようでなによりだ」
すぐさま隆也に駆け寄ったロアーが、持っていた水筒を隆也の口に当て、飲ませた。口内に流れ込んだ水が、思わずしみる。
「ダイク、治療のほうはお前に任せるぞ。やれそうか?」
「戻してみねえとわからねえが、まあ、出来る限りやってみるさ」
「え? ダイクが俺を治すの?」
騎士の格好をしたダイクが腕をぶんぶんと振りまわる姿を見て、隆也は疑問に思った。
「あ? なんだよ、野郎の俺じゃ不満ってか?」
「いや、そういうことじゃなくて、だって、ダイクは騎士でしょ? っていうか治せるの?」
「当たり前だろ。こんななりをしているが、俺はれっきとした癒術師だぞ。まあ、それでも魔法の腕はレベルⅣってとこだが」
「え?」
ロアーのほうへ、隆也はすぐに顔を向ける。
「……そういえばお前には言ってなかったな。ダイクは元騎士志望の癒術師で、メイリールは元神官希望の体術使いだ」
「と、いうことは、格好と適性があべこべってこと?」
苦笑いを浮かべたロアーが、小さく頷いた。
「じゃあお互いに服を変えないのは……」
「それぞれ、鎧と神官服に高い金をつぎ込んだから、捨てられないんだとよ」
神官にしてはやけにしなやかな体躯のメイリールに、騎士のくせに剣を持たないダイク。
出会った当初から隆也は二人に対して疑問に思っていたが、その正体がようやくクリアになった気がした。
すごく、くだらない理由だが。
「色々とお喋りしたいのはわかるが、今はとにかく治療だ。タカヤ、さっさと横になれ。今は時が惜しい」
半ば強引に隆也を寝かせたダイクが、瞼を閉じて呪文の詠唱に入った。
回復魔法のようだが、しかし、身体には何の変化もない。ちょっとだけ痛みが和らいだぐらいである。
「えっと、ダイク。今はなんの魔法を……?」
「……麻酔効果を付与する魔法だな。俺の治癒魔法は、癒術と較べてかなり痛いから、そのための準備な……うん、まあ、こんなもんか」
隆也の反応を待たず、ダイクは着々と『治療』の準備を進めていき。
「ロアー、ちょっとタカヤの体、抑えておいてくれ。ミケちゃんも、手伝いを頼む」
「ダイク、だいじょうぶなの?」
「心配すんな、タカヤのことは俺が絶対に戻す」
歯を見せてにっこりと笑ったダイクに安心したのか、ミケが狼の姿に変化して、主人の上に覆いかぶさった。成長著しい彼女は、狼状態だとすでにちょっとした大型犬ぐらいになっているので、こうなれば隆也は身動き一つとれない。
「タカヤ、ちょっとの時間だ……もう一回だけ、我慢してくれよ……!」
言って、ダイクが自身に纏わせていた魔力を隆也に明け渡した瞬間、
「! ぐっ……ああああっ……!」
治療によって塞がっていたはずの傷が再び開きだし、それが痛みとなって、ふたたび隆也へと襲い掛かった。
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