第15話 蜂の巣

 次の部屋も体育館ぐらいの大きさの部屋で、前の部屋と作りに変わりは無いようだ。ニードルビーが飛び回りピルバグが転がっている。


 正面の壁には穴が見え、左右の壁には何もない。分かれ道は無い様で一直線に連なる様な位置関係になるのだろうか。


 ならばこの部屋も作戦は変わらないな。ニードルビーを木刀で叩き落してから、ピルバグをつるはしで突き刺していく。




 最後のピルバグにつるはしを振る頃には、握力は無くなり大汗を掻いていた。


「ふぅ~。」


 動くものが居なくなった体育館ぐらいの大きさの部屋を見渡し、休憩を入れる。


 お茶を飲もうと思ったが、すでに腕はパンパンになり握力が限界に来ているので、ここはポーションの出番となった。スポンと蓋を外し、小瓶の中身を飲み干す。


「くぅうううううううう。」


 熱いねぇ。


 しばらくの間、ポーションの効果が体中を廻っているのを感じていた。


 落ち着いた感じになったので、お茶も飲み水分補給を済ませる。それから手を握ったり閉じたりして見ると、先程まであった疲れは消し飛んでおり、グッと腕にチカラが入るようになっていた。


 ポーションヤバい!


 バリバリの筋肉痛になる感じだったパンパンの前腕が、何事も無かったように動かせるしチカラも入るようになっていた。心なしか体も軽い感じがする。


 これ24時間戦えちゃう。


 ブラック企業のお偉いさん達に渡してはならない物だな。このポーションの凄さを体験してしまうと、手放せない物になってしまいそうだ。


 怪我は治るし、疲れも吹き飛ぶ。凄いな~マジで!




 ひとしきり驚きと感動をしたので、休憩を止め先に進む。


 先の道順は一直線だから間違いようがない。正面の壁に開いていた洞窟のような穴を抜けると、またもや体育館ぐらいの大きさの部屋に出た。正面には上りの階段が見え、左右の壁には出入口になるような穴はなかった。


 ここまでの全体図を思い浮かべると、真っ直ぐに体育館ぐらいの大きさの部屋が3個連なっている形になる。階段から階段まで一本道、この階層は単純だな。


 辿り着いた新しい部屋も、見渡せばニードルビーが漂いピルバグが散乱している。前の部屋と何も変わりは無った。


 なので、いつもの手順であっさりと殲滅する。



 さて次は正面にある階段だ。上り階段になっていて、しばらく上がると踊り場があり、そこで180度方向転換。そこから折り返してさらに上って行く。


 階段を上りきると、部屋に出た。一目で見渡せるサイズで、コンビニぐらいの大きさ。正面には通路、右にも通路、左にも通路があるようで、言うなれば十字路部屋かな。


 この部屋にはニードルビーが6匹いや7匹飛んでいたが、背中の木刀を抜き出しあっという間に全てを叩き落した。ニードルビーだけだと大したものではない。

 改めて部屋を見るが、他には何も居なかった。なんだか肩透かしを食った感じだった。


 さて左、正面、右。何処に進もうか。前に「赤樫 小次郎」に任せてブレイドラビットの絨毯部屋に導かれた苦い記憶があるので、今回は水に沈む木刀「櫂型木刀」に一任する事にした。


 地面に木刀の先を付け手を放すと、バタリと左に倒れた。


「左か・・・」


 木刀が示した左の通路に向かう事にした。


 そこは、人が一人が通れるぐらいの狭い洞窟のような通路で、手を伸ばせばすぐに天井に手が届くぐらいの大きさだった。


ブーーーンブーーーンブーーーンブーーーン


 通路を歩いていると、羽音が聞こえて来た。通路の先の方から蜂の巣に近づいた時の様に、何匹もの羽音が聞こえてくる。


ブーーーンブーーーンブーーーンブーーーン


 ハンディライトで先を照らし様子を伺う。すると通路の先の部屋でニードルビーが20~30匹飛んでいるのが見えた。そこから何となく先の部屋の床を見たら、床一面にニードルビーが蠢いているのが見えた。


「ちょいいいいいい!」


 羽音に気を取られて気が付かなった。どうしよう?!いけるかな?無理かな?


 見た感じ何百匹、いやもしかして千匹ぐらいいるかもしれない。それ程の大群だった。予想以上の数に腰が引け、逃げ出そうと思ったが、だけど相手はあのニードルビーなのだ、これは案外美味しいのかもしれないと、考えを直ぐに改めた。


 防護服のチャックを最後まで上げて、肌が出ている場所を無くす。そして、むむむ・・・っと覚悟を決める。



『鑑定』

ニードルビー

その巨体を飛ばすのに精いっぱいで、方向転換が下手

刺されると痛いが毒は無い



 大丈夫。毒は無い、もし刺されてもちょっと痛いだけだ。


「おらあああああああああ!」


 声を挙げニードルビーが蠢いている部屋の中に飛び込んだ。「赤樫 小次郎」を夢中で振り回し、足はバタバタとさせ踏みつけまくり、暴れるように動き回る。すると、床に這っていたニードルビーが驚いたのか飛び上がって来て、羽音が更に喧しくなっていた。部屋の中が凄い事になってきてしまっている。


 叩かれ、踏みつけられたニードルビーが、部屋のあちこちから吹き出す紫黒の煙に視界が埋め尽くされる。だが、体にダメージ的痛みは無いので、必死に体を動かし続けた。部屋の中にいるニードルビーの数がやべぇ、羽音が凄い。




 5分、いや10分ぐらいは暴れただろうか。踏み潰し、木刀を振り回し。纏わりつかれないようにグルグルと体を動かし、部屋中を回っていたが・・・もう限界だ。息は上がってしまい、太ももや肩なんかはパンパンになってしまった。


 それで、部屋にいるニードルビーの数が減ったかと言うと、うじゃうじゃとまだまだいた。減ったのかどうか何て、まったく分からないぐらいいる。

 

 マジもう無理・・・撤退します。


 走って通路に戻る。ブンブン羽音が凄くて、どうゆう状況になっているのか分からないが兎に角走った。


 ひとつ前の部屋に飛び出し、勢いそのまま階段を飛ぶようにして下りていく。自分の呼吸する音が五月蠅くて、羽音が分からなくなっていたが足を止めずに走った。


 1個目の体育館ぐらいの部屋を走り抜け、2個目の体育館ぐらいの部屋でもう走れなくなり足を止めてしまった。恐る恐る後ろを振り返ってみると、走ってきた通路の方からニードルビーの群れが追って付いて来ているのが見えた。


 「クソ!」っと悪態をつきながら再び走り始める。バタバタと重くなった足を動かし、張り裂けそうな胸を押さえ、どうにかこうにか前に進む。


 3個目の体育館ぐらいの部屋がやけに長く感じた。


 なんとか下り階段に辿り着き、転がるように下りて行き、最後のチカラを振り絞り改札部屋の扉まで走った。


 扉を開けて改札部屋に飛び込み扉を閉める。聞こえてくるのは「ヒューヒュー」と敬太の荒い息遣いだけ。部屋の中を見渡しニードルビーが入って来ていない事を確認して、モトクロスのヘルメットを脱いで床に倒れ込んだ。


「はぁーはぁーやばぁー。」


 息が整うまで床に倒れていたが、どうにか落ち着いてきたので体を起こした。ふぅ~。


 想像以上の数と圧力だった。敗走だな。


 装備を外しながら損傷が無いか確認していく。上着は穴などは開いてないようだ。少々の擦れた傷はあるものの破れていなかった。ズボンも同じ感じだ。パトロールグローブも損傷無し。念の為、体も調べたけど刺されたような跡は無かった。どうやら装備はニードルビーの攻撃に、十分に耐えられる強度があったようで問題はないようだった。


 汗をタオルで拭いて、お茶を飲んで心を落ち着かせた。

 あの蜂の巣のようにニードルビーが数多く蠢く部屋に、策も無く突っ込むのは少し考え無しではと思ったが、防具がしっかりと防いでいたので体力が続けば、あのままニードルビーの殲滅もありえたようだ。まぁ、そこまで体力が続かんのだけど。



 ふと時間が気になり時計を見ると午前3時40分。今日は、なかなか長い時間ダンジョンに潜っていた事になった。ポーションのおかげで体力が回復出来たのが大きい。壊れた筋肉繊維を修復して筋肉痛、疲れを治す。そのおかげか元気も出てくる。凄い物だな。


 さて、今からポーションを飲んで、もうひと頑張りするのもいいだろう。

 だが、その前に何となく今日の稼ぎが気になったので、ATMを見ようと思ったら、画面が暗くなっていた。


あれ?


 チラリと改札の方を見ると、いつも光っているはずの緑色の矢印も消えていた。


あれれ?バグったか?


 いやこの状態には覚えがある。一番最初にこの改札部屋に来た時も、この状態だったんだ。

 それでどうやってこの状態が直ったかと言うと・・・分からない。何きっかけかは分からないけど、ちゃんと使える様になったのは確かなのだけど、そのきっかけが分からない。


 どうしたもんだろうか・・・


 ATMの画面を触ったり、改札にススイカをかざしたりしたけど、何の反応も無かった。だけどロッカーと物置は普通に反応して開いた。機能自体は生きているのかもしれないな。


 部屋をうろうろとして原因を考えてみたけれど、考えた所で分かる訳は無かった。




 時刻は進み午前4時。

 突然ATMと改札が復活した。ATMの画面がパッと点き、改札は緑色の↑矢印が点いた。

 敬太は出られなくなったかもという恐怖から、急いでススイカをかざし改札を使った。


「ピピッ」


 すると、普通に早朝の駅に戻ってこれた。


 まだ始発まで時間があるからだろうか、人の姿は見当たらず駅員さんを一人みかけただけだった。そうか、駅が開いたばっかりなんだな・・・。


 それで閃いた。駅の動きと連動しているのかもしれない?


 駅が閉まると電源が落ち、駅が開くと復活する。そう考えるとすんなりと腑に落ちた。思い返すと最初の1回目の探索の時以外、駅が開いてる時間帯にしかダンジョンに行ってない。

 それもそうか、駅が閉まってれば改札使えないもんな。


 たぶんそう言う事なんだろう。駅と連動して電源が入ったり切れたりする。当然と言えば当然の理由過ぎてチカラが抜けた。あんなに閉じ込められたと思ってビビッて損したわ。


 敬太はニヘラっと笑い、もう一度ススイカを使って改札部屋に戻った。


「ピピッ」


 そこには、いつもと変わりない改札部屋があった。ATMの画面も付いているし、改札の緑色の矢印も出ている。問題は無いようだ。

 知らないって怖い事だね。ATMと改札に営業時間があったとは考えもしなかったよ。これからは気を付けるとしよう。


 さてATMには何が書いてあるんだろうか。気を取り直して、さっき知りたかった今日の稼ぎを見に行く。


『レベルアップおめでとうございます。』


 まぁ来るだろうね。あれだけ倒して回ったもの。


『レベルアップボーナス』



自動マッピング

ロッカー ➡自動取得➡ネットショップ

椅子

ヨシオ音声



 また矢印増えてるな。ネットショップとな?なんだろうかねぇ。スマホでママゾン出来るこのご時世にわざわざねぇ。そろそろ自動マッピングでもいいのかもしれない。う~ん悩ましいな。


「ピン」

『カードを置いて下さい。』


 悩んだあげく、結局ネットショップにしてしまった。理由は自動取得が便利だったからで、矢印の先は強いのではないか説が浮上したからだ。


『登録が完了しました。カードのお取り忘れにご注意ください』


 ススイカを取ると画面が切り替わり、最初の画面に戻った。



チャージ   お引き出し

スキル    ネットショップ



 おっ、項目が増えてるね。早速ネットショップのボタンを押して見たが、スマホと同じ様にママゾンが映し出されただけだった。

 あれ、これはやってしまったのか?・・・。

 ついにハズレボーナスを選んでしまったのかもしれない。


 まぁ、運任せだからしょうがないかと気を取り直して、次にお引き出しで残高を確認する。



残高 2,891,210円



 え・・・。凄いんですけど~。ハズレボーナスで沈んだ気持ちが一気に上がった。


 確かウサギで130万円稼いでいたので、その後のダンゴムシと蜂だけで150万円ちょっと稼いだ計算になるんだけど。

 とうとう1日で年収分稼いでしまったよ。


 内訳が詳しく分からないけど、蜂を100匹以上倒したんだろうか?

 そう考えるとやっぱりあの蜂の巣部屋は美味しかった事になる。ふふふ・・・また挑戦するのも吝かではないな。


 もはや金額が現実離れしてしまっていて、全然実感も湧かないが、増えた数字は嬉しかった。


 当然、細かい使い道なんか決まっているはずもなく、この日はお金は引き出さずにニヤニヤして帰って行くのだった。

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