第79話

 翌日の夜、病院に元女子高生3人組が集結した。

 希久美の装いを見たナミが感嘆する。


「懐かしい…。10年前の制服なんて、良く持ってたわね」


 ナミと肩を組んで希久美の制服姿を見ていたテレサも会話に参加する。


「それに、高校の制服がまだ着れるんだ」

「日頃のエステとジムの成果かしら」


 ナミがため息をつく。


「あーあ、私は絶対無理。背は変わってないけどもうウエストなんかとんでもない」

「私はまだ着れるわよ」


 テレサがあごをつんとあげながら、さらに自慢を加え始めた。


「でもなぜか、胸だけがきつくて…。あのころに比べて大きくなったのかな」

「あんたの場合は男に揉まれ過ぎよ」

「ちょっと失礼じゃない」

「でもさ、テレサも高校の制服を着ることがあるの?」

「彼氏の中に好きな奴がいてね…」


 希久美とナミが吹き出す。慌てテレサがふたりの口をふさぐ。


「ちょっと静かにしなさいよ。ここは病院でしょ」

「でもさ、私も来る時大変だったのよ。コートで隠してはいるものの、ちらちら見えちゃうから、オヤジどもにじろじろ見られちゃって…。絶対コスプレの玄人だと思われてるわよね」

「コスプレを楽しむには、コツがあってね…」


 テレサの解説を希久美が遮る。


「テレサ、んなぁ事はどうでもいいの。お願いして来たもの持ってきた」

「はい、インタービュー用のインカムとレシーバ、イヤホン」


 希久美が受け取ると、今度はナミに向って言った。


「ナミの方は?」

「病室を個室に変えといたわ。本人は不思議がっていたけど…。それに、さっき静脈麻酔打っておいたから、今本人は朦朧としているはずよ。たぶんからだも自由に動かせない状態」

「オーケー!」


 希久美が、インカムを制服の下に装着し、みずからを奮い立たせるために両手で自分のほほを叩いた。


「オキク、いい。何度も言うようだけど、心の中に入って行くことはとても危険なことなの。なんだかんだ言っても、オキクは素人なんだから、石津先輩の心の声を聞いてあげるだけでいいのよ。他の人に話すことが本人に問題を自覚させるために一番いいことなの。それが回復への第1歩になるんだから。ごみの遮蔽物で閉ざされた川の流れでも、自分でどけられる小さなごみを見つけることさえできれば、あとは自らの回復への欲求が水圧となり遮蔽物を流し、川は徐々に平常の流れを取り戻すの」

「わかった」

「絶対!オキクが、問題がなんだか教えてあげようとか、問題を取り除いてあげようとかしちゃだめよ」

「わかった」

「私達はここで、レシーンバーを通して聞いているから。問題があればインカムで連絡するし、あなたもわからないことがあったら聞くのよ」


 ナミが言葉を詰まらせた。


「でもさ…、プロの医師がこんなことに加担して、本当にいいのかしら…」


 直前に怖気づくナミの肩をテレサが叩く。


「深く考えないの。観光旅行だと思えばいいのよ。石津先輩の脳の中を旅行するなんて、なんか興奮するじゃない」

「慰めが慰めになってないのよ。物事の本質がまったくわかってない!あんたはいつも…」


 希久美がまとめている髪を解いた。いつもは風に美しく揺れていた長い髪が、高校時代と同じく肩の上の線で切られていたのだ。ナミとテレサが息を飲んだ。


「あんた、そこまで…」

「いくわよ」


 希久美が泰佑の病室のドアノブに手を掛けた。

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