第25章 神威
第473話 清めの水
オメガチームが抜刀突撃による突貫を仕掛けていった後、戦闘区域に残されたのは田渕たち一般兵部隊である。それは絶望的な戦いだった。
「――森崎大尉ッ! そっちはどうですッ!?」
「そろそろ燃料が切れてきました。火炎放射による制圧は、じきに使えなくなりそうです」
「くそッ……」
田渕たちが今まで何とか凌いでいたのは、中尉がドロイド部隊を残してくれたお蔭である。彼女たちが標準装備する火炎放射システムは、撃っても撃っても死なない中国兵たちを、先ほどから消し炭に変えている。さすがにそこまですれば、ゾンビのような中国兵も完全にその動きを止めるから、それで何とか戦線を維持していたのだ。
だがその手も、あと僅かで使えなくなる。先ほどドロイド部隊の統括官である森崎が言った通り、もはやその弾薬――というか燃料が尽きる。そうなれば、あとは肉片の一片に至るまで、いくら切り刻んでもビチビチと動き回るこの薄気味悪い寄生虫体に、自分たちが押し込まれるのは目に見えていた。
「曹長! ここは下がってください。あとは私たちが引き受けます」
森崎が振り返る。少なくともドロイドたちは超高張力鋼の特殊素材で作られた機械の身体だから、たとえそのグロテスクなゾンビ兵たちが寄ってたかって押し寄せようとも、そこで弁慶の立ち往生の如く受け止めることができる――と言いたいのだろう。
「――しかしッ! そんなことしても根本的な解決にはなりません! ここは我々も――」
「曹長、私たちの目的は、最終的にこのエリアの奪還です。当初は逃げ遅れた住民の保護も作戦目標のひとつにありましたが、今やその人々もみな皇居に向かいました。ということは、ここにいるのは私たちと敵兵だけ――非戦闘員はいません! 私に考えがあります」
「考えって――」
なおも田渕が食い下がろうとした時、少し離れたところで「わぁッ――」という叫び声が聞こえた。思わずそちらの方へ視線を向けると――
兵士が一人、複数の中国兵に押し倒されたところだった。
既にライフルはどこかにいっていて、その兵士は素手で抗っている。くそッ――
ガガガガガッ――!!!
田渕が兵士を助けに行こうと身体を起こした瞬間、どこかから激しい銃撃が加えられる。ピシピシッ――という空気を切り裂くような音が耳許で聞こえたかと思うと、チュンッと田渕の頬に焼け付くような痛みが走った。
「あつッ――」
思わず頭を伏せる。間一髪、敵の銃弾が彼の頭部を掠めたのだ。動けない――!
いっぽう、さっきの場所では容赦なく中国兵がその若い兵士の命を奪いに来ていた。それを見たのだろうか――どこかから味方の激しい一連射が中国兵に加えられる。
ドドドゥッ――!!
しかし、撃っても死なない中国兵たちは、自分の背中が吹き飛ばされようと、その肉片が飛び散ろうと、まるで気にする様子はない。
すると、あっという間にその兵士は、群がる中国兵たちの背中で見えなくなった。あの分だともう……
「クソッ!!」
その時だった。
一人のドロイド兵が、そこに飛び込んでいった。だが、火炎放射をする風でもなく……刹那――
カァァッ――
ズゥゥゥ――ンッ!!!!
惨劇の場所が、突如として大閃光に包まれる。次の瞬間、火柱のように燃え上がった中国兵たちが絶叫する。
ドロイドが……自爆――!?
先ほど森崎が「考えがある」と言っていたのはまさか……!?
見ると、次々にドロイド兵たちが、中国兵たちが比較的多く固まっているところに飛び込んでは自爆を始めたではないか。戦場のあちこちで、火柱が上がった。
ズゥゥゥ――ン!!
ズズゥゥゥゥン!!
「森崎大尉ッ――!?」
田渕は目を血走らせて森崎の方へ振り向く。だが、森崎の目はもはや別の何かと会話しているかのように、その焦点が宙を泳いでいた。この戦場にエントリーしている、数十人のドロイドたちと電子的な会話を交わしているのか――
彼女たちが、もはやこれまでと自爆攻撃を始めたのは明らかだった。
実際、ドロイドたちはその体内に組み込まれた電源そのものを起爆装置として、自らを消滅させることができる。それは、本来ドロイドの制御が万が一利かなくなった時に、安全装置として人間側が遠隔起動させる類のものなのだが、彼女たちは自らそれを起動させ、爆弾代わりに中国兵たちを焼き尽くそうとしているのだ。
そんな――
田渕は「ドロイドなんて所詮ロボット――」などと考えられない人間だ。だって彼女たちは、その人工知能の中に、確かに人間のような自意識を持っているからだ。もちろん、その感情は制御され、普通の人間のように喜怒哀楽が激しいわけではないが、それでも自己保存本能はプログラムとしてもキチンと持っているはずなのだ。
しかも、彼女たちは大事な「戦友」だ。これまでも、厳しい戦場を共にしてきた仲間なのだ。もしかしたら、その見た目が「女性」だから、余計にそう思うのかもしれないが、それでも爆弾代わりにしていい存在じゃない――
「大尉ッ! 大尉ッ――!!」
すると、ようやく森崎の瞳に光が宿り、再度田渕を見つめ返す。
「――すみません曹長、
「森崎大尉ッ! 自爆はやめてくださいッ! 見てられませんッ……」
「……では視界に入れないことをお勧めします。計算では、私の管理下にあるユニットを全部使用すれば、曹長たちの小隊がこの地域一帯を制圧できる確率は現在の5パーセントから50パーセントへ飛躍的に向上します」
森崎は涼しい顔だ。だが、田渕は知っていたのだ。
「――大尉ッ……彼女たちのAIは、あれは全部消滅してしまうのでしょう!? いつもみたいに、コアさえ残っていれば……とか何とかいう感じには見えませんッ」
それは、彼女たちドロイド特有の概念だ。見た目は一見普通の兵士と変わらないが、ドロイドの生命の源は、その人工知能が収められたキューブコアだ。だからどんなに身体部分が破損しても、これさえ残っていれば彼女たちは死んだことにはならない。コアを取り出し、新しい個体に換装し直せば、それまでの記憶や経験もキチンと保持したまま、新しい身体で活動できる。
だから今森崎が率いているドロイド兵たちは、ハルビンや高千穂峡、そして並行世界に転移したばかりの時の博多での緒戦などの記憶をしっかりと持っているはずだ。ユニットによっては、黒河市上陸作戦の記憶を持っている者もいるかもしれない。つまり彼女たちは、田渕たちと戦場の記憶を共有する、れっきとした国防軍の兵士なのだ。
だが見たところ、今の自爆行動はそのコアもろとも消滅しているようなのだ。それはコンピュータの頭脳である演算装置そのものを破壊するのと変わらない。彼女たちは、自爆によって完全に「死」に至るのだ。
そんな理不尽な話があるか!
「――えぇ、曹長の仰る通りです。ですがドロイドには、人間の兵士のリスクを可能な限り減らすという役割もあります。今がその時だと判断しました」
確かにその通りだった。生きた人間の兵士の命は、限りなく重い。彼らにはみな、家族があり、愛する人がいる。だが、それでもなお、兵士たちはみな命を懸けて戦場で戦うことを誓ったのだ。自意識を持つドロイド兵と人間の兵士に、違いがあろうはずがない――
『――やれやれ……ここにもまた『思いやり』が過剰な奴がおるようじゃわい』
突然頭の中に響いたのは、どこかで聞いたことのある声――
「あ――ウズメさまッ!?」
思わず空を見上げた田渕の視界に入ってきたのは、半裸の妖艶な女性が中空を漂っているところだった。
『……士郎よ……おぬしの軍勢の足軽大将が困っておるようじゃ。早う何とかしてやれ』
足軽大将って――もしかして俺のことか!?
確かに……歩兵たちを束ねる立場の自分は、さながら戦国時代の足軽大将と言えなくもないか。
すると田渕の目の前には、いつの間にか頼もしい上官の姿があった。中尉――! よくぞご無事で――
中尉はニヤリと笑ってこちらに視線を送ってくる。
「すまん、待たせたな足軽大将! 森崎大尉も――」
まったく――歴史マニアの中尉は、どうやら先ほどのウズメさまの軽口を気に入ったらしい。でも中尉が戻ってきたということは――
「中尉、ご苦労様でした」
「――
田渕はきょろきょろと辺りを見回す。そこには、士郎を筆頭としてオメガたちの無事な姿があった。少し人数が足りないようだが……陛下はご一緒じゃない!? どうなってる――
だが、何より田渕の目を引いたのは、彼らが連れている二人の中国兵だった。なんだこのバケモノは――!?
「あぁ、陛下はご無事だ……今、近衛憲兵隊があらためて宮殿の守備を固めたところだ」
「えと……皇居内の群衆は……!?」
「大丈夫……見ての通りだ」
そう言って士郎は顎をしゃくった。その肩越しに、皇居の様子が垣間見える。田渕が背伸びしてそちらの方を見やると、敷地内で群衆が力なく座り込んでいる様子が目に入った。みな先ほどの騒ぎが嘘のように落ち着いている。
「――いったいどうやって……」
あの混乱を治めたのだ!? すると、その皇居の方から今度は何やら影のようなものが飛んでくるではないか――!?
よく見るとそれは、うっすらと半透明のような、何かの人型のような物体だった。え――もしかしてあれは……
田渕が茫然と見ていると、その人型はやがて田渕の真上に到達した。まるでそこに漂うように、ぽかりと浮かんでいる。その中には、あろうことか二人のオメガがまるで気を失っているかのように浮かんでいた。くるみさんと、
「――これはいったい……あの中国兵たちは……」
「曹長! 混乱しているようだが、今は時間がない。ひとまずここは、くるみたちに任せてくれ!」
言うが早いか、士郎とオメガたちはその場に膝をついて低い姿勢を取った。それにつられて田渕も思わず伏せる。傍にいた森崎も、弾かれたようにその場にしゃがみこんだ。
その途端――
中空に浮かんでいた先ほどの人型の半透明の物体から、何やら光のようなものが辺り一帯に放たれる。それはまるで、光のシャワーのように地上に降り注いで……
その直後、明らかな変化が起こった。
中国兵たちが、その動きを止めたのだ。それはまるで、電池の切れたロボットのように、それまで蠢いていた彼らのおぞましい身体の各所、千切れ落ちていた肉片が、突然どしゃりどしゃりと地面に崩れ落ちたのである。
田渕は驚いて、もう一度上空を見つめた。そこには、手に届きそうで届かないくらいの絶妙な高度で相変わらず先ほどの半透明人型がふわりと浮かんでおり、そこから何かがとめどなく噴き零れていた。
「――清めの水だそうだ」
しゃがみこんだ士郎が、田渕に説明する。
「清めの……水……!?」
水――!?
そんなもので、このゾンビ兵士たちが無力化されるのか!? 田渕はあまりのことに茫然となる。
「中尉――この水の成分は、特に特別なものが含まれているわけではなさそうですが……」
這いつくばっていた森崎がおもむろに尋ねる。彼女はもともと、宇宙戦闘艦であるミサイル駆逐艦『
「――森崎大尉、留守番ありがとうございました! 曹長への支援、感謝いたします」
「いえ、それよりこの水は……」
「先ほど言った通りです。清めの水……神社でお手水をする、あの水ですよ。ただし宮中三殿ブランドです」
「水――ですか?」
「はい……しかも、オオクニヌシさまの絶大なる神威が込められております」
その時、田渕はようやく中空に浮かぶ半透明の人型が、かつて『
くるみさんたちは、いったいなぜ神さまの胎内なんかに……!?
「曹長、ヌシさまの神威は、森羅万象を本来あるべき姿に整える力だ。今くるみと文がそれを願い、ヌシさまがその願いに沿って神威を発動されておられる。この地域の中国兵は、じきに無力化されると思うよ」
「……え……!?」
「――まぁ、難しい話はあとだ。ここを制圧次第、中国軍司令部へ突入を敢行する! 残存兵力を纏めてくれ!」
「――了解しましたッ!」
中尉の言っていることは何だかよく分からなかったが、とにかく田渕は、戦況が立て直されていくことだけは理解できた。よし――さすがは我らが隊長!
頭を伏せたまま、田渕はこの場を辞去する。戦場に散らばった友軍兵士たちを、再集結させる段取りを取るためだ。
『――まったく、この娘っこどもも、難儀なことよのう。いっそひと思いに切り刻んでやれば手っ取り早いものを、わざわざこのような……』
ウズメが言いかけて、だが途中でふっと穏やかな笑みを漏らし、口をつぐんだ。「ま、これがおぬしたちの奇特なところじゃがの……」と小声が聞こえたような気もするが――
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