第90話 12階層

 あれから敬太は魔法とスキルの何を買うか、2時間ぐらい悩んでしまっていた。

 今、残りのお金を使ってしまうと、もっと下の階層に行って魔法やスキルが必要になった時に買えないと困るって考えと、今のうちに買っとけば、いざと言う時に役に立つかもしれないって考えで、グルグルと迷ってしまっていたのだ。


 最終的には、刺突系の「奥突き」を3千万円で買っただけで、残ったお金は取っておく事にした。まぁ、無難な着地点だろう。


「ゴル、行くよ~。」

「ニャー。」


 うじうじと長い事悩んでいたおかげで、十分に時間が取れた。これだけ時間を空ければ11階層の炎は消え、熱さもおさまっているだろう。

 今度は「置いていかないで」と必死に訴えるゴルと一緒に、様子を見に行く事にした。



 ダンジョンを下りて行き、まだ電気を通してない真っ暗な10階層のボス部屋に入ると、普通のアイアンゴーレム達が11階層への扉の前に座っているのが暗視スキル「梟の目」で見えた。


「どうした~?」


 敬太が声を掛けるとアイアンゴーレム達は立ち上がり、シュタっと敬礼ポーズをして出迎えてくれた。直ぐにゴーさんを「亜空間庫」から出して通訳を頼むと「通信」スキルを使ってアイアンゴーレム達の思いをイメージで、敬太の脳内に直接送り込んでくれる。


 伝わって来たイメージによると、やはり炎が熱くてダメージが入ってしまったみたいで、避難していたとの事だった。


「他のゴーレムは大丈夫だったの?」


 この場に見当たらない、壁になってくれていた5体合体ゴーレム達の事を聞いてみると、あいつらは大丈夫との答えだった。

 体が大きくなると、熱にも強くなるのだろうか?まぁ避難してるアイアンゴーレムがいるので、避難出来なかったって事は無いだろうけど、ちょっと心配になってしまった。


 早速、敬太は「亜空間庫」からネットショップで買っていた、潜水用小型ボンベを手にし、11階層へと入って行く準備を始めた。この潜水用小型ボンベは、使用時間が15分と短いが、自転車の空気入れで手軽に空気をボンベに充墳する事が出来るので、メンテナンスが楽だし、値段も29,900円と手軽だったので買ってみた物だ。

 このボンベをゴーさんに鎧になってもらった時に、何処かに収納してもらい、鎧の中の空気だけで動ける様にしてもらうのだ。


「ゴーさん、セット!」


 ゴーさんに合図を出して鎧の形に変形してもらう。ドロリと敬太の足元で溶けだしたゴーさん達が、敬太の体を包み込み、形を成していく。

 イメージ的には可動部分にも穴は無く、空気が中に入って来ない様に空気穴も塞いでもらう。外観は、つるりとした顔でアメリカの映画でも有名なヒーローの鉄の男みたいにして欲しい。


 手にしていた小型ボンベはいつの間にやら無くなっていて、敬太の腰の辺りに収納されていた。顔の部分はつるりとした顔になり、全面的に顔が覆われているので、敬太は自身の目では前が見えなくなっていたが、ゴーさんとの「同期」スキルによって、ゴーさん自体が自分の体の一部の様になり、そこから入って来る周りの情報が敬太に直接伝わってくるので、何の支障も無い。


「ゴル、空気がおかしいなと思ったら直ぐに伝えるんだよ。」

「ニャー。」


 敬太は熱さや、一酸化炭素、酸素不足なんかの問題をゴーさんの鎧でクリアしているが、お供のゴルは何もしていないので、異変は直ぐに知らせる様に言いつける。

 ゴルは呑気に「分かったー」と返事をしているが、目を離さない様にしないといけないな。



 11階層へと続く両開きの扉を開けて、階段を下って行く。

 敬太は鎧を着こんでいるので温度変化に鈍くなっているが、「同期」スキルによってちょっと通路が暑いって感覚だけが伝わってくる。心配になって足元を歩くゴルを見たが、特に変わりは無く、平気な顔して歩いていたので、そこまでは暑くはないのだろうと判断した。


 階段の踊り場まで下りてくると、階段の下の様子が明らかになる。

 そこには未だに壁になったまま動かない5体合体のゴーレム達がいた。敬太は「索敵」を使って辺りの様子を伺うが、あれ程うじゃうじゃといたカンガルー達の反応は消え去り、一つも見当たらない。全部倒してしまったのだろうか?


「おーーい!」


 踊り場から階段を下りながら、壁になっているゴーレム達に声を上げると、顔を包んでいる被り物の中で自分の声が反響してしまい、少し大声を出したことを後悔する。この辺も何とかしたい所だ。


 声を掛けられたゴーレム達は、ゆっくり振り返るとズサッっと敬礼ポーズしてくれた。どうやら全員無事だった様だ。そう思ったが、良く見るとトレードマークの顔の鼻の分にあるはずの「ゴーレムの核」が見当たらなくなっている。


「あれ?核は壊れちゃったの?いや、壊れたら動かないか・・・。」


 敬太が疑問の声を上げると、ゴーレム達のイメージが頭の中に伝わって来た。なになに「熱かったから体の中にしまった」だって。

 そうイメージが伝わってきた後に、ゴーレム達の鼻の部分から「ゴーレムの核」がボコリと飛び出して来た。


「いや、しまえるのかい!」


 思わず敬太は突っ込んでしまったが、どうやら今回の熱さで生み出された技の様で、前までは出来なかったらしい。炎の中に居ると熱くて、ダメージが入ってしまったら、この場所から離れなくちゃならない。敬太の「壁になって」と言う指示に背くのは嫌だと思ったら出来てしまったそうだ。

 複数のゴーレムで合体させている時は、代表者の核が表に出るが、他の奴等の核は体の中に散らばっている状態だそうで、それだったら代表者の核も体の中に入れちゃえってなったみたいだ。

 

 ヒントが出ていて、熱さと言う試練で閃いたみたいな感じかな。なんだか無理するなと怒ってやろうかと思ったが、俺の為とか言われると何も言えなくなってしまう。


「そうか、頑張ったな。ありがとう。」


 敬太がお礼を口にすると、ゴーレム達は嬉しそうにズサッっと敬礼ポーズをした。




 足元のゴルを見ると、全然平気そうなので、このまま11階層の探索を続行する。


 11階層はそんなに広さは無く、真っ直ぐな1本道の両脇に6つの部屋がある簡単な作りの様で、道の突き当りには12階層への下り階段がある。

 車が1台だけ通れるトンネルの様な通路を歩きながら、念の為、一部屋一部屋何か無いか確認をしていく。トンネルの両脇に、部屋の出入り口が等間隔で規則正しく空いているので、ホテルか何かの廊下の様に感じてしまう。


 手前から順番に覗いて行く部屋の中には、これと言った物は何も無く、がらんとした大きな空間が広がっているだけだった。


 きっとこの大きな部屋の中には、溢れんばかりのカンガルーが密集していたのだろう。適度な広さ、過密な状態。これらがガソリンでの爆発でカンガルー達を、一網打尽に出来た理由なのだろうな。



 結局、11階層の全ての部屋を見て回ったが、特に何も見つからなかったので、このまま12階層へと向かう事にした。


 11階層の通路の突き当りにある下り階段を「探索」を使いながらゆっくりと下りて行き、切り返しの踊り場まで差し掛かると、敬太の頭の中の地図にモンスターの赤い光点の反応があった。


「来るよ!」


 敬太が一言いうと、それで察してくれた5体合体ゴーレムがノシっと敬太の前に出て行き盾役を買って出てくれる。

 その間に敬太は「鑑定」使って、どんなモンスターなのかを探って行く。



『鑑定』

キャタピラー

体中に生えている目立つ長い毛は無毒であり、毒毛は非常に短く、束になっていて、長い毛の合間に規則的に配列している

動きは遅く、遅鈍だが、恐れなくジリジリと近づいてくる様は、見る物によっては恐怖を覚えてしまうだろう



 ゆっくりと近づいてくる、頭の中の赤い光点を意識しながら、踊り場から階段の下を見つめると、全身に茶色い毛を生やし、モゾモゾと階段を這い上がろうとしている毛虫がいた。それは現実世界では見た事が無い大きさで2m近くありそうだ。

 あれも潰すと、中身が飛び散るのだろうか・・・。


 敬太は特に毛虫が苦手だという意識は無いが、刺されるとポツポツと赤くなり痒くなってしまうので好きではない。


「火玉!」


 モゾモソと階段を上って来ていたキャタピラーに「火玉」を撃ち込むと、思った通り良く燃え、あっと言う間に炎が全身に広がっていった。キャタピラーは熱さからか、大きな体をじだばたとくねらせ始めたが、しばらくすると動かなくなり、紫黒の煙を吐き出した。どうやら中身はぶち撒かない様だった。


 遠距離から攻撃し、毒毛に刺されない様に気を付ければ大したことが無い相手だと分かったので、先へ進むとしよう。



 5体合体ゴーレムを敬太とゴルの前後に配置し、12階層の通路を進んで行き、道中に出会ったキャタピラーを片っ端から「火玉」で焼き殺して行く。

 4体目のキャタピラーを倒すと、通路が3つに分かれる三差路にぶち当たったので、敬太の「探索」で先を探ると、3本の通路とも大きな部屋に行きつく様で、その部屋には沢山の赤い光点が群がっているのが見えた。


「多いな・・・。」


 その赤い光点は各部屋に30~50ぐらいずつ見え、いくら敬太の最大MPがギフトによって増えたとはいえ、無尽蔵では無いので、あれら一つ一つを全部「火玉」で焼いて回るって事は出来ない。

 ガソリンをばら撒くポリタンク作戦も考えたが、先の部屋は広く、キャタピラーの密度もそこまで高くないので、11階層の様に一網打尽とはいかないだろう。


 やはり気が進まないが、近づいて槍かなんかで倒していかないとダメな様だ。

 2mぐらいある、毛むくじゃらの大きな毛虫。ゴーさんの鎧で毒毛は通さないだろうが、あのトゲトゲとした毛の中に腕を入れるとか、正直遠慮したかった。

 

「はぁ~、やるしか無いか・・・。」


 背中にある小型ボンベに、電動ドライバーに形が似ている電動空気入れで、空気を充填したりて、気持ちを整理する。そうしてから、重い足取りで、適当に選んだ三差路の左側の通路に入って行くのだった。


 通路の奥の部屋まで辿り着き、出入り口付近でゴーレムの陣形を整えていると、敬太達に気が付いたキャタピラー達が、一気に部屋中から殺到して来るのが分かった。モゾモゾと地面を這って、体中にある毛を揺らしながら迫って来る。

 ちょっと数が多いが、やるしかないだろう。敬太はミスリルの槍を取り出し、迎え打つ準備をした。


 前衛のゴーレムに接触した最初の1匹に、隙間から槍を突き入れると、ムニュっとした手応えがあり、長くて硬いキャタピラーの毛が、槍の持ち手の所まで届き、ゴーさんの鎧が擦れてキーキーと甲高い金属音を鳴らした。枯れ枝の様に硬い毛で、それがびっしりと体中に生えているキャタピラー。どれが毒毛なのか区別がつかないが、あまり気分がいい物ではない。


 更に槍を引き抜くと、辺りに緑色の体液をまき散らすと言う嫌がらせをする様で、敬太は正面から真面に喰らってしまった。


「うぇえええ・・・。」


 1匹目のキャタピラーで、早くもぐちゃぐちゃになりながらも、敬太の戦いは続いたのだった。

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