第83話

「でも私とは出来たわ」


 泰佑が思わず希久美の顔を見上げる。


「そうよ、出来て当たり前だわ。だってあたし2年も先輩のこと見つめ続けてたんだから…。知ってたんでしょ。それだけ見守ってたら、妖怪じゃなくなるわよね」


 希久美は泰佑を自分の胸の中で強く抱きしめた。


「居るのよ、先輩。私の様に何年も先輩を見続けて、それでもまだ見飽きないで見続けるような馬鹿な女が」

「菊江、お前…」

「私は死んじゃったけど…。必ずそんな女はいるの。そりゃぁ、私みたいないい女は少ないから、何度か失敗するかもしれない。でも恐れないで、時間をかけてそういう女を見つけるのよ。きっと出会えるにちがいないわ。そして、今度は先輩がその人を見つめ続ける番よ。その人と作った家族を見つめ続けるの…」


 希久美の言葉を聞いただれもが、彼女の言葉に感動して流れる涙を止めようがなかった。ナミもテレサも、病室の外で声を押し殺し、抱き合って泣いていた。


「あのう、荒木先生」


 抱き合って泣いているナミの肩を看護師が叩いた。


「えっ、なに?」


 涙を拭きながら慌てて立ち上がるナミ。テレサは崩れた化粧を見られないように顔をそらした。


「あのう、急患なんですけど、PHS鳴ってませんでした?」

「ご、ごめんなさい。テレサ、あとは菊江が静かに去るだけだから…頼むわよ。できるだけ早く戻るから…」


 インカムをテレサに投げ渡して、ナミは看護師とともに救急処置室へ走って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る