第431話 強襲上陸

『――左舷雷撃戦用ー意ッ!!』


 艦内拡声が露天甲板に響き渡った。

 先ほどから、艦体中央部にある『61センチ四連装魚雷発射管』に複数の水兵たちが取り付いている。彼らは左右両岸からの激しい銃砲撃をものともせず、忙しく魚雷発射準備を進めていた。


 ガガガガガッ――


 また岸壁からの銃撃だ。

 水兵の一人が被弾して、血飛沫を上げながら甲板に倒れ込む。


 すると、それを見ていた別の水兵がすかさず発射管基部のハンドルに取り付き、猛烈な勢いでそれを回し始めた。と同時に、それまで艦体に並行して真っ直ぐ進行方向に向いていた発射管が、徐々に左舷側に向いていく。


 ずっと甲板上の様子を見ていた安達は、それが“手動”であることに不謹慎にも感動を覚えていた。昔の水兵は、こうやって身体を張って戦っていたんだな……

 それにしても、彼らは怖くないのだろうか!? さっきから見ていると、彼らはロクに防弾ベストも着ていないし、ましてや舷側に遮蔽物となる土嚢を積んでいるわけでもない。吹き晒しの甲板上で、敵の苛烈な銃砲撃にその身を曝しながら、誰もが一心不乱に自分のなすべきことをやろうとしているのだ。そうやって、誰かが斃れたらすぐに別の兵士が取って代わり、自分たちの役割をあくまで果たそうとしている。

 これが帝国海軍か……自分たちも負けてられない――!


 気が付くと、冬月の左舷前方には晴海客船ターミナルが目視できるようになっていた。水陸機動団の分離ポイントまで、あともう少し――


 ここまで来れば、帝国海軍の駆逐艦乗りたちを信じて、命を預けるしかない。


 安達をはじめとする国防軍上陸部隊の面々は、腹を括って上陸用舟艇にその身を沈めた。

 まるで魚類のような形状のその小型舟艇は、上陸要員たちを1機当たり3名その背中に組み込んでいて、着水直後から弾丸のように目標に向かって疾走することになっている。


 そうだ――俺たちの役目は、とにかくどんなに熾烈な攻撃を受けようと、必ず上陸を成功させることだ。水兵たちと同じように、俺たちも俺たちの役割を死ぬ気で果たすしかない。

 先ほど涼月とともに、海中に引きずり込まれた戦友たちの無念は、俺たちが晴らす――!


 バシャアァァァァン――!!!


 また至近弾だ。凄まじい水柱が、冬月の左舷横を通り過ぎる。


 安達は完全被覆鉄帽のバイザーを下ろし、その水陸機動団制式上陸用機動舟艇――通称『メカジキ』の起動ボタンを押した。

 ボゥ――と目の前のコンソールに火が灯る。安達は、自分の纏っている外骨格装甲と『メカジキ』を無線リンクした。


<システムアクティベーション――搭乗者のIDを確認しました……火器管制、安全装置を解除します……>


 カーナビのアナウンスのような自動音声が、次々と舟艇の機体各所モジュールの準備完了を知らせてくる。

 第1分隊の分隊長でもある彼は、同じように準備を始めたであろう部下たちに、あらためて進発準備を促した。


『―――ソードフィッシュ01より各員! 上陸戦用意! まもなく分離ポイントに到達する!』


 そして、東京湾口の外側に遊弋しているはずの統合任務部隊JTF旗艦、空母『赤城』の戦術統制システムにリンクされたカウントダウン音声を、分隊の各舟艇にオンラインする。


<――分離予定ポイントまで、残り120秒。乗員は、生命維持装置を最終確認してください……>


 このカウントダウンはあくまで駆逐艦隊の進行速度と分離ポイントの位置関係から、自動的に算出された目安である。途中で航路が変更されたり行き足が停まったりしたら、当然カウントダウンも止まるか、逆にマイナスカウントされるようになっている。

 だから安達はあまり使いたくなかったのだが、あまりにも駆逐艦乗りたちが必死に戦っているのを見て「あと〇〇秒だけ、頑張ってくれ」という気持ちがどうしても湧いてきてしまったのだ。

 さっきから部下たちも、安達と同様に心配そうに甲板上の動きを見守っていたから、たぶん分隊の全員が同じ心境に陥っているはずだ。邪魔にはならないだろう。


<射出まで、残り100秒……>


 そうだ! あと100秒だ――頑張れ! 頑張れッ!!


 その時だった。

 それまで単縦陣で猛然と湾奥部へ向けて突進していた艦隊が、右舷側に一斉回頭する。艦体が、大きく左舷側に傾いた。視界のすぐ左側に、グワァァと海面が迫ってくる。

 一糸乱れぬ艦隊行動――!!


 よく見ると、この激戦のさなか、各艦は発光信号でお互いの意思疎通を図っていた。それは、彼ら駆逐艦隊が途轍もなく高い練度を誇っていることの証だった。こんな狭い水路で、しかも敵の十字砲火を浴びながら――!?


 刹那――

 ボシュゥン――!

 ボシュボシュッ! ボシュゥン――!!


 魚雷発射管から、いきなり4本の巨大な魚雷が立て続けに発射された。安達たちがぶら下がっているその頭の上ギリギリを、瞬時にすっぽ抜けていく。

 魚雷は数メートルほど海面上をトビウオのように飛んでいったかと思うと、すぐにズポンズポンと海中に没していった。そうか――!


 駆逐艦隊は、それまで一直線に目的地へ突き進んでいたが、この一瞬、一斉に面舵回頭することで、それぞれの艦体が左舷側を「進行方向斜め左前方」に向けたのだ。その方向の先には、安達たちが上陸を予定している竹芝桟橋をはじめとする、旅客船ターミナルの岸壁がある!

 艦隊は、その岸壁に向けて一斉に魚雷を放ったのだ――


 なんという奇策!


<――射出まで、残り90秒……操縦室の気密を最終確認してください……>


 一般的に魚雷というものは、艦船に向けて放たれるものだ。そのまま水面下ギリギリを航走し、敵艦の喫水下、側壁装甲に着弾し、爆発する。

 多くの魚雷は大量の炸薬を積んでいるから、防御力をあまり重視しない現代の艦艇なら一発で轟沈だ。太平洋戦争当時の日米海軍艦艇の大半も、おそらく直撃を食らったら一発で致命傷だろう。

 たとえば大戦末期、原子爆弾の材料を秘密裡に運搬中だった米海軍重巡『インディアナポリス』は、日本の潜水艦『伊58』の雷撃により、三発が直撃して僅か12分後に転覆・轟沈している。


 ちなみに途轍もない防御力で不沈艦と謳われた大和型だけは別格だ。大和が撃沈された坊ノ岬沖海戦での魚雷被弾数は、米軍の公式記録によると最大14本とされている。レイテ沖海戦で同型艦『武蔵』が沈んだ時に至っては、その被雷数実に22本とされている。


 まぁこれらは例外としても、魚雷とはそれほど凄まじい火力を持った兵器なのだ。

 特に冬月が積んでいるこの61センチ級魚雷発射管は、『九三式三型』という、帝国海軍最大の炸薬量を誇る魚雷を発射するものだ。


 その炸薬量は一発につき実に750キロ。


 大和の放つ『九一式徹甲弾』という、人間の身体よりも大きな巨大砲弾の炸薬量が33.85キロだから、単純比較で大和の主砲弾の約22倍の火薬を積んでいるという計算になる。


 もちろん40キロ以上の射程で空から降ってくる大和の砲弾は、それ自体に慣性力と重力加速度も加わるから途轍もない破壊力を発揮するわけで、たかだか40ノット弱の速度で目標に当たる魚雷とは炸薬量だけで優劣を決めるわけにはいかないが、それにしたって多分1トンに近い爆薬が時速100キロ近くで突っ込んでくれば、そのもたらす破壊力は想像を絶するであろう。


 駆逐艦隊はそれを一斉に、上陸予定地点の岸壁に向けて放ったのだ。


 それが一隻当たり4本。先ほど涼月が轟沈したから、残り合計8隻の艦艇から放たれた魚雷は全部で32本。これが扇状に左舷側の岸壁に向けて一斉に航走していく。

 これが全弾岸壁に直撃すれば、おそらく先ほどの艦砲射撃と遜色ない破壊力を発揮するだろう。そうすれば、現在岸壁に沿って展開している敵部隊は瓦解する。

 そうなれば、安達たち上陸部隊は敵兵力を一掃したところで上陸、残存兵たちを殲滅することができる。上陸の成功率は、これで一気に高まるというわけだ。


 まさに、駆逐艦の本領発揮だった。

 肉を切らせて骨を断つ。敵に肉薄して、相手の喉元に匕首あいくちを突きつける――!


 駆逐艦隊がその身を犠牲にしながら、それでも必死で安達たちを無事上陸させようとしているのが、ひしひしと伝わってきた。水兵たちの献身も、ひとえに上陸作戦の成功を祈ってのことだ――


<――射出まで、残り60秒。作戦中止デッドラインまで、残り30秒……>


 誰が中止などするものか!

 安達の全身を武者震いが包み込んだ。


 いっぽう全弾射出を確認した駆逐艦隊は、再び取舵を切って一斉に単縦陣に戻っていく。突入作戦はいよいよ最終段階――残るは『メカジキ』たちの分離だ。


『――魚雷弾着まであと10秒!』


 艦内拡声が響く。露天甲板の甲板員たちが、煤と出血でドロドロになった真っ黒の顔を上げる。

 先ほどの魚雷一斉発射を目視したであろう岸壁の敵陣からは、一際激しい銃砲撃が艦隊に襲い掛かった。


<――射出まで、残り45秒。隊員は、着水の衝撃に備えてください……>


 前方の軽巡矢矧が、陸上からの直撃弾を艦橋に喰らって、上部構造物が爆散する様子が目に入った。艦長以下、艦橋要員は全滅だろう。それでも艦隊の行き足は止まらない。


『――弾着5秒前ッ!!』


 艦内拡声が悲鳴のような声を上げる。陸上からの容赦ない機銃掃射が、さらに冬月の艦体をバリバリと貫いた。黒煙が、ボンッ――と後楼付近から噴き上げる。

 岸壁に、大波が打ち寄せるのが目に入った。


「いっけぇぇぇぇッ――!!!!」


 安達が、他の隊員たちが、思わず叫び声を上げた。そして――


『――だんちゃーく! 今ッ!!』


 次の瞬間――


 ダァァァァンッ!!!

 ダダダダぁぁァァァァ――ンッ!!!!


 凄まじい大爆発が、客船ターミナル全体を包み込んだ。

 それはまさに、先ほどの艦砲射撃に勝るとも劣らないほどの衝撃的で巨大な爆発だった。もの凄い爆炎が火柱のように岸壁沿いに噴き上げたかと思うと、巨大な黒煙が濛々と周囲全体を覆い尽くす。


 やった……のか――!?


 沈黙が、辺りを支配する。

 目の前の岸壁が、粉々に砕け散っていくのが視界に映った。

 次の瞬間――「わぁぁぁっ!!」という大歓声が、駆逐艦隊全体から聞こえてくる。


『――全弾直撃ッ! 魚雷は全弾直撃ッ!!』


 涙交じりの裏声が、艦内拡声に響き渡った。

 次の瞬間――

 『メカジキ』の自動音声が、後戻りできない段階に突入したことを伝えてくる。


<――射出30秒前を切りました。キルスイッチが無効化されました。接続ワイヤー切断準備……>


 そうだ――!

 次は駆逐艦の舷側にぶら下がっている自分たちを、艦体から切り離してもらわなければならない。


 本来なら国防軍の強襲揚陸艦から射出されるように造られている『メカジキ』は、当然ながら帝国海軍の駆逐艦にカチャリと嵌まるようには出来ていない。

 だから今回は、ワイヤーで数珠つなぎに縛り付けてあるのだ。分離するには、甲板員たちに物理的に切り離してもらうしかない。でも――


 生きてるのかッ!?


 安達は、彼らを信じてギュッと目を瞑る。もはや舟艇のコクピットにF1ドライバーのように組み込まれた安達たちには、甲板上の動きは一切見えないのだ。


<――エンジン点火。射出15秒前――>


 さぁ、俺たちはいつでも分離できるぞ!? 頼むッ――

 すると、頭上から誰かが『メカジキ』を見下ろしているのが目に入った。あれは――!?


「安達兵曹ぉッ! 今から切り離しまーすッ!! ご武運をーッ!!」


 それは、山口二等水兵だった。頭から派手に血を流しているが、その顔は吹っ切れたような爽やかさに満ちている。手にはワイヤー切断用の斧を握り締めていた。

 無事だったのか――!

 ちゃんと俺の命令を守って……!?

 

 甲板上では、大輔と同じように、十数人の甲板員たちがそれぞれの受け持ち場所でワイヤーの切断準備に取り掛かっていた。

 みなあちこちから流血していて、まさに満身創痍といった感であったが、黒く煤けたその表情は一様に明るい。白い歯が光っていた。


 ほどなく――

 ガンッ! ガンガンッ!!


 舷側のあちこちで、斧を振り下ろす音が聞こえてきた。続けて――


 ガコン! ガコガコン!!


 次々に『メカジキ』が艦体から切り離されていく。甲板員たちが、ついにその責任を果たしたのだ。ワイヤーを切られた舟艇の列は、そのまま綺麗にジャラジャラッと海中にスライドしていく。


 どっぷん――

 ドッパン――バッシャン!!!


 機体が続々と海面にリリースされていく。次の瞬間、着水した『メカジキ』たちは弾かれたようにその尾部からジェット水流を噴き出し、そのまま猛然と突進を開始した。


 まるで魚が海中に卵を落としていくように、各駆逐艦の両舷側から無数の『メカジキ』がポロポロと海面に投下されていく。残存するすべての駆逐艦、そして軽巡矢矧から、予定通り水陸機動団の精鋭たちがリリースされていったのだ。


 着水した『メカジキ』たちは、次々にジェット水流を後方に噴き出しながら、まるでそれが本能だとでもいうように、一目散に桟橋へ向かって突進していく。


 満身創痍になりながらその責任をしっかりと果たした駆逐艦隊は、続々と回頭して反転していった。

 さぁ――次は俺たちの番だ!


『うぉらぁーッ!!! 命を惜しむなッ! 名こそ惜しめッ!! 全員、突撃ぃーーッ!!!』


 8隻合わせて計800機の機動舟艇が、2,400名の水陸機動団兵士を乗せて岸壁に殺到していく。先行していた数十機が、早くも陸上に到達しかかっていた。

 攻めるに難い垂直のコンクリ護岸は、先ほどの魚雷攻撃で既に粉々に崩れ落ちている。

 『メカジキ』たちは次々にその機体先端に突き出した銛のような突起を瓦礫に突き立てると、中から弾かれるように外骨格装甲を身に着けた兵士たちが現れて、容易くその一歩を陸地に踏み出していった。

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