第47話 奴隷
フォレストウルフとの戦いは、あっと言う間に片が付いた。鉄で出来ているアイアンゴーレムには文字通り、歯が立たなかったようだ。
フォレストウルフ達がいくら噛み付こうとしても噛み付けず、アイアンゴーレムの体に傷を付けるが精一杯だったのだが、それに対しアイアンゴーレムのランスによる突き刺し攻撃は、フォレストウルフ達の体に大きな穴を空けていた。
戦力に大きく差があったと思うのだが、その辺はモンスター思考なのだろう。フォレストウルフ達は逃げ出す事無く、最後の1匹になっても果敢にアイアンゴーレムに攻撃してきて、返り討ちにされていた。
「探索」を使い、頭の中の地図で周りに反応が無いのを確認し、それからフォレストウルフ達に喰われていた人に視線を落とす。体の大きさを見ると、まだ小さく子供のようで髪の毛が長い事から女の子だったと思われる。頭の上にはウサギの様な長い耳が付いていて、手首と足首と首に枷が付けられ、それらが鎖で繋がり体の自由が奪われている。これはダンジョンに住んでいるモーブ達にも付けられていた物なので、すぐに獣人の奴隷なのだなと分かった。
喰われていた女の子は酷い有様で、ピクリとも動かず死んでいる様だった。「もう少し早く気が付いていれば」とか「しょうがなかった」とか、頭の中でグルグルと考えが渦巻いてしまう。
異世界に来てから「死」には慣れてきたつもりでいたが、このように痛ましい事故を目の当たりにしてしまうと、どうにもやるせない気分になってしまう。
とりあえず、こんな街道の上に投げ出しておくのは可哀想なので、何処かに埋めてやろう。助けが間に合わなかった罪滅ぼしもあるが、それぐらいやってあげても罰は当たるまい。
周りに散らばっているフォレストウルフの死体も、いつまで経っても煙に巻かれることは無かったので、とっとと「亜空間庫」にしまい、それと一緒にボロボロに齧られた女の子もしまってしまおうと思ったのだが、何故か女の子が「亜空間庫」に入らなかった。
「え?」
敬太は「亜空間庫」に弾かれた女の子を見て固まってしまった。何故弾かれたのか?理由を考え、ある理由にすぐに辿り着いたからだ。
それは「亜空間庫」は生きた者は入れられない縛りになっているという事だ。
そう、どうやらこのボロボロの女の子は、まだ息がある様なのだ。
慌てて生きているか確認する為に、敬太はしゃがみ込み様子を見た。女の顔は頬肉を齧られたのか、横顔なのに奥歯の方まで見えてしまっている。頬の周辺の皮も毟られ、血まみれになっていて唇が何処にあるのか見当たらない。
とりあえず口元に手をかざし呼吸があるか確認しようとしたが分からず、耳を近づけ音を探ったが、それでも分からなかった。
それなら心臓はどうだろうか。血まみれの女の体に恐る恐る手を当てると、温かさは伝わってきたが鼓動は感じ取れなかった。直接胸に手を当てようと体を見ると、腕は勿論だが肩の方まで皮が剥がれ、肉が顔を出しいて、二の腕辺りは骨が見えてしまっている。だが手首に枷が付いていたのが幸いしたのか、体の前で繋がれた腕が防御の姿勢となっていて腹や胸には齧られた後は無い。着ている服は血まみれになっているが、胴体部分は無事なようだ。
辛うじて繋がっている腕を横にずらし、胸に手を当ててみるが医者では無いので判断は出来ず、仕方がないので血まみれの胸に耳を付けてみた。
「トクン・・・トクン・・・。」
生きている。心臓が頑張って鼓動している。
敬太は生きている事に驚き、テンパってしまいそうになる。まさかこんな酷い状態で息があるなんて・・・どうしたらいい?どうやったら助けられる?
とりあえず思いついたのがポーションだったので、口らしき所に流し込んでみたが、食い千切られてしまっている頬の穴からダラダラと垂れていってしまう。
仕方が無い。ポーションの大きさはリップクリームぐらいの小瓶なので2本まとめて敬太の口に含み、死にかけている女の子に口移しで飲ませようと試みた。ベロンと剥がれ欠けている顔の皮、何処が唇なのか分からないが、歯の位置ならば剥き出しになっているので簡単に分かる。
指で歯を押し口をこじ開け、そこに口を付け舌を押し込みポーションを奥へと流し込んでいく。もちろん頬の穴は手で塞いでいる。
敬太の口の中を空にしてから様子を見ると、喉が動いたように見えたので飲み込んでくれたかもしれない。
こんな口移しで飲ませる事なんてやった事なかったので、ちゃんと飲み込んでくれたか自信が持てず、追加に追加を重ねて計6本分のポーションを口移しで流し込んでやった。すると、鼓動に合わせてあふれ溢れ出ていた血が止まり、軽い噛み後は塞がり治って行った。
肉が無くなっている所は、乾燥したように固まり血は出てきてない。
どうなんだろう、これでいいのかな?これで死なないのかな?この後どうしたらいいんだろう?
日本に居る時ならば、救急車を呼んで後はお任せになるんだけど、ここは異世界だ。弱肉強食がまかり通り、命が軽い世界なのだ。自分でどうにかするしか解決する方法は無い。
「クソ!」
思わず悪態をついてしまう程、どうしようもない状態だった。目の前の消えそうな命の灯を救う手立てが思いつかない・・・。
かと言って見捨てる事は出来ない。辺りには誰もおらず、今何か出来るのは敬太だけ。出来る範囲で手を伸ばすしかないのだ。
グッと歯を食い歳張り、覚悟を決めた。
素早く「亜空間庫」から建設で使う合板を取り出し、上に毛布を敷いた。そしてそこに未だに動かない奴隷の女の子をそっと抱え上げ乗せる。
「軽い・・・。」
元々、奴隷なのでやせ細っているのか、肉が削がれ軽くなってしまったのか。想像していた以上の軽さに驚き、口に出てしまう。
「ゴーさん。女の子を揺らさないように運んで。」
運搬は敬太一人の手には余るので、ゴーレム達に手伝ってもらう。
資材運搬をしやすいように考え作ったクモ型アイアンゴーレムを取り出す。走行中の安定を考え重心を低くし、揺れを減らすために足を増やし6本脚に、スピードを上げる為に足を細くし、完成して見たらクモの形に似ていた物だ。
このクモ型アイアンゴーレムは、かなりのスピードが出るので「亜空間庫」を開き電動バイクを取り出す。普通のバイクだと異世界では音が目立ってしまうので、ストリートタイプの500W(250cc相当)で最高時速105kmの電動バイクを買っておいたのだ。これならばかなり静かなので目立つまい。
「ゴル行くよ。」
「ニャー。」
呼びかけると心得たとばかりにゴルがハードシェルバックに飛び込んで来たので、すぐに出発する。
敬太ひとりの治療では限界だ、街に行ってなんとかしなければならない。
「頼んだよ。」
クモ型アイアンゴーレムに声をかけると、背に女の子を載せたまま滑るように走りだしたので、敬太も電動バイクのアクセルを握った。すると電動バイクは音も無く走り出した。
ちょっと街道を走ると、あっと言う間にマシュハドの街の外壁が見えてきた。当然なのだが、やはりバイクだとかなり移動が速い。
「と、止まれー!」
時間が惜しいので、街の北門まで電動バイクで乗り付けて行ったのだが、門番に槍を突き出され止められてしまった。
「な、なんなんだ!その奇妙な馬は!」
「これは魔道具です。」
面倒臭いが門番と敵対する気はないので、バイクを止め、被っていたモトクロスのヘルメットを脱ぎながら答えた。それから怯えているようなので電動バイクの電源を切りヘッドライトを消しておいた。
「魔道具か・・・。」
「通ってもいいですか?」
「ま、待て俺では判断が出来ない。少し待っていろ。」
門番は他の門番とアイコンタクトを取ると、1人の門番が駆け足で離れて行った。責任者でも呼びに行ったのだろう。こちらは怪我人がいるのだ、あまり時間を取られたくは無いのだが・・・。
唯一知っている異世界人のモーブなら「うむ。魔道具か」ってだけで話が終わるので、そんな物かと思っていたのだが、ここの門番には通じなかったようだ。
残っている2人の門番に槍を構えられながら待つ事5分。運搬ゴーレムの背に乗るボロボロの女の子の、か弱い呼吸にハラハラしていると、ようやく責任者と思しき男が新たに3人の門番を引き連れてゆっくりとやって来た。
「吾輩が北門、門番頭トワレである。」
「ケイタです。あっ、冒険者ギルドに所属しています。」
体が大きな門番頭と言う人が、意外にも名乗りを上げてきたので、待たされイライラとしていたが、敬太も一応名乗っておいた。
「して、それが魔道具とな?」
「そうです。魔道具です。」
「そっちのゴーレムも獣人も一緒であるか?」
「もちろんです。この子を助けたいので、この街までやって来ました。」
「そうであるか。しかし、そんな危険そうな魔道具を街に入れさせる訳にはいかないのである。」
どうも様子がおかしい。合板の上に寝かされ、クモ型アイアンゴーレムに乗っている虫の息の女の子がいるのて、緊急なのが見て分かると思うのだが、門番が気にしているのは敬太が乗っている電動バイクの様だ。やはり急ぎとは言え電動バイクを人目に晒してしまったのは失敗だったか。
「こんなに酷い怪我をしているのに入れないのですか?」
「はははは。獣人なぞ放っておけばいいのである。」
「!?」
「どうしてもと言うなら、その魔道具を置いていけば通ってもいいのである。」
「・・・。」
意味が分からない。ボロボロの女の子を放っておけ?
込み上げてくる怒りを懸命に抑え、なんとか会話を続ける。
「それは奴隷であろう。奴隷なぞ死んだら新たに買えばいいではないか。」
門番頭のトワレはゴミでも見るような目でボロボロの女の子を見ている。こんな所で押し問答している場合では無いのに・・・。
「ああそうか。それは『お気に入り』であったか。そんなに必死な様子を見るとあっちの具合が良かったのだな。はははは。」
門番頭が浅ましい顔で笑うと、周りにいる門番たちも一同に笑い出した。
なんだろう。敬太が思っている事が伝わらない。ただボロボロな奴隷の女の子を助けたいだけなのに、下衆な勘繰りをして勝手に知った顔をしている。もう怒りを通り越して馬鹿らしくなってしまった。
奴隷という存在は知っていたが、奴隷をどのように扱っているのかまでは知らなかった。だが、まさかここまで「物」扱いしているとは思わなかった。
異世界の住人全てなのかは知らないが、少なくとも今、目の前に居る「門番頭トワレ」には、奴隷の扱いについて言い争っても無駄なのが、ここまでの短いやり取りで分かった。これ以上時間を取られても仕方が無いので、奴らの思い通りに従ってしまおうと思う。
「分かりました。それでは、この魔道具を門番に預ければ中に入ってもいいのですよね?」
「違うのである。その魔道具をよこすならば、であるぞ。」
しょうがない。物欲しそうに見ている門番共に、鍵は抜いたままの電動バイクを渡してやる。47万円で買った物だが、所詮「円」で手に入る物だ。そんなに惜しくない。
それから後ろに控えるクモ型アイアンゴーレムに軽く指示を出してから、門を抜け街の中に入って行った。
後ろからは門番共の騒ぐ声が聞こえて来た。
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