第90話
「なんだかんだ言っても、幸せそうな顔してたよな。でも、その時俺は別なことを考えていたって話したっけ?」
ついに希久美が切れた。棒きれを掴むと泰佑の首筋めがけて振りおろしたのだ。泰佑はよけなかった。当たった首筋が、赤く腫れた。それでも泰佑は話し続ける。
「ラブホテルへ行く途中も、ひっぱっていたはずの俺が知らぬ間にお前に追い抜かれてたよな」
今度は、棒を泰佑の頭に振りおろした。希久美の顔は怒りで真っ赤になっていた。泰佑の額にひとすじ血が流れた。
「そうだ。ラブホテルに入る時に顔を見られたくないなんて言って、両手で顔を隠した。だから前が見えなくて、ドアにぶつかってたのを思い出したよ」
希久美は棒を横に払う。棒は泰佑の肘に的中して鈍い音がした。骨がなんとかなったようだ。
「入口で部屋の写真見ながら、あれもいい、これもいいって…。お前なかなか入る部屋を決められなかったよな」
希久美は泰佑の胸を突いた。咳き込んで泰佑の顔がゆがむ。
「ラブホテル入った時、小銭が無いって言ったら、釣銭がでたら恥ずかしいって、自分の財布からじゃらじゃら小銭出してたのを思い出したよ」
希久美の振りおろした右膝への一撃で、泰佑は地面に片膝をついた。
「そう言えば…ぼこぼこ動くベットが珍しいってはしゃいでたっけ」
希久美はもう一方の膝を打った。泰佑は、たまらず両膝を折って跪く。
「それに…ガラス張りのバスルームが…恥ずかしいからって言って…俺に目隠ししたよな」
棒がもう一度泰佑の肩に打ちおろされる。もう泰佑はふらふらだ。
「馬鹿だよな、お前…枕元にあったコンドームの袋を見て…海外の紅茶のティーパックだと…言い張ってた」
口をふさぐために、希久美は棒を泰佑の口めがけて振り払った。口の中が血で真っ赤になった。それでも泰佑は喋るのをやめなかった。
「覚えているか…いざベットに…運んで強く抱きしめたら…お前…気を失い…やがって。」
ついに希久美は、泰佑の頭に致命的な一撃を見舞った。
泰佑はついに、地面に這いつくばった。
ぼろぼろのスーツのあちこちのほころびから、血がにじんでいる。もがきながら地面にあおむけに倒れると、息も絶え絶えに、泰佑が最後のコメントを吐いた。
「まだ…高校生だった俺が…気を失っている可愛い女の子を…だく勇気なんか…あるわけないだろう。菊江の寝顔を…しばらく眺めて…そのまま帰ったの…知ってた?」
そのコメントを聞いて、希久美の体中の血液が逆流した。
「このばかやろー。お前なんか死んじまえっ」
希久美は渾身の力を込めて、10振目を打ちおろした。棒は、泰佑の頭の寸前のところで地面にあたりはじけ飛ぶ。
1回、2回と、都合9回泰佑を打ちのめしながらも、10回目は数えることができなかった。やはりオキクは10枚目の皿を見つけられない運命なのであろうか。
棒を激しく振り回していた希久美の手は、擦り切れ特に右手の中指はもう真っ赤にはれていた。
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