第48話 お金

 敬太は街の中を走っていた。門番とごたついたおかげで、辺りはすっかり暗くなってしまっている。営業時間とかは知らないけれど目指すお店が閉まってしまったら、その分ボロボロの女の子が助かる可能性が低くなってしまう。


 工場地帯となっている北側の街を、女の子を乗せたクモ型アイアンゴーレムと一緒に走り、人気が無くなっている中央の広場を駆け抜け、大通りから1本中に入る。そこから少し行くと、目指していた「药店」の看板を掲げるお店に辿り着いた。


「すいません!」


 厚みのある木のドアを開き店の中に入る。どうやら、まだお店はやっていたようだ。


「なんじゃ。もう店じまいじゃぞ。」


 奥からおばあちゃんの声がした。ここはハイポーションを置いている薬屋で、以前顔を出した時に親身に話を聞いてくれたので、何とかならないかと思って来てみたのだ。


「申し訳ない。緊急でして・・・。」

「ん?お前さんは見た事があるのう。」


 店内は相変わらず漢方薬のお店の様に色々な物が並んでいて、その奥からひょこりと主人のおばあちゃんが顔を出して来た。


「あの、以前にハイポーションを求めてお店に顔を出して、お茶をご馳走になりました。」

「ああ、道理で見た顔だと思ったわい。」


 どうやら敬太の顔を覚えていてくれたようだ。


「それで、お金は持っていないのですがハイポーションを譲って頂けませんか?勿論、後々稼いだら払いに来るので、分割と言うか後払いみたいな形になってしまうのですが・・・。」

「誰ぞ怪我でもしたか?」

「はい。モンスターに襲われてしまっていてボロボロになってしまって、ポーションでは足りない様なのです。」

「そうか・・・お前さんは冒険者ギルドに入っているのじゃな?」

「はい。先日登録したばかりですが、冒険者ギルドに所属しています。」


 首からぶら下がる認識票を手に取りおばあちゃんに見えるようにした。


「まあええじゃろう。ハイポーションは金貨32枚じゃぞ、それだけ稼ぐのは大変じゃぞ?分かっておるのじゃろうな?」

「分かっています。覚悟の上です。」


 薬屋の主人のおばあちゃんが、敬太の目を探るように見てきたので、敬太も負けじと見つめ返し、代金を払っていく覚悟がある事を示した。


「嘘はないようじゃな。」

「もちろんです。」

「よし。わかった。」

「ありがとうございます。」


 どうやらハイポーションを分割払いでも譲ってくれる様だ。少し肩のチカラが抜けてしまう。


「それで怪我した者は宿にいるのか?」

「いえ、宿は取ってません。店の外に待たせてます。」

「そうか、出来ればこのババも薬の効果を確認して、万全に備えてやりたいので見せてくれんか?」

「もちろんです。見てやって下さい。」


 敬太では、怪我の事に疎いので、専門家に見てもらえるならそれに越した事は無いと、店主のおばあちゃんを伴って店の前に待たせているボロボロの女の子の元は向かった。


「ふむ・・・まさか、怪我をしたのは奴隷かい?」

「はい、そうみたいです。」


 しかし、怪我したのが奴隷だと知ると、おばあちゃんが方眉を上げ途端に難しい顔になってしまった。


「それはお前さんの奴隷なのかい?」

「いいえ。違いますけど、何かまずいのですか?」

「いいかい。奴隷っていうのうは『物』じゃ。他人の『物』を傷つける事は、勿論いけない事じゃが、その逆で治すのもいけない事なのじゃ。」

「え?」

「人様の『物』には手出し無用との決まりがあるのじゃ・・・。」


 異世界での奴隷の立場、扱いがここまでとは思わなかった。少し敬太の想像の範囲を超えていた。


「・・・。」

「そうか、奴隷じゃったか。悪いがハイポーションの話は諦めるのじゃ。」

「そ、そんな・・・。」

「済まんな・・・決まりなのじゃよ。」


 敬太は主人のおばあちゃんに突っかかろうと思ったが、おばあちゃんの顔が悔しそうに歪んでいるのを見て、拳を握って留まった。

 きっとこのおばあちゃんも助けたい気持ちがあるのだろうが、異世界の街の決まり事とか何かがあって、手出しが出来ない様に感じたからだ。


 そなるとこれ以上おばあちゃんを詰めても、ただ迷惑をかけるだけになるだろう。


「すいません。話を聞いてくれてありがとうございました。」

「いや・・・悪かったのう。」


 なんだか、やるせない気持ちになりながら、おばあちゃんの薬屋を後にした。

 

 門番が奴隷に対して扱いが酷かったのは、それは門番と言う仕事柄しょうがないと思っていたのだが、薬屋のおばあちゃんを見ると街ぐるみ、もしくは異世界全体で奴隷は『物』扱いなのかもしれないと考えを改めた。




 お店を出て大通りに戻り、そこから南門へと向かうと、酒場から騒いでいる声が聞こえて来た。みな仕事を終え一日の憂さを晴らしているのだろう。

 普段と変わらないありふれた日常の1コマなのだが、ボロボロの奴隷の治療を拒否され、ハイポーションを分割で買うのも拒否されてしまった緊急事態にいる敬太にとっては、八つ当たりしたくなるような騒音でしかなかった。


「くそっ!」


 思い通りにいかない苛立ちが、心をささくれ立たせ、悪態を口にしてしまう。

 


 息を切らす事無く走り続け、南門の側にある「冒険家 公会」と看板に掲げている冒険者ギルドに辿り着いた。

 クモ型アイアンゴーレムは外に留め、敬太は勢いそのままに部屋の中に入ったのだが、既に夜も更けた時間だったので冒険者風の姿は見当たらず、職員が数人閉店作業のような雰囲気を醸し出しながら書類作業をしているだけだった。


「すいません!」


 敬太が声をかけると顔を上け、面倒だと表情に出てしまっている職員に話を続けた。

 

「ハイポーションってありますか?」

「ええ、ありますよ。」

「譲ってもらえませんか?」

「金貨33枚になります。」


 あれ?薬屋より金貨1枚高い。しかも何故か愛想が悪い。閉店間際に飛び込んできてしまったのは申し訳ないが、こちらも必死なので勘弁して欲しい所だ。


「今、それだけのお金は持ってないのですが、分割とかで何とかならないでしょうか?」

「アイアンランクの方だと難しいですね。」


 職員はちらりと敬太の胸元に目をやり、認識票を確認した後にそう答えた。


「そこを何とかならないでしょうか?」

「規則ですので無理です。」


 目の前に居る職員は、敬太がギルド登録する時に作業をしてくれた女の職員で、無一文の敬太を迎え入れてくれた事があったのに、今は膠も無く断られた。

 ギルドの規則とかがあるのかもしれないが、あまりにも対応の態度があからさまでガッカリしてしまう。


 これで早急にハイポーションを手に入れる手段が途切れてしまった。結局お金を貯めてから買うしかない様だ。それまであのボロボロの女の子の体力は持つのだろうか。


 「忙しいんだけど、まだ何か?」って言葉が顔に書いてある職員に、謝罪の言葉をかけ閉店間近の冒険者ギルドから出た。本当は受けていた依頼の確認をしたかったのだが閉店間際のギルドの雰囲気がそれを許さなかったのだ。


「ゴーさん。いい場所見つかった?」


 ギルドを出てすぐにバングルに擬態しているゴーさんに話しかける。街に入る際に頼んでおいた事があったのだ。

 返事の代わりにゴーさんはカチッっと体を鳴らしスキル「通信」を使ってイメージを伝えてきた。どうやら頼み事をやっておいてくれたようだ。


 足を南門に向け走り出す。ギルドからは近いのですぐに辿り着き、そのまま門の外に出る。門は入る時にはとやかく言われる事があるが、出る時には何もないので、ゴーレムを連れていようと、ボロボロの奴隷を連れていようと、面倒事は起きなかった。


 門番の視線を背中に感じながら、しばらく走り続け暗闇に身を紛れこませる。


 5分ぐらい走り、門から距離も取れ、一応脳内マップで辺りを見てみて誰も居ない事を確認する。北門で電動バイクを取り上げられてしまったので、念の為だ。


 「亜空間庫」を開き中からモトクロスバイクを取り出した。静かな平原では目立ってしまうのだがしょうがあるまい。セルを回しエンジンをかけ、暗闇の中を疾走する。


 ゴーさん達には、人目に付かない安全そうな場所を探しておいて貰ったのだ。本当ならば敬太がひとりで寝る為の野営地探しだったのだが、ハイポーションを手に入れる事が出来なかった今となっては、奴隷の女の子を匿って置ける治療場所となるだろう。

 ダンジョンに連れ帰りモーブ達にも協力してもらって、匿い治療するのが一番安全なのだろうが、女の子の容体が長距離移動に耐えられそうにも無かったので、とりあえずの場所で何とかするしかないだろう。


 敬太がモトクロスバイクのエンジン音を響かせ向かっている先は「偵察部隊」が見つけた場所で、街から北東に行ったソフト川上流にある岩場だった。




 現地に着くと、石ころに擬態したストーンゴーレムの「偵察部隊」が数体動いているのが見える。こいつらが探してくれた場所なのだろう。

 スキル「探索」を使って辺りを伺うが、特に何も気になる物は無く、岩場の岩が視線を遮り隠れ場所にはもってこいの様に思えた。


 早速、「亜空間庫」からコンテナハウスを取り出して、目立たない岩陰に置く。冷暖房完備のコンテナハウスの中なら体力が落ちている女の子にも優しい環境になるだろう。

 クモ型アイアンゴーレムに運び込んでもらい、コンテナハウスの中のベットにボロボロの女の子を寝かせる。衣服は血まみれで腕や足、顔の肉が見えてしまっていて痛々しい。ポーションで出来る限りの手当てはしたが、呼吸は弱弱しくいつ死んでしまってもおかしくないように見える。

 手枷足枷がジャラジャラと音を立てるので、敬太は忌々しく顔をしかめるが、今ここで外してあげる事も出来ない。鉄ノコギリなんかがあれば外せるのだろうが、生憎と持っていないので諦めるしかない。


 道具を取りにダンジョンに戻るには、モトクロスバイクで片道10時間ぐらいかかり、往復だと20時間にもなる。敬太1人でダンジョンに戻り枷を外す道具を持って来た所で、肝心の少女が死んでしまったら元も子もない。

 何をするにしても、結局はお金を稼ぎハイポーションを手に入れるのが最優先になるのだ。


 魔法やスキルが存在し、夢とロマンが溢れる異世界においても、お金が無いと何も出来ないとはねぇ。やるせない気持ちになってしまう。



 コンテナハウスの周りに「実働部隊」と「偵察部隊」で警戒してもらい、敬太とゴルは夜ご飯を適当に済ませた。


 夜は、翌日に備え眠ろうと思ったのだが、女の子が苦し気な声を上げるので、その度にポーションを口移しで流し込み様子を見ていて、気が付くと空が白ばみ朝を迎えていた。

 何とか命を繋ぎ止め夜を明かせた事にホッと息を吐いたが、今のまま回復に向かってくれるのか、まだまだ死地は脱出出来ていないのか、医者ではないのでまったく分からなかった。


 「実働部隊」の1体に、何かあったらポーションを口に突っ込めと指示を出し、女の子の枕元にポーションと水、それからゼリー飲料をコップに出し置いておく。こっちはこれで何とかしてもらうしかない。

 

 食欲は沸かないが何とか朝食を詰め込み、ポーションを1本自らも煽っておく。おっさんの徹夜はなかなか堪えるものなのだ。


 コンテナハウスを守る最低限な戦力として「実働部隊」のうち10体を残し、それ以外のゴーレム達には「亜空間庫」に戻ってもらった。今日は彼らにも頑張ってもらう予定なのだ。


「頑張れよ。」


 ベットに横たわるボロボロの女の子の額に手を置き声をかける。無論返事など返って来る事は無いが、体温のぬくもりと弱弱しい呼吸音が、まだ生きている事を伝えてくれた。


「行くよゴル。」

「ニャー。」


 いつも元気なゴルに勇気づけられ、お金を稼ぎに街へと出発した。全てはハイポーションを手に入れられるかどうかに掛かっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る