第66話 風玉

「ハァハァハァ・・・。」


 今、敬太はポーションとマジックポーションをガブ飲みしながら、大きな岩の様な物から逃げて走り続けている。

 幸い、追いかけて来るアメダラーの足はそんなに速くはないようで、敬太の全力疾走と同じくらい。おかげで一定の距離を保ちながらグルグルと学校の校庭ぐらいの部屋の中を追いかけっこしている状態になっている。


「火玉」「火玉」「火玉」


 僅かながらダメージを与える事が出来る「火玉」をMPが回復するたびに連射し、既に10発ぐらいは当てているのだが、アメダラーが追いかけてくるペースは一向に落ちない。

 敬太は必死に抵抗し続けているのだが、既に何週目か数えるのを諦めるぐらい周回してしまっている。

 体力が削られ、ゴルを抱える腕も辛くなっていたので、あまり気にいってない様子なのは知っているが、2代目ハードシェルバッグに入ってもらっている。

 息は絶え絶え、酸素を求めアゴが上がる。


 肉体疲労なんかはポーションを飲めば回復して行くのだが、体を動かすのに必要な酸素だけはどうにもならない様だ。


 今日は、軽く殲滅作業だけをするつもりで、このアメダラーにも軽い気持ちで挑んでしまっていた。なのにまさか部屋に2つある扉はどちらもロックがかかったように開かなくなり、部屋に閉じ込められた状態で強制的に戦う羽目になるとは思ってもいなかった。

 

 「亜空間庫」の中のゴーレムはダンジョン周辺の見張りが多い方がいいだろうと、全て放出してきてしまっていたし「物凄い勢いで落下する敷鉄板」も2枚だけあった在庫を使い切ってしまった。

 先日街に行った時に使い果たしたままだったのでガソリンの携行缶も中身が入ってないし、もう通用しそうな物は何も持って無い。


 5mぐらいの大きな岩。あんなのに踏みつけられたりしたら、中身が飛び出してしまうだろう。グチャっと大型車に踏まれるように・・・ミンチになった敬太が簡単に想像出来てしまう。


「ハァハァハァ!」


 全力疾走しながら懸命に喘ぎ、少ない酸素をかき集め頭を働かせる。


 どうしたらいい?


 どうすればいいんだ?


 考えている間もマジックポーションを強引に飲み込みMPの回復をさせる。

 チラッと後ろを盗み見ると、ゆっくりではあるがアメダラーが近づいて来ているのが分かる。

 敬太は全力疾走をしているつもりだが、肉体は限界を迎えつつあるようだ。


「ケーケー」


 アメダラーの鳴き声が近づいてくる。


「火玉」「火玉」「火玉」


 酸素不足と後ろからのプレッシャーで、もはや何も考える事は出来なくなっていた。条件反射的に僅かばかりのダメージを与えている「火玉」を連射していた。

 唯一ダメージを与えられると確信出来た物なのだ。どうしても縋ってしまう。


 何を燃やして火の形を保っているのか分からないが、アメダラーの体には敬太が放った「火玉」の火が燃え続けている。少なくとも10か所、ソフトボール大なのでアメダラーの体と比べる小さな点に見えるのだが、それでもダメージは入っているはずなのだ。


 しかし、アメダラーのスピードは緩まない。ドスンドスンと後ろからの足音が近くなっていくのが分かる。

 このままでは突き飛ばされ、踏みつけられてしまう・・・。


「くっ・・・しゅ、瞬歩。」


 苦し紛れで、何とか距離を開けようと、最後のチカラを振り絞り、間合いを詰める為の移動系のスキルを使った。

 タッタッと一瞬だけ全力疾走のスピードを越え、簡単に後ろに迫るアメダラーとの距離を取る事が出来た。

 だが次の瞬間、体からチカラが抜け踏ん張りが効かず、膝がガクンとなってそのまま倒れて地面に転がってしまった。


「んん~~~。」

「ンニャー。」


 転んだ弾みで2代目ハードシェルバッグに入っていたゴルが、外に飛び出していた。

 敬太はすぐさま起き上がろうとしたのだが、体が震え思うようにチカラが入らない。これはMP枯渇状態になると現れるハンガーノックに似た症状だった。

 最後の「瞬歩」がまずかったらしい。MPが1でも残っていれば、この症状にはならないのだが、きっかり使い切りMP0にしてしまった様だ。


 酸素不足やプレッシャーで冷静なMP管理が出来ていなかった。


「ハァハァハァ・・・ゴル・・・大丈夫・・・か?」


 急いで「亜空間庫」の中からマジックポーションを取り出そうと試みるが、焦ってしまって、上手く「亜空間庫」を呼び出せなかった。

 アメダラーが迫る中、もはや地面で芋虫の様に蠢く事しか出来ないのか。


「ハァハァ・・・に、逃げろ!・・・。」


 後ろから近づいてくる足音。棒立ち状態のゴル。

 なんとかゴルだけでも助かって欲しい、今の敬太に出来る精一杯の大きさで声を出す。


「フンギャアァァーーー。」


 しかしその時、聞いた事が無いゴルの鳴き声が聞こえて来た。

 それから野球のボールが耳元をかすめた時の様なシューという風切り音が聞こえた。

 急いでゴルを見ると、腰を浮かせ、毛を逆立たせ、尻尾がピーンとなっていて、何かを威嚇する時の様な恰好をしている。


 何が起こったんだ?


「ケー・・・ケー・・・。」

 

 今度は、後ろから苦しそうなアメダラーの鳴き声と、ゴォーっと言う風の音が聞こえて来た。

 見ると、渦を巻いた大きな炎がアメダラーを包み込んでいた。敬太が放っていた「火玉」とは比べ物にならない大きさだ。

 火災旋風の様に渦巻く炎は大きく伸びあがりアメダラーの体を覆うどころではなく、天井まで達し、更に天井を舐める様に這い広がっていた。暗闇の部屋は炎で照らされ、昼間の様な明るさになっている。


 その熱は敬太の顔などにも届き、急いで地面を転がり距離を取った。

 ゴルを見ると、いつの間にか地面に倒れていたので、急いで抱きかかえ一緒にゴロゴロと転がった。


 火傷しない温度の所まで転がって離れ、炎に包まれて動かなくなったアメダラーの様子を見ていると、ピシッピシッっと何か硬い物が割れるような音がしてきた。

 何の音だろうとマジックポーションを飲みながら眺めていた。


 すると、今度はパキッと一際大きな音が鳴り、アメダラーが崩れていった。

 熱くない様に顔に手を当て、アメダラーを観察すると、あの硬かったアメダラーの鱗甲板が割れているのが見えた。熱による膨張で壊れてしまったのだろう。


 地面に突っ伏した状態のアメダラーは、そのまま動き出す事無く、紫黒の煙を吹き出し始めた。


 大きな竜巻の様な炎、それに絡まる紫黒の煙。それら2つが混じり合いアメダラーの体を隠す様に包み込んだ。すると、次第に威力が弱まり急速に小さくなっていった。それはまるで、逆回転の映像を見るような不思議な収束の仕方だった。

 最後に一陣の風を吹かせ、全ては消えていった。


「ふぅ~~~た、助かった・・・。」


 敬太は地面に座り込んだまま、息を必死で整え、MP回復もし、何かあっても動けるように身構えていたが、炎と煙が消えた事で、大きく息を吐いてチカラを抜いた。



 激走と緊張で喉がカラカラになっていたので、ヘルメットを脱ぎ、ペットボトルのお茶を煽った。お茶は体に染み込み、癒しをもたらした。

 ゴルは未だに目覚めて来ない。寝てるのか、気を失ったのか分からないが、あの時何かしてくれたのは間違いない気がする。

 ゴルを膝の上に置き、体を撫でながら「鑑定」してみた。



『鑑定』

ゴル(ゴルベ)オス

レベル  7

HP  6/24

MP  0/7

スキル  なし

魔法   風玉

森田敬太の契約獣(コンビ)



 うわ。HPがっつり減ってる。それにMPも減ってる?・・・。

 えっ?魔法覚えてる!


 8階層まで殲滅し終わった時に、ゴルのレベルがちゃんと上がっているか見る為に「鑑定」したのだが、その時は魔法なんて無かったはずだ。

 だとすると、今のアメダラー戦で覚えたのだろうか?火事場のクソ力的な?突然の閃きみたいな?

 良く分からないな。後でヨシオに確認しよう。


 しかし、ゴルが覚えた「風玉」で、敬太が放っていた小さな「火玉」の炎をあそこまで大きくする事が出来るとは・・・。

 相乗効果ってやつだろうか。組み合わせた魔法の威力は凄いもんだ。

 転んでしまった時はもうダメかと思ったが、今回は完全にゴルに助けられたよ。


 敬太の膝の上で眠っているゴルを感謝を込めながら優しく撫で続けた。



 眠っているゴルを2代目ハードシェルバッグに優しく入れて、防護服に付いた土埃を払いながら立ち上がった。

 それから部屋の中を見渡し、配線を通す位置なんかを確認しながら、アメダラーが塞いでいた扉の方に向かった。


 扉はすんなりと開き、先には予想通り下り階段があった。

 今日はもう疲れたので、この先はまた後日だな。


 10階層での確認は全て済んだので、来た道を戻り、改札部屋へと戻って行った。




「おっちゃん、おかえりー。」

「はい、ただいま。昼ご飯は食べたか?」

「うん。モーブとウサギの姉ちゃんとテンシンで食べた。」


 3階層の改札部屋前まで戻ってくると、そこで弓の練習をしていたクルルンが出迎えてくれた。

 アメダラーと戦ってしまったので、昼の時間はとっくに過ぎてしまっていたのだ。パンだのハムだの水なんかは、いつでも食べられるように置いてあるとモーブに言ってあるので心配はしてなかったが、ウサギ耳の奴隷の女の子もちゃんと食べたていたようで安心した。

 なんせ、敬太から見たら酷い大怪我なのだ。あれで平気だと言う獣人が凄いと思う。本当は現実世界の抗生物質なんかを飲ませた方がいいのかもしれないが、市販されていないので、どうやって手に入れればいいか分からないのだ。


 ダンジョンでハイポーションが出るのを待つか、もう一度マシュハドの街に繰り出すか。どちらにせよ、もうしばらく我慢してもらいたい。

 もし、食い千切られている手足が化膿し、腐り始めたら、もう一度マシュハドの街に行く事になるだろうけど、あまりいい思い出が無いので、出来ればもう街には行きたくないってのが本音だ。



 敬太が改札部屋に入ると、クルルンも弓に飽きたのか一緒に入って来て、椅子に座り足をブラブラさせている。

 敬太は、ゴルを静かに寝床のダンボール箱に入れてから、装備品を「亜空間庫」の中しまい、クルルンの近くに座った。

 それから遅くなった昼ご飯をデリバリーで選んでいると、クルルンがタブレットを覗き込んで来たので何か食べるか聞いた所、甘いものが食べたいとの事だったので、ついでにデリバリーで頼んだ。


「ほれ、テンシンと一緒に食べな。」

「はーい。ありがと。」


 クルルンだけにおやつを上げるのはフェアじゃないと思い、寝室で奴隷の女の子の看病をしてくれているテンシンの分も頼んだので、持って行かせた。


「ずずずーーー。」


 ひとりで遅くなった昼ご飯の家系ラーメンを啜っていると、ロッカーの脇にある物置の取っ手の上の黒い四角が点滅しているのに気が付いた。

 あの物置は「自動取得」でドロップアイテムを拾って集めておいてくれているものだ。それで、新規でドロップアイテムがあると、今みたいに点滅して教えてくれる様になっている。

 どうやら今日の殲滅作業で何か拾っていたようだ。


 勢い良くグビグビと家系ラーメンの汁を飲み干した。

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