第563話 最後の参戦
円陣を組むオメガたちを見ながら、四ノ宮がふと顔を上げる。
「――ところで元尚、なぜ今までこれを試さなかったのだ!?」
「……それはもちろん、向こうの都合を
オメガ特戦群の精鋭数千名が、完全装備で基地練兵場に集結してから既に数時間。太陽は徐々に天頂に差し掛かりつつあった。
兵士たちの防爆スーツは、ある程度まで体温調節ができる優れモノだ。とはいえ、既に気温30度を超える炎天下の中、四方陣形で全周に警戒を怠らない拠点防衛体制を維持したまま、終わりの見えない待機を持続するのは容易なことではない。
もしも彼らがその辺の一般部隊であれば、たちどころにその士気は低下し、三流戦力に堕していたことだろう。
だが幸い彼らは、国防軍の中でも精強無比を誇るエリート部隊だ。とりわけ先の戦争で、要所要所で常に日本軍の先鋒を務め、さらには最終盤の敵司令部発見・突入、そしてこれの殲滅を果たしたという赫々たる部隊の実績が、そのまま所属兵士たちの矜持に直結していた。俺たちは、あの伝説の精鋭部隊、オメガ特戦群の一員なのだと――
そして今は、その比類なき戦闘の数々で常に部隊の先頭に立ち、のみならず国家の存亡をも左右する最重要局面において、自らの犠牲を顧みず途轍もない偉業を成し遂げた伝説の英雄、
この程度の苦行、何するものぞという気概が、部隊全体に
そんな彼らの見守るそのド真ん中で、石動中尉や神代兵曹と肩を並べ、激戦を戦い抜いたあのオメガたちが、何やら始めようとしているのだ。
兵士たちも、炎天下など気にならないとばかりに固唾を呑んでそれを見つめていた。練兵場は、いやがうえにも異様な熱気に包まれている。
だが、総大将である四ノ宮と叶は、今のところ至って冷静だ。正五角形の位置に立ち、お互いの手を握り合ってしばし瞑想しているかのような5人のオメガたちをその視界に収めながら、淡々と会話を続ける。
「――都合?」
「あぁ……だって、向こうは向こうで取り込み中だったかもしれないだろ? そんな時にこっちが一方的にアプローチをかけたら、中尉たちの身にどんな変化が現れるか分からないじゃないか。今や中尉は、量子的にオメガたちと繋がっているんだ」
「あ、そうか……そうだったな――」
四ノ宮は、叶の執筆した詳細な報告書を思い出す。
あの時、石動はオメガたちと途轍もなく膨大なエネルギー交換を行ったのだそうだ。それは『オド』と呼ばれるものらしく、それによってオメガたちの能力が急速に高まり、いわゆる「完全体」というフェーズに至ったのだそうだ。
完全体オメガは、それまで叶ですら見たこともないような、凄まじい戦闘力を発揮したらしい。つまり、石動士郎は彼女たちが一段階レベルアップするためのいわば起爆剤、あるいはスーパーチャージャーとでも呼べるような存在と化していたわけだ。
ただしそれは、いいことばかりではない。石動がオドを供給し過ぎてしまうことにより、今度は彼自身が自らの意識を維持できなくなって、それは下手したら彼自身の命に係わる重篤な事態を引き起こしかねなかったのだという――
「……もしも彼がこちらの想像以上に弱っていたとしたら、自らのエネルギー漏出に耐えられないかもしれないんだ。今やオメガとの
「だから、石動がピンピンして動き回っていることが確認できた今、ようやく前提条件が整ったということか……」
「ま、そういうことだね」
その時だった。四ノ宮の副官である新見
「――大佐っ!」
「どうした? そんなに焦って……」
新見は汗だくである。髪型を変えたらしく、ショートボブの黒髪が頬に貼り付いて、せっかくの美形が少々台無しだった。
「あ、はッ……あの、たった今基地正面の哨所から連絡があり――」
「何事だ!?」
***
特戦群兵士たちは、彼らのその統率の取れた行軍を、感嘆の思いで見つめていた。
ザッザッザッザッ――
小気味よいテンポで刻まれる軍靴の足音。それは、2万人近くに及ぶと思われるその規模にも関わらず、まさに一糸乱れぬ歩調だった。あっという間に、特戦群の陣地を取り囲むように整列する。
「――
ザッ、ザンッ――!
「担えェー……
ダッ、ガンッ――!!
「――帝国陸軍第12方面軍所属、歩兵第140師団計1万7千名、ただいま馳せ参じましたッ! 貴軍との合流、許可願いますッ!」
よく通る力強い声が、オメガ特戦群基地のだだっ広い練兵場に響き渡った。
すかさず群長の四ノ宮が、これもまたよく通る声で小気味よく返答する。
「帝国陸軍第140師団の合流を許可するッ!」
その途端、特戦群兵士たちからどよめきが沸き起こる。帝国兵たちは、それでも微動だにしなかった。
立詰襟にカーキ色の軍服。
多くは小柄で、偉丈夫揃いの特戦群兵士たちと比べるとその体格差は否めないが、彼らの鋭く射抜くような眼光は、それを十分補って余りある迫力だった。各隊の先頭に立つ白の開襟シャツ姿は、将校たちだろうか。
彼らの登場で舞い上がった大量の土埃が、徐々に治まっていく。
すると四ノ宮の目の前に、一人の年配将校が近寄ってきた。
「――四ノ宮大佐……」
「田中大将、正直驚きました」
そう言いながら、二人はがっちり握手を交わす。
「――いやいや、最後の
「赤柴です。どうぞよろしく」「物部です」
「四ノ宮です」
お互い、軽く敬礼を交わす。四ノ宮は、あらためて目の前の古武士然とした軍人たちを見つめた。最初に挨拶を交わした田中静壱大将は、第12方面軍の総司令官だ。
帝国陸軍第12方面軍――
それは、小沢元帥率いる帝国海軍連合艦隊とともに現れた、145年前の日本軍である。
東京湾沖合にまとまって出現した海軍と違い、今回の陸軍の出現は関東一円の広範囲に及んだ。もともと第12方面軍は、東京のみならず、千葉、神奈川など南関東一円を管轄とする部隊だったからだ。
史実によれば、それは連合軍の本土上陸に備えた、決戦部隊だ。このため、彼らの多くは伊豆半島から東の海岸線を中心として布陣しており、したがって四ノ宮たち国防軍が首都中心部で
もちろん、それはそれとして、国防軍は帝国陸軍とも緊密に連携を図った。東京以外の関東一円で、異世界中国軍を破竹の勢いで蹴散らすことができたのは、ひとえに彼ら帝国陸軍のお陰といっていい。
だが、特に今回現れたこの第140師団に関しては、正直それほどの戦績を築くことができなかったと聞いている。
彼らはもともと沿岸防備隊として、太平洋戦争終盤においては主に湘南海岸、稲村ケ崎一帯に布陣し、日夜塹壕と横穴陣地の構築に明け暮れていたのだそうだ。
結果的にその状態でこの時代に出現したから、帝国陸軍の中でも立ち上がりが相当出遅れ、肝心の異世界中国軍とは碌に戦うことが出来なかったというわけだ。
「――それで何とか、部隊に
「はい、兵たちも、泣いて喜んでおります。みな御国のために死ぬ覚悟が出来ておったのに、このままおめおめと自分たちだけ何もせずには終われぬと――」
「戦わずに終われたら、それが一番いいことのようにも思いますけど……」
叶が思いっきり空気を読まずに放言する。
「それが、そういうわけにもいかんのです。貴隊の石動中尉は、軍神と呼ばれておるそうではないですか!? 劣勢の中、数十倍の敵を相手に一歩も怯まず、陛下をお助けしたばかりかその身を犠牲にしてとうとう敵の総大将を討ち取ったとか……」
「はぁ……」
なんだか、話に尾ひれが付き始めている。いや、まだ辛うじてそれは事実だ。事実だが、国防軍には一人の兵士を「神」と称えるカルチャーは存在しない。それに、正直なところ最終的に李軍を討ち取ったかどうかは、こちらの世界の誰も確認できていなかった。
いっぽう田中大将は、そのことを知ってか知らずか、話を続ける。
「……それで、その話を聞いた兵どもが、何も出来なかった我が身を恥じて集団自決騒ぎを起こしましてな……」
「集団自決!?」
「はぁ……それで将校どもと頭を抱えておったのです。もはや戦いも終結し、元の世界に帰ることも叶わず、今更どうしたものかと……そこに貴隊が再出陣されるという話を今朝がた聞いたものですから、これ幸いと鎌倉の師団本部から駆け足でここまでやってきたというわけです」
なんと……駆け足で――!?
確かに鎌倉なら、横須賀と20キロも離れていない。完全装備で走れば4、5時間といったところか――
とはいえ、特戦群の最精鋭たちですら、待機しているだけで体力を削られるような残暑厳しい気候だ。四ノ宮と叶は、再度帝国兵たちを遠目で眺める。相変わらず全員直立不動で、炎天下微動だにしていなかった。
これが彼らの意地というわけか――いや……
四ノ宮は、田中大将たちが本当に言いたいことを、ようやく理解する。
「――分かりました。それでは、せっかく馳せ参じてくださったのですから、今回は先鋒をお願いできますでしょうか」
その途端、田中たちの顔がようやくほころんだ。
「お、おぉ……よろしいのですか!?」
「はい、是非私どもに、帝国陸軍の戦い方を教えてください。その代わり――」
四ノ宮は、ふぅと息をついた。
「――オメガという女性兵士たちがおります。彼女たちはその……少々特別でして――」
「承知しております! なんでも一騎当千の
***
結局一度目の
特戦群兵士たちも、その半数は戦闘態勢を解き、練兵場に待機したまま休息をとっている。そして鎌倉から駆け足でやってきた帝国軍兵士たちはといえば、こちらも同じく半数がようやく休息に入ることを許された。どの顔も、まるで夢が叶った子供のようにほころんでいる。
そこへやってきたのはオメガたちだ。
「――みなさぁーん! 冷たい飲み物はいかがですかーっ!?」
スタジアムの売り子よろしく、背中に清涼飲料水のタンクを背負って、
「え、えと……わ、我々もいただいてよろしいのでしょうか!?」
帝国兵の一人が、恐る恐る楪に声をかける。すると楪は、自分の可愛さを完璧に理解している様子で彼らに満面の笑みを浮かべてみせた。
「もっちろん! さぁ、何にします? これはコーラ、こっちはサイダー、これはウーロン茶で、こっちはスポドリ!」
まるで歩くドリンクバーである。多分ドリンクの重量だけで40キロはあるはずなのだが、オメガの化け物のような体力にかかれば、どうということもなさそうだった。
「――じゃ、じゃあ、俺はサイダーで!」「俺も!」「俺はそのス、スポドリって奴を――」
あっという間に黒山の人だかりとなる。楪は軽快にラージサイズの紙コップを取り出しては、次々に注文を捌いていった。
兵士たちはドリンクを受け取った後も、そんな彼女から目が離せないでいる。
何しろ楪は、自他ともに認める美少女である。黒髪に肩口をくすぐるような彼女のボブスタイルも、145年前の兵士たちには直球どストライクだったのだろう。加えてその砂糖菓子のような甘い声色。160センチに満たない小柄ながら、出るところは出て引っ込むところはキュッと引き締まっているその体躯。オメガたち専用の、そのボディラインを強調するように密着した戦闘スーツが、もともとの彼女の魅力をさらに何倍にも底上げしていた。
「……いい……」
「あぁ……まさに天女さまみたいだ……」
兵士たちは、別の意味で「もういつ死んでも悔いはない」と決意を新たにする。
そんな光景が、練兵場のあちこちで繰り広げられていた。アイドル系の楪の他にも、和風美人の久遠、理想のお嫁さん系くるみ、お人形さんのような亜紀乃、そして、元気でボーイッシュな文……
大半の帝国兵はみな、年端もゆかぬ少年なのだ。今の時代と違い、彼らは女の子と碌に話したこともない。誰もが、オメガたちの誰かに恋をしてしまっていた。このうえ清楚系代表のような未来を見たら、いったいどうなってしまうのだろう。
「――いいなぁあの連中……オメガちゃんたち、俺たちの方にも来てくんないかなぁ!?」
まぁ、オメガ人気は
「ま、心配しなくてもそのうちこっちにも来るさ。俺たちはここを離れるわけにはいかねぇからな。彼女たちも、それが分かっててあーして回ってくれてるんだろ……」
古参兵がさりげなくフォローする。その幻影がうっすらと見えたのは、その直後だった――
「な……なんだ――!?」
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