第82話 命の重さ

「ひぐっ・・・モグモグ・・・ひぐっ・・・。」


 敬太はボロボロと涙を流しながら肉を食べているサミーを見ながら、追加の肉を焼いていた。


 モーブ達は既に改札部屋に戻り「焼き肉パーティー」はサミーが泣き出してしまったのもあり、お開きとなってしまっているのだが、サミーが泣き止むまで、もしくは食べ終わるまでは、肉を焼き続けてやろうと思っている。


 サミーは丸裸で、掛け布団を背中に掛けていたのだが、肉を食べるのに夢中なのか泣くのに夢中なのか、今は掛け布団も背中からずれ落ち、普通に丸裸で泣きながら肉に齧り付いている。

 当然、胸などは敬太に丸見えになっているのだが、ここ何日かお風呂に入っていないせいだろう、肩まで伸びている茶色い髪の毛が整髪料を付けたかの様にベタついてしまっているので、魅力は半減してしまっている。



 敬太がそんな下らない事を考えていると、いつの間にやら満足したのか、サミーは肉を食べる手を止めていた。


「もういいのか?」

「・・・いいっす・・・ご馳走さまっす。」


 なんだか、久々にサミーと真面に会話が出来た気がする。


 ここぞとばかりに、あれこれとサミーに聞きたい事が敬太の頭に浮かんできたが、泣き腫らした目を見ると、何も言えなくなってしまう。


 仕様が無い。


 敬太は黙って「焼き肉パーティー」の後片付けを始めた。




「あんたにも、守るものがあったんっすね・・・。」


 敬太がダンジョン内に出したダイニングテーブルを「亜空間庫」にしまっていると、後ろからサミーの小さな声が聞こえて来た。


「そうだな。」


 多分、一緒に肉を食べていた子供達の事を見てそう思ったのだろうと、敬太はおざなりに返事をした。


「うちらは、仕事として動いていたっす・・・。」

「そうか。」

「恥じる事のない、人の役に立つ仕事だと思っていたっす・・・。」

「そうか。」

「子供が居るなんて、聞かされていなかったっす・・・。」

「そうか・・・。」


 思ったよりもサミーが話しかけてくるので、敬太は片付けの手を止めて振り返ると、泣き止んだと思っていたサミーがまた涙を流して泣いていた。

 

「なにが正義なんすかね・・・。」


 それはサミーが自問自答している様に、消え入るような小さな声でつぶやいたものだったのだが、敬太の耳には届いていた。

 何気ない若者らしい言葉なのだろうけど、酸いも甘いも嚙み分けてきたおっさんからすると、青臭くちょっと自己陶酔しているように聞こえてしまい、黙っておけなくなってしまう。


「そんなものは、この世に無いんじゃないかな?」

「えっ?」

「『正義』なんてものは、それこそ人の数だけある曖昧なもので、サミーにはサミーの、俺には俺の『正義』があると思う。だから絶対に正しい『正義』なんて存在しないと思うよ。」

「はぁ・・・。」

「そもそも、『正義』なんてものは、狂った宗教家が自分を正当化する為に作りだした都合のいい言葉に過ぎないでしょ。そんなものは強い者の為にある、まやかしの言葉だ。」


 敬太が捲し立てると、サミーが驚いた様子で敬太を見つめているのに気が付いた。

 だが、敬太は止まれなかった。


「そんなあやふやなものを掲げて、お前らは人の家に攻めて来たんだぞ。分かってるのか?子供達を危険に晒し、人の家の物を勝手に壊して回って、やってる事は略奪だぞ!何が『正義』だ、ふざけるのもいい加減にしろ!」


 話している途中でマズイと言うのは気が付いたが、自分の言葉に興奮しヒートアップしてしまった。

 サミーがここ数日ハンガーストライキなんて事をしながら敬太を無視し、やっとご飯を食べたかと思ったら「ここの事は知らなかったけど『正義』の為に攻めた」とか言われたので腹が立ってしまい、言葉で攻める事を止められなかった。


「・・・だけどギルドからの依頼だったっす。」 

「ギルドからの依頼だったら何でもやるのか!?」

「・・・やっるっすよ。」


 敬太が攻める様に話をしていたのにつられたのか、サミーの瞳にチカラが宿り、しっかりと敬太を見て反論してきた。

 だが、その内容は敬太には信じられない物だった。

 与えられた仕事を盲目的に信じ、なんの疑問も持たないまま破壊、略奪行為を実行するらしい。


 現実世界だとちょっと考えられない話だが、異世界、またはマシュハドの街においてはギルドの依頼は絶対なのだろうか?


「人を殺して来いと言われたら殺して来るのか?」

「当たり前っす。盗賊や犯罪者、賞金首なんかは殺してでも捕らえて、犯罪がそれ以上起こらない様にするのが冒険者の務めっす。」

「逃亡奴隷も?」

「依頼があれば殺るっす。野放しにして、罪のない人々が被害に遭うよりはマシっす。」


 なるほど。エンジンがかかってきてペラペラとしゃべるサミーの話を聞いてみると、命が軽く考えられている異世界ならば、それは、間違ってない様な気がして来てしまった。他に被害が出てしまうぐらいならば、さっさと犯罪者は殺してしまう。


 魔法やスキルがあり、荒事が身近な世界。

 きっと、モーブも似たような考えを持っているんだろうなと、何となく思った。


 どっちの考えが良くて、どっちの考えが悪いのか。

 まるで「正義」と似たような話だな。


 異世界に身を置き、サミー側の考え方も理解出来てしまった敬太は、急激に熱が冷め、冷静さを取り戻した。


 今は、議論している時じゃない。


「俺は賞金首なのか?」

「そうじゃないっすけど、え~確か『ゴーレム使いが魔道具を使って何かしてるから捕まえて来い』みたいな話っす。」

「なるほどな・・・。」

 

 サミーの気が変わらないうちに、聞けそうな事をガンガン聞いていく。

 敬太はマシュハドの街で、何故かシルバーランクPTの4人組の男達に襲われ、気が付いたら全員殺してしまっていて、恐ろしくなりダンジョンに逃げて来たのだが、どうやら賞金首とはなっていなかったみたいだ。まぁ、サミー達という追っ手は来てしまったのだけど・・・。


 そう考えると悪いのは敬太で、「正義」とやらはサミーにありそうなのだが、あれは襲われた際の正当防衛だったと主張したい。

 

「依頼主は誰なんだ?」

「ギルド長から話を聞いて来たんで、そういうのはサンヨなら知ってるんすが・・・うちは、細かい事は気にしない方なので、そこまでは知らないっす。」


 ギルド長が気にする程の依頼だったのか、ギルド長自らの依頼なのか分からないが、どうも権力の匂いがする気がする。門番に取り上げられた電動バイク絡みな感じがするな。

 きっと、敬太を捕まえて、利用しようって魂胆なのだろう。

 なんだかシルバーランクPTの襲撃も、いきなり襲われたので不思議だったのだが、今回のサミー達が襲来して来た件とも繋がってそうな気がして来た。  


「な、なんでうちは残されたんすか?慰み者にするんすか?」

「えっ・・・。」


 サミーの話から、色々思う事があった敬太がぼんやりと考え事をしていると、急にサミーが話を変えて、質問をして来た。

 しかし、その質問は敬太の下心を見透かしたような質問だったので、答えに詰まってしまい、何も答える事が出来なかった。


「やっぱり・・・この腐れスケベ野郎が!」

「おいおい・・・。」

「モゲちまえっす!」

「ぐぬぬ・・・言わせておけば、おいサミー、足を開いて見せろ!」

「嫌っす!」

「むむ~・・・さっきからオッパイ丸出しなんだよ!」

「見るなっす!」


 すると何故か急に、低レベルな言い争いが始まってしまい、「尊師の聖水」がまるで効いていない様子のサミーは胸を布団で隠しながら、小屋の奥へと引っ込んで行ってしまった。


「・・・どうして、こうなった・・・。」


 サミーに「何この人?」みたいな目で見られ、暴言を吐かれたので、何か言い返してやろうと思ったのだが、何故か口を衝いて出たのは敬太の心の声だった。

 「尊師の聖水」が、どの程度の効き目があるのか。そして、その効き目次第ではワンチャンあるかもしれないという思いが抑えきれていなかった様だ。


 ポーカーフェイスで知らんぷりしていたが、やはりオッパイ丸出しの女性と会話をするってのは難しかったのかもしれない。


 サミーに服を与えてもいいのだが、小屋に置いていっても手錠をしているので服に腕が通せない。なので、敬太の前じゃないと着替えられないのだが、ここ数日布団から出て来なかったし、今も布団に隠れちゃったのでそれも出来ない。


「明日もちゃんとご飯食べるんだぞ!もう死のうなんて考えるなよ!」

「モゲる呪いをかけておくっす!」


 仕方なく、隠れてしまったサミーに声を掛けたが、碌な返事が返ってこないので、逃亡防止の為にも裸のままでいいかなと思い直し、小屋に敷鉄板で蓋をして改札部屋へと戻って行った。





 翌日。

 いつもの様に午前中はダンジョン内にリポップしたモンスターを片付け、昼ご飯を食べてから、ゴルと一緒にダンジョンの外にやって来た。


 連日続けている、ゴーさん達の不眠不休の回収作業によって、ダンジョンの入口周辺にはストーンゴーレムの残骸は見当たらず、雑木林の中に続いていたストーンゴーレムの残骸によって作られていた道も見えなくなっている。


 リヤカーを渡していたので、作業効率が上がって片付けが進んでいるだろうとは思っていたが、こうも視界からストーンゴーレムの残骸が綺麗さっぱりと無くなっていると、感心してしまう。


 敬太は「亜空間庫」から2代目ハードシェルバッグとガソリンを満タンにしたモトクロスバイクを取り出す。


「ゴル、おいで。」

「ニャー。」


 徒歩でゆっくりとゴーさん達の後を追ってもいいのだが、どれぐらい入口から離れて行って作業をしているか想像がつかないので、とっととバイクに乗ってゴーさん達の足取りを追う事にした。



 久しぶりにゴルを背中のバッグに入れバイクで走るというスタイルで、雑木林の中にエンジン音を響かせながら崖の門への方向に進んで行く。


 ダンジョンの入口から外への調査は、過去に幾度となく行っているので、雑木林の中の何処が開けていて、何処が走るのに適さないか、その辺は既に敬太の頭の中に入っている。

 車でも走れるルート、バイクなら走れるルート。木々の間隔や高低差を考えて何本かの道があるので、ゴーさん達を見落とさ無い様に周りを見ながら15分ぐらい走って行くと、車でも走れるルートに小さな山が現れた。


 バイクのスピードを落とし、その山に近づくと、それは「ゴーレムの核」を抜き終えたストーンゴーレムの残骸の山だった。


 ゴーさんは敬太が言った「集めやすい場所に集めて行く」という事をちゃんと理解し、先に進んでくれていた様だ。


 敬太は早速バイクから降り、山となっているストーンゴーレムの残骸を「亜空間庫」に回収していった。

 こうなってしまうとストーンゴーレムの残骸は単なる石の山なので、わざわざ回収する必要は無いのかもしれないが、これだけ大きな石というのも探すとなると結構大変になっているし、敬太のダンジョン計画を考えると、どっちにしろ回収しておいた方が良いって事になる。



 その後もバイクで15分おきぐらいに、ストーンゴーレムの残骸の山が現れ、その度に回収して行き、3個目の山周辺になってようやく敬太の拙い「探索」にゴーさん達の姿を捉える事が出来たのだった。

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