Ⅷ-196 島に広がる、鬼ごっこの輪


 清々しいほどの晴天。


 最初に僕が捕まった、噴水の広場の真ん中。


 向かい合って二人、始まりの時を待つ。


「……いよいよ、私一人になっちゃったね」


 噴水のてっぺんに虹が舞う。

 降り注ぐ水音が、宝石のようなイヅナの声を更に透き通らせる。


「つい昨日までは、みんなに先を越されてばっかりだった」


 唇を噛みながらの独白は、悔しさが空気越しに伝わって来る。


 それと一緒に、喜びも。

 まるで、獲物を目の前にした獣みたいな歓喜がある。


「でも、それも終わり」

「…うん」


 胸元に握りしめた拳。

 前髪で一瞬だけ隠れた目元は、もう希望の色に染まっていた。


「今日で終わらせるよ、ノリくん」

「…大丈夫なの、そんなこと言って?」

「もちろん。ルールも新しくするよ」


 新しいルール。


 もしかしてイヅナに有利な決まりかな?


 そう思ったけど、違った。


「最後の舞台は島全部。島の中にさえ居れば、どこに逃げてもいいよ」

「あはは…本気?」

「本気も本気。どこに逃げたって捕まえてあげるから」


 島の全てをフィールドにしても勝てる。


 イヅナはそう高らかに宣言した。

 凄い自信だ、僕には真似できそうもない。


「……後悔、しないでね」

「しないよ、私が勝つんだもん」



『今カラ一時間後ニ…初メルヨ』



「じゃあ、僕は先に行ってくるね」

「うん、すぐに行くから待っててね?」


 にこやかな見送り。

 だけど、次に会う時は追う者と追われる者。


 あはは、ワクワクしてきちゃうな。


 抑えられない胸の高鳴りと、同時に湧いてくる緊張と。


 そのどちらをも悟られないうちに、僕は遊園地を飛び立つことにした。




―――――――――




「…ま、この辺で良いかな」


 遊園地を飛び立った僕の現在地はサバンナ。


 盛り上がった地形を探して、ひとまず池のくぼみに身を潜めていた。


「ふぅ~……ん?」


 息を吐く。

 すると、背後から聞こえる水音。


 振り返ると、掛けられたのは水ではなく疑問だった。

 

「あら、どなたかしら…?」

「わわ、先客さん?」

「そうだけど……あなた、何処かで見た気がありますわね」


 ザバァと波打ち現れた、彼女の名前は確かカバ。


 そう言えば、随分前にも会ったような気がする。


 だから向こうも安心したのかな。

 彼女は水浴びを続けながら、僕に質問を投げかけてくる。


「ここで何を? 見たところ、何かから隠れているようですけど」

「追いかけっこ…まあ、ただの遊びですよ」

「……狩りごっこ、みたいなものかしら」

「まあ、そんな感じです」


 敬語、おかしくないかな。

 関わりの少ないフレンズさん相手だと、ついついこんな口調になってしまう。


 まあ、いいか。


 とにかく返事をしながら、僕は隠れ場所を変えるべく立ち上がった。


「あら、気遣いなんて要らないのに」

「大丈夫です、行くべき場所がありますから」

「そう…頑張ってね」

「あはは、ありがとうございます」

 

 口に任せた出まかせを口に、僕はそそくさと池を離れる。


 イヅナは色々と本気でやって来る。

 厚意を断るのは申し訳ないけど、万が一にも巻き込む訳にはいかない。


 それに、一か所に留まるのが得策とも思えない。


「…まあ、ここで良いか」


 そうは言っても熟考は要る。


 僕は適当に移った木陰に腰を下ろして、青空にこの島を映し始めた。



 島の全てが鬼ごっこの舞台―――

 

 

 イヅナは簡単に言ってくれたけど、とんでもないことだ。

 

 しかもイヅナは平然と言った。

 あの行為そのものが、既に色々なことを示唆している。


 まあ一度はゆっくりと、初めから整理するとしよう。


「場所ごとの逃げやすさ…とかかな?」


 やはり序盤は大局を見る。


 広大な島……様々な環境が備わっているだけあって、やっぱり逃走が簡単な場所とそうでない場所の差は大きい。

 

 『逃げにくい場所』の方が致命的になりそうだし、そっちから行こう。


「サバンナ、砂漠、湖畔、平原、水辺、ロッジ付近の平地……」


 偏見に任せて、逃げにくそうな場所を上げる。


 心なしか、逃げやすい場所よりも多そうだ。

 まあ、それはそれで仕方ない。


「残りはジャングル、鉱山、火山、雪山、遊園地……うーん」


 こっちも案外逃げにくそう。

 

 ……というか、ね?


 って前提があるせいで、どこを戦場にしても有利以上の条件で鬼ごっこが出来る気がしない。


 あれ?

 なんでむしろ、今まで捕まらなかったの…?


 ギンギツネの作戦が優秀だったのかな。


 ホッキョクギツネの件は、って感じだったし。


「…集中しなきゃ」


 まあ、兎にも角にも僕は不利だ。

 運よく、その原因は大体掴めているけど。


「空を飛ぶ能力と、テレポート」


 前者は僕も持っている。

 後者はもしかしたら使わないかもしれない。


 それを差し引いても、この両方は強い不利要素として働いている。


 まずは前者。

 言わずもがなかもしれない。


 この力のせいで、多くの地形的有利不利がほとんど無くなる。


 多少の高さはチャラ。


 起伏に隠れたって上からの偵察でアウト。


 これから逃れたいなら…そう。

 入り組んだ地形と、上空からの視線を切る物が必要になる。


 でも、僕も飛べば問題ないって?


 ……残念だけど、そうは問屋が卸さない。


 理由は簡単、イヅナの方が速く飛べるから。

 空中戦の追いかけっこじゃ、瞬く間に僕が捕まってしまう。


 それに、逃げる側としては隠れて体力を温存した方が有利。


 だから空を飛ぶ力も、結局は僕にとって不利に傾くだけ。


「で、加えてテレポート」


 こっちの理由は簡単だ。


 テレポートで突然背後にでも来られたら負け。

 初日に避けられたのは単なるラッキー、次はない。


 …以上。


 ……やっぱり、諦めて捕まっちゃった方が楽が出来そう。


「でも、絶対にそうしてくる訳じゃない…」


 イヅナが僕に情けをかけて、普通の鬼ごっこをしてくれるかも。


 そんなが僕の活力を残してくれている。

 だから今も必死に、僕は逃げるための策を考え続けている。


 傍から見たら滑稽かもしれない。

 

 でも、この鬼ごっこは遊びだから。

 こんなどうでもいいような遊びにこそ、僕たちは本気にならなきゃ。


 そろそろ、結論も出せそうだ。


「…火山のふもと、かな」


 一時間の猶予、もう残りも少ない。

 どうせ決まった正解は無いんだから、直感で選んでしまおう。


 もちろん理由はある。


 地形がある程度複雑。

 高低差の誤魔化しが利く。

 身を隠せる洞窟がある。

 見渡しも十分に良い。


 やっぱり島の聖地と呼ばれているだけあって、中々にいい条件。


 上手な立ち回りさえあれば、煙に巻くことは十分に可能だ。



 まあ、あとは運次第ってとこ。


 だから最後は願わないとね。


 神様にでも、カミサマにでも。


「どうにか、真っ先に嗅ぎ付けられませんように…」


 ボスが合図の準備を始めた。

 


 あと少し。



 始まる。



 最後の。



「鬼ごっこかあ……楽しそう、ワタシも混ぜていただけませんか?」

「……え」



 ……神隠しが。





―――――――――


―――――――――





『サア、始マリダヨ』



 ピコピコ。

 

 耳障りな電子音を鳴らして、ボスが最後の鬼ごっこの始まりを告げる。


「……そう」


 私は読んでいた本を机に置く。

 そうして少し身体を伸ばして、いよいよ追いかけっこの始まりだ。


「随分と余裕なのねぇ?」

「いや……まあ、そうだね。どっちかと言えば志向だけど」

「…?」

「なるほどね…」

 

 頭上にハテナを浮かべたキタちゃん。

 いつも通りの洞察力で頷くギンちゃん。


 片方には伝わってるしこれで良いかな。


 改まって説明する義理もないし、時間も勿体ない。


 私は、さっさとホテルを出発した。



「くんくん、ノリくんの匂いは……こっちだね」


 遊園地に残されたノリくんの体の匂い。

 それを鼻で辿って、私は彼の元を目指す。


 普通だったら……始まる前からテレパシーでノリくんの位置を把握しておいて、始まったと同時にテレポートで一気に決着を付ける。


 初日も私は、そうやってノリくんを捕まえようとした。


 だけど今回、その戦法を使うつもりはない。


「あんな大口叩いたもんねー…」


 ”どこに逃げても捕まえる”って豪語したんだもん。


 こんな鬼ごっこ全否定の戦法で勝ったって、私は全然納得できない。


「うん、サバンナの方角で間違いないかな」


 だから、始まる瞬間まで読書に集中。

 間違ってもテレパシーを使わないように気を付けていた。


 ……あ、空は飛ぶよ?


 ノリくんも同じように飛べるし、のんびり歩いてちゃ日が暮れちゃうし。


「……空中戦は不毛になりそうだね」


 空から地表を眺めてみて、改めて私はそう感じた。


 こんな風に俯瞰してみると、意外と隠れられる場所は少ない。


 これがヒトの街の中なら、建物が絶対的な遮蔽物として機能してくれる。


 サバンナは見渡しが良いね。

 今のところ、ノリくんの姿は見つけられてないけど。


「もしかして、もう移動しちゃった?」


 こんなに見渡しが良い場所で、影も形も見えないなんて。


 匂いをもう一度嗅いでみてもイマイチ。

 遊園地に残った匂いと比べて、それほど濃くなっているようには感じない。


 だったらここも通り道かな。


 匂いの方向だけ調べて、早く次の行き先を見つけないと。


「…うふふ。久しぶりだなぁ、こういう感じ」


 テレパシーを手に入れてからのこと。

 私はずっとでノリくんの存在を感じ続けていた。


 でも今、こうしてその道具を封じてみるとどうだろう。


 微かな匂い。

 密かな足跡。

 細かな思考。


 それを頭の中で総合して、ノリくんの場所を探る必要がある。


 普段のように――ボーっと呆けていながら、ノリくんの情報が手に入るなんてことは絶対にない。


「…楽しい」


 いつもやるには、結構怖い。

 彼を常に感じていられないことは、とっても不安だ。


 でも今は、この瞬間だけは違う。


 恐怖が最高のスリルになって、私をこれ以上なく楽しませてくれる。


「水辺…そう、ここにも寄ったんだね」

「まあ、今日はお客さんが多いですわねえ」


 道中、サバンナの池。


 出会いがしらの言葉から、ノリくんが彼女に会ったことは明白。


 ……万が一にも、変なことが起きてないといいけど。


「あら、顔が怖いですわよ?」

「…大丈夫。ところで、ノリくんは何か言ってなかった?」

「いいえ、別に何も。すぐに何処かへ行ってしまいましたわ」


 ……嘘は、ないね。


 良かった。

 

 少しでも不審だったら、テレパシーとかを使ってでも事情を聴きに行くつもりだった。

 

 だけど彼女の様子を見れば、それをしなくても済みそうだ。


「邪魔したね。それじゃあ、私は行くよ」

「ええ、気を付けるのよ~」




―――――――――




「この木陰、匂いが濃いね」


 池を離れ、しばしの間歩き回って見つけた場所。

 色濃く残っている匂いは、ノリくんがここに長い時間滞在していた証拠。


 だけどここに、ノリくん自身の姿は見えない。


 それどころか、この状況は少し奇妙で……


「…どうして? 匂いに先が無いなんて」


 くんくんと鼻を揺らしても、匂いの線は一つだけ。


 これはおかしい。


 ノリくんがここに来て、そして離れたなら……匂いの線は最低でも二本、伸びていなければ道理に合わない。


「もしかして、ここに隠れてる…?」


 気配は感じない。

 いくらテレパシーを封じても、身近にいるなら分かるはず。


 隠蔽…ううん、その線もない。


 私はノリくんに、幾つか自分の術を教えていたけど……まさか私を欺くことなんて出来ないはずだ。


「じゃあ、どうして…?」


 真っ直ぐ来た道を戻った?

 そんなことをする理由はない。


 匂いで捜索されるなんて、ノリくんは思ってもいないはず。


 それにこの推測が正しかったら、匂いの線は別の場所で分岐していなきゃおかしい。



「……八方塞がり」



 多分、それより状況は悪い。

 単に塞がれているだけなら、私がその中で捕まえればいいだけ。


 問題は一つ。


 八方塞がりの中から、脱出されていること。


「まさか、こんなことって」


 悩む。

 テレパシーを使うか否か。


 自分に課した縛りを、解き放つかどうか。


「………やろっか」


 私にとっても八方塞がり。

 悔しいけれど、この状況を打開する術はない。


 だからせめて、ノリくんの居場所の方角だけでも知りたい。


「少しだけ、本気出しちゃうから」


 本音を言えば、ちょっぴり不安もある。

 私の知らない何かが、裏で起きているような気もする。


 ……ノリくん、何処にいるの?

 

 テレパシーを使って、彼の体に問いかける。


「…そう、火山の方向だね」


 たったそれだけ、確かめられた。


 そうしたらまた、テレパシーに縛りをかける。


「だって、これ以上はになっちゃうもん」


 楽しい楽しい鬼ごっこ。

 あくまでフェアに、平等に、心行くまで堪能したい。


 だから邪魔は許さない。

 もしもがいるとしたら、その時は…私も心を鬼にする。


 ノリくんはこの手で捕まえて、そして最後まで守ってあげる。



「待っててね、ノリくん」



 私はあなたのパートナー。

 何があっても、迎えに行くから。

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