第81話 北風と太陽
「ただいま~。」
「おっちゃん、おかえりー。」
「おかえり~。」
帰宅ラッシュの時間と重なったせいで、スーパーから駅の改札口まで、ずっと人目があったので、買い物した荷物を「亜空間庫」にしまう事が出来ないまま改札部屋へと戻って来た。
敬太が珍しくも手荷物満載で帰って来たもんだから、子供達は興味津々な目でスーパーの袋を見つめているが、特に何かを言ってきたりはしない。
年相応の子供の様に「これなにー」とか騒がれても鬱陶しいかもしれないが、何んにもないとそれはそれで、少し寂しいような気がしてしまう。
「夜ご飯まだ食べてないでしょ?」
「うん、まだ食べてないよ。」
「まだ~。」
「よし、それじゃ早く準備しないとね。」
頭を切り替え、敬太は持っていた買い物袋を「亜空間庫」にしまうと、リクライニングチェアに付いているタブレットをタッチし、焼き肉をするのに足らない道具をネットショップで探し始めた。
バーベキューコンロ、炭、着火剤、網、トング、取り皿、割りばし、フォーク、工場用扇風機、バルーン型投光器。
こんなもんだろうか。
ポチポチとカートに入れていった物をススイカの決済で済ませ、物置に届いた物を「亜空間庫」にしまっていく。
「もうちょっと待っててね。」
「はーい。」
「は~い。」
「うむ。」
「ニャー。」
準備をしている敬太をみんなが目で追っているが分かったので、先に声を掛けておく。これから焼き肉会場のセッティングをするのに、改札部屋の外にを出る必要があったのだ。
改札部屋からダンジョンに出てすぐ、左手側の壁沿いに小屋がある。
今夜はその小屋の前で焼き肉パーティー開催するのだ。
さて、まずはバルーン型投光器を「亜空間庫」から取り出す。
ダンジョン内は、壁に付けられている蛍光灯があるので、真っ暗では無いのだが、薄暗く、美味しい食事をするには明るさが足りていなかった。そこで取り出したのがこの投光器。
投光器とは聞きなれない単語かもしれないが、要するに「ライト」だ。懐中電灯や、作業灯、それらの親戚にあたるだろう。工場や建築現場、工事現場なんかで使うライトで、コンセントに繋いで付けるタイプや、ライトに発電機が付いているタイプもある。
バルーン型と言うのは、最近は夜の道路工事なんかでよく見かけるが、上に伸びた長い棒の先に風船の様な物が付いていて、その風船の部分が光る物だ。
凄く明るいが、眩しくなくて、昼間の様な自然な明るさが得られる不思議なライトなのだ。
今回敬太が購入したのは、それらの簡易版と言えるもので、コンセントタイプの電気スタンドの傘の部分が、テント生地の風船の様な物に変わっただけの物。
しかし、明るさは13,000ルーメンと数値だけ見てもかなり強力で、その分お値段も22万円と強力だった。
ライトで22万円とか高いと思うかもしれないが、それだけの性能はあるし、これでも安い方なのが驚きだ。
話がそれてしまったが、まぁそんな訳で、ライトの性能に惹かれ、ついつい高い物を買ってしまったのだが、さて、どれぐらい明るくなるだろうか、少しワクワクしながら電源を入れてみる。
するとどうだろう、先程まで薄暗かったダンジョン内が、まるで昼間の様な明るさになっているではないか。しかも、これだけ明るくなっているのに眩しくはないのだ。これならば美味しい焼き肉が食べられるだろう。
さあ、どんどん準備を進めていこう。
次に、前に使っていたダイニングテーブルと椅子を適当な場所に置き、その脇にバーベキューコンロを置いて、炭を入れ、着火剤で火をつける。
炭に火が回るまで時間がかかるので、その間に、工場用扇風機をセットする。
これは夏の田舎のコンビニの出入り口に、虫が店内に入らない様に大きな扇風機が置いてあるのを見た事がある人も多いと思うのだが、正にそれだ。
高さが140cmぐらいあり、特徴的なオレンジ色の大きな羽根は50cmぐらいあるだろう。それを、バーベキューコンロの後ろから、煙が小屋の方へ行くように配置する。風の強さは微風ぐらいでいい感じだ。
後はダイニングテーブルに、取り皿や、トング、焼き肉のたれを置いて、買って来た肉類を並べるとダイニングテーブルの上は一杯になってしまった。
最後に、炭に火が回って来たバーベキューコンロの上に網を置く。
これで準備は完了かな。後はみんなで肉を焼くだけだ。
「おーい、準備出来たよ。」
「はーい。」
「は~い。」
改札部屋に戻り、みんなに声を掛けると、待ってましたと言わんばかりの反応が返って来る。
「今日は、外で食べるから、みんな外に出て。」
ぞろぞろとモーブ達を連れて改札部屋から出ると、いつもと違うダンジョン内の明るさに、みんな驚いている。
「おー明るい。」
「明るいね~。」
「うむ。昼間の様じゃな。」
「ささ、座って座って。今日は『焼き肉』だよ。まずは手本を見せるから、どうやって食べるのか見てて頂戴ね。」
子供達の子供らしい反応に満足しながら、席を勧めた。
それから、モーブ達には「焼き肉」の食べ方が分からないだろうと、敬太が先に「焼き肉」の食べるまでの流れを見せる事にした。
ダイニングテーブルの上に置いてある肉の皿を手に持ち、トングで1枚だけ肉をつまみ上げ、熱くなっている網の上に肉を置く。すると肉が焼ける音がダンジョン内に響き渡り、食欲を刺激してくる。
「これで、ちょっと置いて焼けてきたら、ひっくり返して裏面も焼く。」
モーブ達獣人組は大好きな肉が食べられると分かったからなのか、いつの間にやらバーベキューコンロの傍までやって来ていて、敬太がひっくり返した肉を真剣な眼差しで見ていた。
「それで、肉が焼けたら、この『たれ』に付けて食べればオッケー。ほらテンシン、口開けて、あーーーん。」
「あーーーん。モグモグ・・・美味しい!」
「ふふふ、でしょ?それじゃ各自、自由に焼いて食べよう~!」
モーブを含め、みんなの反応が思いの外良かったので、ついつい嬉しくなってしまった敬太が「焼き肉パーティー」開始の号令をかけると、モーブ達がそれぞれトングをサッと持ち、各自1枚ずつ肉を網に乗せていき、それらの焼き具合を真剣な目でジッと見て固まっている。
辺りは肉汁が滴り落ちた時に発せられるジュ~って音と、たまに弾け燃え盛るバチバチといった炭の音しか聞こえない。
なんだろう、この真剣勝負の様な雰囲気は。敬太がやりたかった「焼き肉パーティー」とはちょっと違う感じになってしまっている気がする。もっとワイワイ、ガヤガヤとみんなで和気あいあいとして焼き肉をしたかったのだが・・・。
「ほらモーブ、そんなに難しい顔してないで、どんどん焼いて沢山食べて下さいよ。」
「うむ。しかしな、これは目が離せんぞ。」
「むむー。」
「むぅ~。」
どうも敬太が見本で見せた焼き方が悪かったのかもしれない。1枚の肉をじっくり見定め焼いてしまっていたからね。
モーブ達はそれを律義にマネをしているに過ぎないのだろう。
「はい、ちょっとごめんね。それっ、それっ、それっ・・・。こうやって、じゃんじゃん焼いて行くから、そんなに肉ばっかり見つめてないで、どんどん食べてね。」
仕方が無いので、大きなバーベキューの網の上にポツンと置かれた3枚の肉の周りに、新しい肉を敷き詰める様にポイポイと置いていく。
途端に肉の焼ける音の大合唱が始まり、滴り落ちた肉の油によってモクモクと煙が溢れ出してくる。これぞ「焼き肉パーティー」だな。
「ほら、これ焼けてるよ。クルルンお皿貸して、はい食べた、食べた。」
「美味しい!」
「でしょ~。はいテンシンもど~ぞ。モーブもお皿貸して下さい。」
「うむ。」
お肉大好き獣人達には、まだ「焼き肉」と言う文化は早かったようで、結局肉焼き係となってしまった敬太が取り仕切り、じゃんじゃんと買って来た肉を焼いて行く。
「はいこれ、ハラミね。タレも色々あるから好きな物使ってね。」
「うむ。これもなかなか美味いのう。」
モーブは肉の種類の違いに気が付き始め、それぞれを確かめる様にして味わい、子供達はすっかり肉に夢中になり、食べるのに必死で静かになってしまっているが、それはそれで微笑ましく楽しい物であった。
ジャラ・・・。
敬太も肉を捌きながら食べると言う、なんだか親鳥になった気分で焼き肉を堪能していると、不意に小屋の方から鎖が擦れる様な音が微かに聞こえて来た。
小屋の中には、追っ手の生き残りで絶賛ハンガーストライキ中のサミーがいる。
敬太が与えたパンなどの食料に一切手を着けず、水さえも拒否して4日目。毎日「ちゃんと食べてくれ」と言い残しているのだが、いくら言っても食べてくれず、このままでは餓死してしまうのではないかと心配になって来ていたのだ。
小屋の出入り口は追っ手達によって壊されているので、今は敷鉄板で塞いでいるのだが、今日はその敷鉄板を少し、1cmぐらいの隙間が出来るように、わざとずらして置いていた。更に工場用扇風機でバーベキューコンロから立ち上る煙を小屋の方へ送る様に仕向けていたのだ。
食べろと言っても聞かないやつには、食べたいと思わせる様に仕向けるしかないだろう。
ジャラ・・・。
ふふふ、腹が減っている時に、焼き肉の煙は辛かろう。
「探索」
敬太がスキルを使うと、小屋の中に居るサミーの位置が、頭の中の地図に青い光点となって印される。
どうやらサミーは小屋の出入り口付近に移動しているらしく、出入り口の隙間からこちらを覗いているのかもしれない。
そろそろかな。
敬太は新しい取り皿に、良い焼き具合の肉を数枚乗せ、焼き肉のタレをひとかけした。そしてそのまま、皿を手に持ち小屋の方に歩いて行くと、小屋の中からは息を吞む様な雰囲気が伝わってきて、ジャラリと鎖が擦れる音がした。
敬太は気にせず、無造作に小屋に蓋をしていた敷鉄板を「亜空間庫」にしまうと、そこには布団を被ったまま外を覗き込んでいたであろうサミーの姿があった。
「ほら、食べるか?」
「・・・。」
敬太はしゃがみ込み、久々にサミーと目を合わせるが、サミーの目は敬太が持って来た肉の乗った皿に釘付けになっていた。
後ろのバーベキューコンロの方からは、敬太がいなくなったので代わりにモーブが肉を子供達に取り分けている声が聞こえてくる。
サミーはいつまで経っても何も言わないので、敬太の方が折れ、小屋の床に持って来た皿とフォークを置いて踵を返した。
敬太はバーベキューコンロの傍まで戻ってくると、代わってくれていたモーブに礼を言い、焼き肉奉行へと戻り「焼き肉パーティー」の続きを始めた。
「ほらーどんどん食べろ~。まだまだ肉はあるぞ~。」
「おっちゃん頂戴!」
「食べる~。」
「うむうむ。」
敬太とモーブ達が騒がしく肉を食べ、どの肉が好きかなんて事を話し、どんどんと肉を腹に収めて行っていると、小屋の方から「しくしく」と、すすり泣く声が聞こえて来た。
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