第27話 ゴーレム
「チキチキチキ・・・」
ロウカストが正面に1匹、近い所に1匹。スキルはMP枯渇で使えない。
なかなかのピンチだ。
スキルが使えないので、振り回すことが出来る「赤樫 小次郎」を構えるが、倒す事より、逃げる事を優先して立ち回るようにする。
隙を見てロウカストの脇を抜けるようにダッシュで突っ込んでいった。
動きが遅い相手なのでこのまま逃げ切れると思ったが、すれ違いざま、視界の片隅にピョンと跳ねるロウカストの姿が見え、その直後、後ろから吹き飛ばされる衝撃に襲われた。
「うわっ!」
「ミャーミャー。」
後ろからの衝撃に抵抗も出来ず、地面に突っ込む形となり、エビ反りの体勢で地面を滑っていく。
どうやらロウカストに蹴とばされてしまったようだ。
背負っているハードシェルバッグが盾になったようで痛みは無いが、中にいるゴルが心配になった。
急いで立ち上がって周りを見ると、壁の方に蹴とばしてきた1匹と、敬太の目の前にもう1匹のロウカストが見えた。
完全に2匹に囲まれてしまっている。
「ゴル大丈夫か!」
「ミャー・・・。」
ゴルに声をかけると返事をしてくれた。どうやら深刻なダメージは無さそうだ。
この状況はよろしくない。なんとかしなければ・・・。
ロウカストの翅か脚を潰せば追っては来れないのだろうけど、果たしてやれるのだろうか?
一撃で敬太を吹き飛ばす程のチカラがあり、大きな体で行く手を阻む。攻撃をするのにも、木刀の一撃では倒せないので反撃を警戒しなければならない。
やれるのか?・・・いや、やるしかないだろ。
木刀を握り直してチカラを込める。
足を踏み出し、目の前に居るロウカストに飛び掛かった。
がら空きの脚に思い切り木刀を叩きつける。
バスンといい感じに手応えはあったのだが、気にする様子もなくチョンチョンと体勢を変えたロウカストの反撃の蹴りを、みぞおちにもろに貰ってしまった。
「むんふっ!」
強烈な衝撃に息が詰まり動けない、痛みを我慢するのに無意識に腹にチカラをいれて動きが止まってしまった。
そんな隙を狙っていたのか、壁際にいたロウカストがババババッと羽音をさせながら飛んで突っ込んできた。
敬太は目の端でその姿を捉えては居たのだが、体が動かせず、これもまともに喰らってしまった。
「うぐっ!」
「ミャ!」
なんとか肩を入れてカードするように受けたつもりだったが、ロウカストは手漕ぎボートぐらいの大きさがあるので簡単に吹っ飛ばされてしまう。
ゴロゴロと地面を転がり、またしてもダメージを負ってしまった。
背中のゴルは大丈夫だったろうか?
「ゴル!大丈夫?」
「ミャ・・・。」
なんとかゴルから返事はあったが、声がちょっと弱っている。まずいな・・・。
足にチカラを入れグッと立ち上がり、ロウカストの様子を伺うと、2匹ともピョンピョンと小さく跳ねて何かを狙っている感じがした。
「チキチキチキ・・・」
急に、鳴き声と共に1匹が真っ直ぐ飛んできた。
敬太は慌てて横っ飛びしロウカストの巨体を躱したのだが、その躱して飛んだ位置にもう1匹のロウカストも飛んで来ていて体当たりを喰らってしまった。
「んぐっ!」
「ミッ!」
敬太は正面で受けるしかなく、咄嗟に腕を挟んで衝撃を逃がしたが、それでも激しい体当たりで空中に飛ばされてしまった。
地面に叩きつけられると一瞬意識が飛びかける。
衝撃を逃がす為に、体との間に挟んだ腕は痺れチカラが入らない。骨が折れてしまったかもしれない。
2匹のコンビネーション攻撃は避けられない。どうすればいいんだこの状況。
「ゴル!」
「・・・。」
焦りながらもゴルに声をかけたが、返事がない。気を失ってしまったか、それとも・・・。
敬太はヘルメットを被ってはいるが衝撃を完全に逃がしてはくれないのだろう、パンチを貰った時の様に世界が揺れてしまっている。足元がふらつき立ち上がるのに苦労する。
ロウカスト達は、またピョンピョンと飛び跳ねだし、機会を狙っていた。
「チキチキチキ・・・」
またも、飛んで突っ込んで来た。
敬太はよろける足でなんとか体当たりを躱すが、それを読んでいたかの様に、避けた先でもう1匹に突っ込まれて、また体当たりを喰らってしまった。
衝撃に弾き飛ばされ壁に激突する。目の前が白黒して鼻がツーンとする。頭がボーっとして考えがまとまらない。
ボヤける視界の中で緑色のものが上下に動いているのが分かるが体を動かせられない。
ポーション飲んで回復させないとなぁ、とボンヤリ考えていると、緑色のが飛んでこっちに突っ込んでくるのが見えた。避けないとまずいだろうなぁ。
敬太は頭がグルグル回り、受けてしまったダメージが大きく立ち上がれずにいたが、それを見逃すような連中では無いようだ。
狙いを付けて止めを刺しに飛んできていた。
その時、急に敬太の視界が大きな黒い物で埋め尽くされて、ロウカストが突っ込んできた衝撃は、いつまで待っても襲って来なかった。
敬太はその後もしばらくボーっとしていたが、次第に頭が働いて来るとやっと現状を把握する事が出来た。
ゴーレムが敬太の前に立ちはだかり、ロウカストの攻撃を受け止めていたのだ。
目の前に居る、丸かったゴーレムの頭と体は、欠けたり、ひび割れたりしていて形が崩れてしまっているが、小さな丸い手を必死に広げロウカストの攻撃を一身に受けていた。
「ゴーレム・・・お前・・・。」
敬太が声をかけると、ゴーレムはゆっくりと頭の部分を回転させて振り返ってきた。
頭の部分に目や口は付いていないのだが、鼻の部分は敬太が作った「ゴーレムの核」が埋め込まれており、それだけで顔の様に認識出来てしまうのは不思議なもんだ。
敬太の前に立ち塞がり続けるゴーレムは、いつも通りのシュタッとした俊敏な動きでは無かったが、敬礼ポーズを取ると再び前を向いた。その時、顔に付いている「ゴーレムの核」にもひびが入っているのが見えた。ロウカストの体当たりを受け止めているので、かなりのダメージを受けてしまっているのだろう。
ゴーレムの足元には敬太が与えたハンドスコップが落ちていた。
階段の段差を埋めて、短い足でここまで下りて来てくれたのだろう。
ゴーレムが捨て身で作ってくれた、この時間を無駄にしてはいけない。ウエストポーチを開きポーションを取り出すと、素早く煽った。
すぐに体中が熱くなり、新しいチカラが込み上げてきた。痺れていた腕も気にならなくなり、空いた小瓶を地面に投げ捨てて、素早く立ち上がる。
「赤樫 小次郎」は、体当たりを喰らった時に手放してしまったようで、向こうの方に落ちている。
仕方が無いので背中の「櫂型木刀」を抜き出した。かなり重いが文句を言っている場合では無い。
目の前で立ちはだかるゴーレムを、邪魔臭そうに蹴とばしているロウカストの脚に向かって重い木刀を振り下ろしてやった。
すると、パキッっと音を立てて、ロウカストの脚は違う方向に曲がった。
急に支えを失ったロウカストは倒れ込み、元気な方の脚を振り回しながら暴れている。
敬太はすぐに、ぐるっと回り込み脚が届かない所に陣取ると、重い木刀を何度も叩きつけた。
ちょっと頭に血が上り、袋叩きにするのに夢中になりすぎてしまい、もう1匹のロウカストへの注意がおろそかになってしまっていた。
その為、敬太に狙いを付けて飛んで来ているのに気が付くのが遅れ、またもや体当たりを喰らいそうになったが、ここでも体を張ったゴーレムに助けられてしまった。
ゴーレムは体を崩しながらも移動していて、ロウカストの体当たりを、丸かった手を懸命に広げ自らを犠牲にして食い止めていた。
「ごめん!」
急いで体当たりをしてきたロウカストにも、木刀を叩きつける。
ゴーレムが防御に徹し、敬太が重い木刀で叩きまくる。
ロウカスト達に負けないぐらいの、コンビネーション攻撃を繰り広げていると1匹を煙に変え、もう1匹も脚が折れ時間の問題となっていた。
残る1匹に何度も何度も木刀を叩きつけていると、ようやく煙を吹き出し姿を消していった。
敬太は息を荒げながらも「やったなゴーレム」と、ゴーレムに声をかけ振り返ったが、そこにゴーレムの姿は無く、土の山と2つに割れた「ゴーレムの核」が転がっており、傍にはハンドスコップが落ちていた。
「ありがとな・・・。」
割れた「ゴーレムの核」とハンドスコップを拾いあげ「赤樫 小次郎」も拾う。
それから急いで階段がある方へ走り出した。
ロウカストに襲われることなく階段まで辿り着くと、そこはすっかりと様変わりしていて、階段の横幅の半分が土が盛られていて綺麗な坂道に変わっていた。
敬太が言った通りに作られている。ゴーレムは言われた通りの仕事をしてくれていたようだった。
坂道を見るとゴーレムの足跡がたくさん残っていた。
急いで改札部屋まで戻ってきた。
すぐにハードシェルバッグを降ろし中を確認すると、ゴルは目を閉じたまま動かなくなっていた。
そっとゴルを両手ですくい上げテーブルの上にタオルを置いてその上に置く。そうしてから、良く様子を見てみると、お腹が上下に動いていているので息はあるようだった。
ほっと胸を撫で下ろし、ゴルが使っていた哺乳瓶を引っ張り出してくる。それで、中にポーションを入れて飲ませようとしたのだが、動かないゴルは飲んではくれなかった。
少し考え、ネットショップを開きスポイトを買って、今度はスポイトで流し込んでみると、ポーションは喉の奥に流れていった。
これで目を覚ましてくれればいいのだけど・・・。
次に、ハードシェルバッグを拾い上げ点検する。ゴルがどれぐらいダメージを受けてしまったかを確認しておきたいからだ。
しかし、ハードシェルバッグは見た感じ形は崩れていないし、破損もしていなかった。とりあえずゴルがバッグごと潰されたって事はなさそうだった。
もうリュックに入れて激しい戦闘するのは禁止だな。
敬太と共に、あれだけ振り回されたらたまったもんじゃなかっただろう。
敬太は肝に銘じておいた。
装備を外し落ち着いた格好に着替え、リクライニングチェアに腰かけお茶を飲む。
ゴーレムにも悪いことしてしまったし、これからの戦い方は考えなくちゃいけないな。
ぼんやりと腕を組み反省と考え事をしていたが、物置の取っ手の黒い四角の上が点滅しているのが目に入った。
最近は朝の4時に電源が入り、罠が作動した時にしか光ってなかったのですっかり忘れていた。戦いでドロップ品を得ると「自動取得」で回収され、それが物置に収納されているのだった。
「ピッ」
物置を開いてみるとポーション1つとマジックポーションが4つあった。
これも忘れていた、ロウカストはマジックポーションを落とすんだった。これがあれば戦闘で追いつめられることも無かっただろうに・・・。
レベルアップボーナスの「自動取得」で現地では落ちない弊害を、今日は思いっきり味わってしまった事になる。
切り替えとか、選択出来れば便利なのに、そう上手くはいかないもんだ。
ポーションとマジックポーションを物置からロッカーに移す。
探索に持っていくもの以外はロッカーに入れて保管してある。
ブレイドラビットの罠を作ってからは毎日1~4個ぐらいづつ増えていってるポーション。最近はありがたみも薄れ、ロッカーには20個ぐらいストックがあった。
一方、マジックポーションは今手に入れた4個しかない貴重品だ。
安全の為にもなんとか、たくさん手に入れたい所だけど、落とす奴がロウカストだから、なかなか集めるのは厳しいかもしれない。
少し迷ったが1個マジックポーションを手にしたままロッカーを閉め、それから腰に手を当てマジックポーションを飲み干した。
「土玉!」
MPを回復させ、土魔法を使うと手の平からピンポン玉ぐらいの白い玉「ゴーレムの核」が出てきて、例のハンガーノックのようなMP枯渇の症状が襲ってきた。
よろよろとリクライニングチェアに腰掛ける。
なんとなく新しいゴーレムを作ってやっておきたかった。
身代わりに倒されてしまったゴーレムへの贖罪の気持ちなのかもしれない。
貴重なマジックポーションよりも、このハンガーノックのような辛い症状よりも、今日のうちに1個作ってあげたかった。
生まれ変わっても、また来てね。ゴーレム。
2つに割れてしまった「ゴーレムの核」と新しく作り出した「ゴーレムの核」を、それぞれの手に持ち祈らずにはいられなかった。
命を助けられたのだ。感謝の気持ちが溢れ出していた。
しばらくしてハンガーノックのような症状が治まると、それと同時にゴルが起きてきた。
「ミャ。」
「起きたかゴル。悪かったな。」
「ミャー。」
テーブルの上から敬太の膝の上に移動させて、ゴルの頭を撫でながら謝った。
ゴルは覚えていないのか、気にしていないのか、いつもと変わらぬ様子だったのが、ありがたかった。
「ミャーミャー。」
そして、いつもと変わらずご飯を催促してくる。
そんな様子を見ていると元気で良かったと安心し出来た。
贖罪の気持ちもあり、いつもよりちょっと豪華な缶詰をネットショップで買って器に開けてやる。
「召し上がれ。」
すると、何か「ミャーミャー」言いながら一心不乱に食いついていた。
ゴルのご機嫌な様子に敬太も癒され、ほっと息を吐いた。
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