第11話 ラ・シャットさんとセンニンさん
三人でしばらくゆっくり談笑していると、ドアが開き、鈴が鳴る。
「あ、いらっしゃい、ラ・シャットさん」
妖精さんが反応する。
「こんばんは、妖精さん。おや、今日はオサムに、センニンさんもいるのね」
入ってきたのは、優雅な猫系美人のラ・シャットさんである。
「ええ」
「こんばんは、ラ・シャットさん」
「いやあ、猫ちゃんは今日も優雅だね」
この反応は、自由奔放で女好きのセンニンさんらしい。
猫ちゃんと日本語で言いかえると、フランス語ラ・シャットと比べて、随分と語感が変わる者だな、と思っていると、ラ・シャットさんは、妖精さんに向かって言う。
「いつものお願い」
「了解」
そして、今日は私の隣のカウンター席に腰を掛ける。
私は、ちょうどテーブル席に座ってゆったりとパイプをふかすセンニンさんとの間に挟まれた形になった。
ラ・シャットさんは、自らの手巻きを巻きながら、私の方へ向かって尋ねる。
「どうだった?この前作ってあげたやつは」
「香り高いティーフレーバーの中にほのかに混じる甘いアップル。吸っているだけで、アフターヌーン・ティーを楽しんでいるかのような気分になれました。
ラ・シャットさんらしい、優雅な味のする一本だと思いました」
「まだ今日で二度目なのに、あなたの中でのわたくしの印象は、随分固まってしまっているのね」
「何であれ、人が作り出すものは、その人のことを良く代弁しますから」
「そうなのかもしれないわね。
でも、そんなことを言うオサムは、歳よりもずいぶん色々な経験を重ねているように見えるわ」
「文芸雑誌の編集をしていると、嫌でも強烈な個性を相手にしていくことになりますから」
「向こうのセンニンさんみたいに?」
「ええ。奇遇ですが、私が実際に担当している作家さんの一人なんですよ」
「そうなんだ。…大変ね」
猫のような、鋭さのある瞳に、ふと同情の色が走る。
「アハハ、猫ちゃんは今日も小生の扱いがひどいなあ」
どうやら、ラ・シャットさんもセンニンさんの扱いで苦労してきたことがあるようだ。
「お待たせしました。いつもの、アラウンド・ザ・ワールドでございます」
妖精さんが、ラ・シャットさんがいつも飲むアラウンド・ザ・ワールドを差し出す。
「ありがとう。今日はね、色んな事が重なって大変だったわ」
一口啜ったラ・シャットさんの表情が、急に曇っていく。
「どうしたんですか?」
私が尋ねる。
「わたくし、また婚活に失敗しちゃったの」
微かにタバコを持つ指先が震えるが、それでもまだ危うい優雅さを保っているラ・シャットさん。
「ある程度関係の進んでいた彼氏に、わたくしの愛する手巻きの話をしたら、どんなに君が美しくても、たとえ家で吸わないとしても、どこかで吸っている君がいるということを想像しただけで嫌になったって、そう言って振られちゃったの」
「猫ちゃん、小生はいつでもフリーだよ」
センニンさんなりに、場を湿っぽくし過ぎないための配慮だろう。
それを感じ取ったラ・シャットさんは、瞳を潤ませて笑いながらも、言い返す。
「悪いわね。どんなに財産があっても、あなただけは願い下げだわ」
「うふふ。案外悪くはないんじゃないかしらねえ」
「妖精さんまでわたくしをからかうのね。
でも、ここの人とお付き合いするなら、若手の二人、オサムかチャックのどちらかだわ。
センニンさんは、ちょっとお年を召しすぎ。
30年前だったらイケメンだったのかもしれないけど、今じゃ過去の栄光をダシにしているだけのおじいちゃんじゃないの」
「あはは、いつも猫ちゃんは小生には手厳しいなあ」
「そりゃあ、会うたびにカラオケオールに誘われて、試しに一度行ったら、全く分からない昔の演歌ばかり歌われて時間を持て余した、わたくしの身にもなって欲しいものだわ」
そんなことがあったのかと思っていると、センニンさんが慌てて答える。
「あの日は飲み過ぎたんだ。安心してほしい、今宵は現代のアニソンを大量に仕入れてあるから…」
「悪いけど、アニメも分からないわ。買ったCDプレイヤーが英国製の癖のある機械だったせいで」
「英国製で思い出したよ。小生のことを散々に言うが、君だって、マニアックな洋楽しか歌わないじゃないか」
「そうよ。だから、お互いにカラオケオールは、合わないの。お分かりになって?」
「むう…」
どうやら、今回はラ・シャットさんの方が一枚上手だったようだ。
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