第572話 デス・スター
ドサッ――
最後まで開いていたその穴から、立て続けに何かが落ちてくる。待ち構えていた士郎たちは、突然ボトリと落ちたそれを凝視した。
――!!!
間違いない。それは亜紀乃と
二人は全身ずぶ濡れで、背中にはいつの間にか酸素ボンベを背負わされ、口にはマウスピースを咥えている。そうか――田渕少尉たちは無事彼女たちの元に駆け付け、見事その救出に成功したのだ。
「――キノッ! かざりッ!!」
慌てて駆け寄った士郎とオメガたちは、二人をグイと抱きかかえる。
「ゲホッ……ガハッ――!」
二人は激しく咳き込むと、ぐったりと身体を預けてきた。ただ、その頬にはうっすらと赤みが射していて、二人とも命には別条がないことを知らせてくれる。
その様子に、士郎たちはひとまず安堵した。すると、ふっとその目を開けた亜紀乃が急いでマウスピースを吐き出し、キョロキョロと辺りを見回す。
「――田渕少尉はっ!? みなさんはッ!?」
――!!
言われて初めて一同は、先ほどの決死隊が誰一人として戻ってきていないことに気付く。
「……そ、そうだ! 田渕少尉たちはッ――」
だが次の瞬間、士郎たちは絶望する。
その巨大な球体は、今や完全にその表面が硬質な膜で覆われていたからだ。先ほどまで確かにそこに開いていたはずの穴――亜紀乃と文が吐き出されてきたポイントだ――は、気が付くと完全に塞がれている。
「――そんな……」
一同は声を失った。決死隊一個分隊は、二人と入れ替わるように、完全に球体の中に閉じ込められてしまったのだ。
彼らが装備する酸素ボンベの容量は、恐らく大したことない。それは以前、高千穂峡の水中作戦の時に使用したものと同型だったからだ。息がもつのはせいぜい30分程度だろう。
この銃弾さえ通さない硬質膜がある限り、だから決死隊を助け出すことは、現時点でほぼ不可能だった。今度は彼らが、じきに酸素切れで窒息死する運命なのだ――
やり場のない焦燥が一同を覆う。
「――田渕少尉たちは……私たちが思うように泳げていないことを察して……みなさんでバケツリレーみたいにして前へ送ってくれたのです……」
亜紀乃はそれだけ言うと、押し黙ってしまった。文も同様だった。元気な彼女は鳴りを潜め、沈痛な面持ちで唇を噛んでいる。
そうか――彼らはその身を犠牲にして……二人を……
士郎は、グッと歯を食いしばった。
「なぁ……田渕少尉たちから貰ったこの命……精一杯役立てようじゃないか!」
だって、士郎にはそう言うしかなかったのだ。
実際、士郎にとって田渕はかけがえのない存在だ。新任少尉として初めて大陸で任官した時の、小隊付先任軍曹――
初陣の時の、あの地獄のような負け
そんな――兄と言うには歳が離れすぎていて、父と言うにはそこまで歳が離れていない――全幅の信頼を寄せる田渕少尉が、今また士郎たちオメガチームの窮地を救ってくれたのだ。
だから士郎が今出来ることと言えば、田渕が命懸けで救ってくれたオメガたちと一丸となって、奴を――
「――それに……まだ彼らが死んだと決まったわけじゃない。もしかすると、俺たちが李軍をやっつけることを信じて、あの中でじっと待っていてくれてるかもしれないじゃないか!」
その言葉に、オメガたちもハッとする。やがて一人ひとり、次々とその場に立ち上がっていった。というか――立ち上がるしかない。
「――そ……そうだね!」
「まだ諦めちゃダメだ」「うむ!」「私たちがやんないと――」
オメガたちのその美しい瞳から、キラリと雫がはじけ飛んだ。
その時だ――
ゴゴゴゴゴゴゴ――
地鳴りのような重低音を響かせ、巨大な球体が蠕動を始めた。
化け物が、ついに動き出したのだ。貪欲に、傲慢に、強欲に――
オメガたちの異能を喰い散らかしたその球形の怪物は、ようやくその腹を満たしたとばかりに、今度はその全身から凄まじい光芒を放ち始めたのだ。
「――士郎くんッ!」
「あぁ――!!」
その時、誰もが確信した。今度こそ――
これはオメガチームとしての、最後にして最大の、絶対に勝たなければならない決戦だ。
士郎は無線の送話機をむんずと掴む。本作戦の総指揮官は叶だから、一応確認しなければならない。
だが、士郎の決意は既に固まっていた。
『――叶中佐、聞こえますか!?』
『あぁ、君たちの後方100メートルの位置から見ているよ』
『今すぐ総攻撃を開始したいと思います!』
『もちろんだ! 指揮官権限で、全軍への下命を許可する』
『アイサーッ!』
士郎は、傍にいるオメガたちを一瞥する。みな一様に憔悴はしていたが、先ほどの田渕たちのことを思えば、ここでへこたれるわけにはいかなかった。
みなその顔をキッと上げ、こくりと頷く。
それを見た士郎は、その場にすっくと立ちあがり、仁王立ちになった。
『――こちらは
その檄は、恐らくこの『
そしてそれを裏付けるかのように、地鳴りのような雄叫びが戦場全体を覆い尽くす。
ウゥオッ! ウゥオッ!! ウゥオッ――!!!
ウゥオッ! ウゥオッ!! ウゥオッ――!!!
ウゥオッ! ウゥオッ!! ウゥオッ――!!!
士郎はその時、かつての四ノ宮の檄を思い出していた。それは、兵士たち一人一人の命を、自分で背負う覚悟を持った者にしか言えない言葉――
『――命を惜しむなッ! 名こそ惜しめッ!! 諸君らの奮闘は、やがて歴史が記憶するだろう!!』
その時、後方から各級隊長らの
「――戦旗を掲げよッ!!」
「Z旗上げェ!!」
「押し出せぇ――ッ!!!」
うぉぉォォォォォッ――!!!!!
数万の兵士たちが、一斉に突撃を開始した。その先陣には幾旒もの旭日旗、日章旗が押し立てられ、
そしてその中心には、対角線に引かれた直線に四つの色が染め抜かれたZ旗が、高々と掲げられる。あれは戦艦大和の――
だがその瞬間、怪物は容赦なく兵士たちに襲い掛かった。それはもはや怪物というより、巨大な天体だった。
それはまさしく、破壊を呼ぶ
デス・スターは、ゴゴゴゴゴと重たい音を周囲に撒き散らしながら少しだけ浮上すると、次の瞬間、その天頂部から凄まじい一条の光線を放った。
ヒィィィィィィ――ン……
それは一瞬のうちに戦場を左から右に舐め尽くす。そのあとほんの一瞬の間をおいて、左から右へ大火球が次々に追いかけていった。そこにいた数千人の兵士たちは、一瞬にして蒸発する。
「――な、何だあれは……!?」
次の瞬間、球体はスーッと上空に舞い上がると、さらに幾筋もの閃光をあちこちへ放ち始めた。それが触れた道筋は、
またもや数千人が、一瞬にして蒸発した。
「
叶は絶句した。
あれは、間違いなく
ビームであれば、粒子ビームのエネルギー塊が、砲弾の如く飛び出す。レーザーとビームの違いは一目瞭然だった。
だが、そんなものがなぜ――!?
こちらの世界では、例の非人道的な『生体カートリッジ』による荷電粒子砲の存在を承知していたが、DEWはそれよりも遥かに巨大な電力を必要とするはずだ。
いったいどうやって――
オープン回線にしている無線機から、各部隊の様々な怒号が飛び込んでくる。
『――損害知らせッ! 生きてる者は最寄りの将校の元へッ!!』
『歩兵第51連隊は全滅の模様ッ! 繰り返す――』
『怯むなッ! 固まるなッ!! 散開しろッ!!』
『227中隊の衛生分隊も全員戦死だ――応援求む……』
『――絶対に下がるなッ! 下がったら敵の思うツボだ!!』
そうだ――
ここで引き下がったら奴の思う壺なのだ。李軍はその圧倒的な火力でこちらの戦意を挫き、この数万人の包囲を後退させるつもりに違いない。
その先にあるのは――……
その時、ようやく指揮所付観測員からの報告が入る。
『――中佐! 先ほどの損害評価が出ました!』
「うむ!」
『敵DEWと思われる初撃で、推定約6千名がKIA……一個旅団に近い兵力が、一瞬にして蒸発した模様』
――ッ!
分かってはいたが、それは途轍もない大損害だった。6千名といえば、小さな田舎町の人口と殆ど変わらない。それが戦闘開始僅か数十秒で、蒸発して果てたのだ。
だが、敵の攻撃は引き続き猛威を振るう。
ヒィィィィィ――……
またもやDEWの不気味な照射音が戦場に響き渡った。
クソ――叶は送話器を手に取る。
『石動少佐、あのデス・スターの死角に、部隊を集結させるんだ!』
『死角ですか!? それって――』
『あぁそうだ! あのレーザーは天頂部から照射されているから、球体である以上、星の真下に行けば行くほど被弾確率は下がるはずだ』
『しかし――密集し過ぎると、今度はそこを狙われたらひとたまりもありませんッ!』
『そんなことを言っている場合かね!?』
『……了解しました』
これは、ある種の賭けだった。
石動の言う通り、地上戦の鉄則は密集しないことだ。敵は必ず密集しているところを狙ってくる。効率がいいからだ。広い空間に一人いる兵士を狙い撃つよりも、10人固まっている場所に適当に撃ち込んだほうが、確実に敵を斃すことができる。
だから歩兵は、常に孤立の恐怖と戦いながらなるべく周囲と距離を取り、敵に狙い撃ちされないよう心掛ける。これを「散兵線」という。
だから彼の懸念は至極もっともなのだ。これは罠かもしれない――
そうやって我々を一か所に追い込み、そのうえで一気に片を付ける……その可能性は拭いきれなかった。
だが一方で、このまま戦場に広く展開している限り、あのDEWでいいように嬲り殺しにされてしまう――
***
あの巨大な球体は、いったい何だ――!?
士郎の頭は現実に追いつけず、混乱は増すばかりだ。
あれはもともと李軍という一人の人間だ。もちろん、その異様な風体は、奴が自ら機械と癒合することによって半人半機械の化け物になったせいだ。
だが、奴の身体は先ほど瞬間的に膨張し、今や中空に浮かぶ巨大な球体と化している。どれくらい巨大かといえば、それはあの歴史的に有名な飛行船『ヒンデンブルク』号と同等くらいだ。
それでもピンとこない方のためにもう少しだけ掘り下げると、ヒ号の全長は245メートル。戦艦大和の全長が263メートルだから、規模感としては、大和が空にボッカリ浮かんでいるくらいといえば少しはイメージが湧くだろうか。
しかも、アレは完全なる球体なのだ。その圧倒的な質量感は、恐らく大和のそれを遥かに凌ぐ。そんなものが頭の上に浮かんでいて、しかもその外面は全球黒っぽい鋼のような硬質膜で覆われている。
その黒い天体を、先ほど叶中佐はデス・スターと呼んだ。思わず口をついて出た表現なのだろうが、「
そして今や、その閃光が戦場を舐めるたび、数千人の兵士が一瞬にして蒸発するという殺戮が繰り広げられている。
確かに叶の言う通り、もはや罠だ何だと言っている余裕はないに等しかった。
『全軍へ通達! 敵エネルギー兵器の被弾を避けるため、可及的速やかに化け物の真下へ集結せよ! あの兵器の死角に入るんだ!』
士郎の号令で、各部隊が続々と集結してくる。戦闘中の前線では、本来絶対にやってはいけない布陣だ。案の定、一部の部隊は逡巡しているようだった。やはり集結したところを一気に叩かれることを警戒しているのだろう。自分が麾下部隊の指揮官だって、同じように躊躇うはずだ。
だが、デス・スターの死の光線は、今やそんな出遅れた部隊に却って集中した。
ヒィィィィィィ――……
次の瞬間――あるいはすぐ傍で聞いていたら、ジュッと蒸発する音が聞こえたかもしれない――兵士たちは何ら抵抗を試みる暇もなく、この地上から一瞬にして消え失せていった。
それを見た残りの足の遅い部隊は、今度は死に物狂いでデス・スターの直下に殺到する。数万人が、あっという間に戦場の一角に押し固まった。
なんとかしなければ……なんとか――
士郎は必死で思考を巡らせる。このまま手をこまぬいていれば、じきに懸念は現実になるだろう。李軍がこの好機を逃すはずがないからだ。あの凄まじいエネルギー兵器による攻撃を受け続ければ、下手したら冗談抜きで全滅しかねない。ましてや今、追い立てられた残存兵力はすべてこの一角に集中しているのだ。だがどうする――!?
その時だ。
傍にいたオメガたちが、士郎のところに集まってきた。
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