Ⅶ-176 事件の裏に、やっぱりキツネ


『警告:貴方は”ジャパリパーク中央研究所キョウシュウ支部”の全設備及びシステムを停止しようとしています。停止すると、再起動までこの研究所を利用することは出来ません。また、サポートもバックグラウンド状――』


「ああもう面倒! 良いから早く止めてってば!」


『…システム管理者の承認を確認。停止プロトコルを実行します。』


 ヒト製機械特有の、冗長で長ったらしい警告音。


 脳内で読み返すだけで苦痛なそれを遮って、私はシステムのシャットダウンをメインサーバーに命じた。


 そうすれば案外機械は従順。

 瞬く間に目に付く光と言う光が消え去り、研究所はその役目に一旦の暇を与ることとなる。


 ホッキョクちゃんを送り出してからおよそ十数分。


 完全な機能停止には時間が掛かるだろうし、これでもまだまだ油断は出来ない。


「私も一回落ち着いて、やることを整理しないと…!」


 なにせ、突然現れた船に対する急ごしらえの計画。だから何処に穴があるか分かったものじゃない。


 備えは万全に、決して見破られないように。

 

 左手に、私たちについての情報を入れたUSBメモリ。

 強く握りしめて、声に出してこれからの段取りを頭へと刷り込む。


「まずは、ホッキョクちゃんにあげた理由の辻褄合わせ」


 あの子にはセルリアンに襲われたと言わせる。

 だから、その証言と合致するセルリアンをこの周辺に放っておく。


「そして戻って、キタちゃんとギンちゃんに話をする」


 ノリくんにバレないように、こっそり進めないとね。

 薬の件はまあ…緊急事態ってことで押し通そっか。


「最後に、ホッキョクちゃんを回収する」


 潜入を続けさせるか引き上げるか、あの子の話を聞いてから判断しないといけない。


 場合によっては、強硬な手段に出ることも選択肢の内。

 なにぶん状況の転がり方が急すぎるもの。最悪を避けるためなら、多少の犠牲は仕方ない。


 …まあ、今の時点で頭に入れておくべきことはこれくらいかな。


『報告:研究所のシステムを完全にシャットダウンしました。以降、システムは施錠機能のみ待機状態となります。』


「さて…でも、まだここでの仕事が残ってるんだよね」


 データを抜き取るだけでは足りない隠蔽工作。

 それは印刷され、物理的な形を持つ紙の文書の処分。


 粗方はラッキービーストに任せて終わったけど、まだ処理漏れが残っているかもしれない。


 万一ここに入られて、更にその文書が運悪く見つかれば私たちの存在が露呈してしまう。


「私とノリくんは本来いない筈の存在…だからデータもちゃんと、無いモノにしておかないと」


 それからまた数分後。

 最後の確認を終わらせて、私は本当に研究所を後にする。



 そして、すぐに次の仕事。



「よしよし…うふふ」


 持ち上げた腕の先に…たった今、生を受けたばかりのセルリアン。


 ホッキョクちゃんに伝えた特徴の通り、よく見る平均的なセルリアンより大きく、サンドスター・ロウを多めに与えて黒くしている。


 ついでに身体は、形に調整した。

 ああ、一目見ただけで想起せざるを得ないでしょう…くふふ。


「ほら、行ってらっしゃいな」


 私はそいつに、研究所の外周を徘徊するよう指示を出す。


 核の中に私の因子を埋め込んでおいたから、このセルリアンは私の眷属。

 つまり命令は絶対、間違っても違えることはない。


「ま、誰か近くに来たら適当に襲っちゃっていいよ」


 危害を加えることを制限する理由はない。

 むしろ、どんどん危険性をアピールして研究所の人払いをして欲しい。


 …もう一体作っちゃおっか。


「よーし、行けーっ!」

 

 さてさて、少しだけ様子を確かめてから次のお仕事に移ろう。


 私は木の上に身を隠しながら、愛しの―そんなに愛しじゃないけど―我がセルリアンの動向を観察し始めた。



「……やっぱりノロマだねぇ」



 数分くらい黙って見ていたけど、その一言に尽きる。

 

 そこらの鈍重なフレンズよりも遅い動きだろうね。その分頑丈にしたから何も問題なんて無いんだけれど。


 後はまあ…ほら、そっちの方が威圧感あるし。


 どちらにせよ、あの子じゃ永遠に食い止めることは無理。

 時間稼ぎだと割り切っちゃうのが無難ね。


「だったら…せっかく稼いだ時間を無駄には出来ないかな」


 もういいだろう。

 

 私は低空飛行を心がけながら森を抜ける。

 隠れ隠れ、雪山に向かって飛んで行く。


「……あれ?」

「っ!?」


 でも…誤算があった。


「今、ホッキョクギツネさんのような影が見えた気がしたのですが…」

「………!」


 あの緑の髪の毛。

 赤青の羽が付いた帽子。

 間違いない、ミライとかいう奴だ。


「気のせいでしょうか…ですよね、ホッキョクギツネさんは空を飛びませんもの…」


 彼女の独り言を聞いて私は無音のため息をつく。

 このまま隠れていれば、なんとかやり過ごせそうだ。


「じゃあ、船まで戻るとしましょうか………と見せかけてッ! ……あれ?」


 もぬけの殻の茂みを覗き、一人で首を傾げるミライ。


「やっぱり、気の所為だったのでしょうか…?」


 今度こそ向こうに姿を消した彼女のことを確かめて、私は森に大きな風を吹かせた。


「ホント、ふざけた察知能力だね…」


 本当にギリギリだった。


 覗かれる直前で咄嗟に転移して事なきを得たものの、本当に姿を見られていたらどうなっていたか。


「ああ、忘れちゃダメ、二人に伝えなくちゃダメなんだから…!」


 私は気を取り直し、さっきより過敏に周りを見ながら雪山へ飛んで行く。



「…やっぱり」



 緑の中から刺し貫く、黄緑の視線に気づかないまま。




―――――――――




「あら、帰って……ん?」

「良いから静かに、話を聞いて。緊急事態なの」


 雪山に戻ってきた私は、先にギンちゃんを訪ねることにした。


「……はいはい、ちゃんと聞くわよ」


 キタちゃんは騒ぎそうだなと思っての判断だったけど、多分これで正解。


 ホッキョクちゃんの姿が無いことからも何かを察したのか、ギンちゃんは作業の手を止めて真剣に話を聞いてくれた。


「単刀直入に言うよ、外からヒトが来た」

「ヒトが? …目的は?」

「分かんないから、今ホッキョクちゃんに探らせてるの」

「ああ、それで戻ってないのね」


 ふむふむと頷いて、私の方に紅茶を差し出す。

 トラウマを抉るつもりなのかな、そっと突き返した。


 ギンちゃんは、何か聞きたげに私を見ている。


「…私の推理が聞きたいの?」

「ええ、イヅナちゃんとどれくらい考えが同じか気になるの」


 そう改まって尋ねられても、大した考察は無い。

 だから探らせてるんだもの。

 …ま、適当に答えとこ。


「別に、戻って来たいだけじゃないの?」

「まあ、集団の目的としてはそうでしょうね」


 私の返答をまるで『予想通り』とでも言うように薄い嘲笑で蹴飛ばすギンちゃん。


 ああ、不愉快だね。

 キタちゃんと違って遠まわしな分、余計に頭にくる。


「…何が言いたいわけ?」

「うふふ、私のも唯の推測。でも、誰か一人くらいは…集団と別の目的を持ってるものじゃないかしら?」

「そう? 土地の奪還って、ヒトが簡単に団結しそうなだと思うんだけど」


 私の意見にギンちゃんはいい笑顔で首を振る。


 一見肯定しているようだけど、どうせ『予想通りの答えね』とか何とか思ってるんだ。ムカつく。


 ひとしきり得意げに微笑んだギンちゃんは、ようやく口を開く。


よ。…それを旗に皆を導く人は、別の目的を腹に持っているもの。貴女にだって、そんな経験くらいあるんじゃない?」

「……まあ、思い当たる節はあるけどね」


 ギンちゃんが私たちの関係に自分を捻じ込んできた時なんて、の最たる例だ。


 博士たちを招いて宿のアピールをすると見せかけて…自分の想いを、より強いインパクトでノリくんに伝える土壌を作った。


 この程度の規模の催しでも、深い思惑は潜みうる。


 だったら今回の訪問だって、裏に何も無いと思う方が不自然なのかな――

 


「思い詰める必要は無いわ。イヅナちゃんの初動は理想的よ。だから紅茶でも飲んで…」

「やめて、苦手だから」


 マジでこの腹黒ギツネは。

 腹に酸化銀でも詰まってるんじゃないかしら。


「あら、ノリアキさんが出した時は普通に飲んでたじゃない」

「ノリくんなら良いの。絶対危なくないし、もし許せる」

「うふふ…そういうものよね」


 うわ、共感された。

 なまじ否定できない分野だけに……いいや。疲れた。


「…そうだった、キタちゃんにも言わないと」

「キタキツネは、ノリアキさんが看病してるわ」

「…へぇ」


 それはそれは。

 幾つもの意味で好ましくない状態だね。


 ほら、澄ました顔してないでギンちゃんも怒れば?


 どうせ腹の中は熱く燃えてて、酸化銀を銀と酸素に分解してるんでしょ?

 だったら脂肪を燃やすべきだと思うけどな、私は。


 …わわ、睨まれちゃった。怖い怖い。


「はぁ……今は会わない方が良いんでしょ、キタキツネには私から言っておくから。…でも、薬は早く持って来てね」

「…そうだね。ホッキョクちゃんの様子でも見てくるよ」


 ノリくんに見つかる可能性もある。

 私は早めに立ち去ることに決めた。


 窓枠に足を掛け、ふと気になって振り返ったキッチンの中。


「…行ってらっしゃい♪」


 笑顔で手を振るギンちゃんに、雪玉を投げて私は飛んだ。




―――――――――




 海面スレスレをふわふわ浮かんで忍び込んだ船の中。


 ホッキョクちゃんは応接間みたいにレイアウトされた部屋で、優雅に飲みながら佇んでいた。


 …あれ、今日って厄日?


「やっほ、元気してる?」

「…あ、イヅナさん。はい、さっきやられた傷以外は、至って無事ですよ」

「あはは、悪かったってば」


 それにしても大変だね、怪我するような出来事ばっかりで。

 ま、一回は自分でやったことだしノーカンかな。


「…あ。これ、キタキツネさんに」

「ん…風邪薬だ、何処にあったの?」

「船のとあるお部屋です。探検した時に見つけました」


 結構仕事熱心…いや、ホッキョクちゃんはそういう子だった。

 良くも悪くもノリくんに忠実、文字の通りの使いよう。


 …手放せない道具のこと、『呪いの品物』って呼ぶんだよね。


「それは大丈夫だけど……バレなかったよね?」

「問題ありませんよ。もし見つかっても、わたしは好奇心旺盛なフレンズですから」


 おどけて胸を張るホッキョクちゃん。

 わ、思ったよりある。


 予想外の対抗馬…は置いといて、ホッキョクちゃんのちょっとふざけた言い分も実は一理ある。


「…そっか、疑う理由もないもんね」


 ヒトにとってこの事件の元凶は疑いようもなくセルリアン。

 そもそも、ホッキョクちゃんは被害者の立場から揺るがない。


 もうしばらくは、この子を忍ばせておいても不都合は無いかも。


「じゃあ誰か来ないうちに、聞いたことを教えてよ」

「そうですね…ええと、結論から言っても?」

「いいよ」

「分かりました。彼女たちが来た目的は…キョウシュウに再び拠点を作るため、らしいです」


 ほうほう、意外にも予想通り。

 何か裏があるかと思ったけど…ま、どの道この子には話さないか。


「で、他には何か言ってなかった?」

「後は『十年前に放棄したこの島を~』…みたいなつまらないものだけで、役立ちそうなお話は有りませんでしたよ」


 おお、なんと有難い取捨選択。

 私もそういう無駄な決意は聞きたくない。


 必要な情報を選び取る能力と、一見何もしなさそうな人畜無害さを放つ見た目。


「…イヅナさん?」


 やっぱりこの子、スパイにピッタリ。


「何でもない。じゃあホッキョクちゃんには、続けて調査隊を探ってもらおうかな。なんやかんや言い包めればまだ居られるでしょ?」

「はい、みなさん優しいですから」

「……あはは、そっか!」


 この純粋無垢な感じ、濁りなく透き通るような感じ、それでいて罅の入った宝石みたいな感じ!


 堪らないね、ああ…結構嫌いじゃないかも。


「イヅナさん、それは?」

「魔法陣だよ、せめて一回はお家に帰らなきゃでしょ?」

「なるほど、そうですね」


 部屋に置いたら入れなくなったとき面倒だから、持ち運び式のモノを渡しておこう。


 例によって例の如く隙を見て開発した、その名も『魔法陣シート』。


 ギンちゃんの珠玉の名付けを回避して無難な名前になったこれ。

 

 少ない霊力を込めるだけでイメージ通りの場所に転移できるという馬鹿みたいな性能を有している。


「ま、上手く使って誤魔化そうね」

「でも、やっぱり長い時間空けていたらノリアキ様も怪しむんじゃ…」

「あー、大丈夫だよ、ノリくんって結構寛容だからさ」

「それは…わかります」


 私はその後柄にもなく、ホッキョクちゃんとノリくんについての色々なことを談笑して時間を過ごした。


 やっぱり他の二人に比べて、ホッキョクちゃんは敵意が無い分過ごしやすい。

 本当に、無害を装って入り込んでくるのが上手い子だ。


 だからいっぱい……利用してあげないと。


「じゃあ、一旦雪山に戻ろっか。お薬だけ渡してすぐにこっちに飛んでこよ?」

「ええ、そうですね」


 早速”魔法陣シート”を使うために広げて、行先である雪山の旅館を念じる。


「…? イヅナさん?」


 だけど、魔法陣は発動しなかった。

 コレに不備があった訳じゃない。転移の瞬間、雑念が入り込んできたんだよ。


 『さっきもこれ使えばよかった』……ってさ。


「まあいいや、行くよ」


 過ぎたことは仕方ない、これからのことを考えよう。

 後悔の声を振り払い、今度こそしっかりシートを発動して、私たちは雪山へとテレポートした。

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