第380話 ダンジョン(DAY9-31)
それにしても、工兵隊長の博識とそれを実現してしまう工兵隊員たちの職人芸には、脱帽するしかない。
士郎たちの立て籠もった出雲大社に侵入してきたのは、確認できただけで三個小隊――すなわち90人ほどの敵兵だ。それに対し、守る士郎たちは、全部で4人。そのうち1名はウズメさまという神さまで――つまりは、よほどのことがない限り人間に対して直接手は下さない。
その代わり、神さまはとある恐るべきトラップを仕掛けてくれた。まぁこれに関しては後述するとして、まずは工兵隊の仕込んでくれた数々の仕掛けに注目だ。
今や出雲大社は、その全域が要塞化されていた。由緒ある社殿および境内にさまざま手を加えることに関しては、この
そのうえで、工兵隊長が提案したのが、戦国時代の城郭のようにさまざまなヤバい仕掛けを各所に施すことであった。
なぜこの時代にわざわざ戦国の仕掛けを用いるかと言えばそれはもちろん、社殿を可能な限り傷つけないためだ。
たとえば仕掛け爆薬とか
現代の火器を使うということは、当然火薬系か銃砲系だ。これらの火力はそれ自体、貴重な歴史的遺産でもある大社の建物を大きく傷つけるのだ。
そのために一計を案じたのが、この「戦国城郭化作戦」だ。これならば、建物自体の被害を最小限に抑えつつ、人間だけを無力化できる。
それがどれほど効率的に人間だけを殺すように出来ているのか――
歴史マニアの士郎はあらためて、戦国の世を数百年間戦い続けた、戦闘民族である日本人の恐ろしさを垣間見ることになる。
そして今、敵兵たちはその恐るべきダンジョンへ、足を踏み入れたばかりであった。
『こちら久遠――敵の先頭集団が拝殿正門の前に辿り着いたぞ』
『了解。そのまま待機』
不可視化の能力を持つ久遠が、例の無線キットだけ持って敵集団のすぐ傍で監視していた。状況は、逐一無線で報告を受ける。まさに実況中継といったところだ。
あいにく偵察ドローンは枯渇していたから、頼りは彼女の報告だけだ。
『あッ!』
『どうした!? 何があった!?』
唐突に、久遠が叫び声を上げた。聞いている方はもどかしくてしょうがない。
『――いや、今、門を開けた途端に3人ほど……足首を刎ねられた! すまん――私も少しびっくりしてしまって……』
『り、了解……』
足首を刎ねられた――って……
要するに、門を開けて踏み込もうとした瞬間、足元に刃物のようなものがスライドしてきたか何かしたのだろう。現代的なブービートラップ、すなわち仕掛け爆薬のようなものに繋がるピアノ線やステンレスワイヤーなどを想定して慎重に足を踏み入れた敵兵たちが、想定外のギミックに遭って慌てふためく様子が目に浮かんだ。
『――おッ! あ……えと、次は落とし穴だ。これは大量だぞ――5、6人は串刺しだ』
『お、おぅ……』
今度は、門をくぐった直後に帯状に落とし穴を仕掛けていたらしい。侵入しようとする者が必ず通る場所に、大胆に仕掛けられた罠――
何という古典的なトラップだ。あまりに古典的すぎて、敵兵たちはおそらく想定すらしていなかったのだろう。だが、落とし穴の有効性はベトナム戦争で散々実証済みだ。実に多くのアメリカ兵が、ジャングルの各所に設けられた落とし穴に落ち、下から突き出ていた竹槍で串刺しになったものだ。
『――現在敵集団は、細い迷路ゾーンを移動中だ』
続いて、人一人が通れるほどの幅で急造された、茅で壁を作った迷路ゾーンだ。こんな軟弱な壁、すぐに破られるんじゃないかと工兵隊長に言ったら「突入時にわざわざ壁を壊しながら一直線に進むバカはいません」と一笑に付された。
グズグズしていたらそれだけ敵に反撃される恐れがあるから、突入する側は1秒でも早く通り抜けたいと思うものだ――と言われ、士郎も得心したものだ。
案の定、敵兵たちは律義に一列になって、この迷路ゾーンを必死に走り抜けているのだという。
『――うわっと……これは……えっと、敵兵は迷路の角々でスリップして、多数が転倒してる。こりゃなんだ……油か何かか……?』
要するに、迷路だから先が見通せなくて、角を曲がった途端に地面に油のようなものが撒かれていたことに気づかなかったのだろう。
『――からの……うわ……火だ! 油まみれの敵兵に火がついてるぞ!』
どうやって着火したのか知らないが、これはセンサーかなんかでライターのスイッチを入れたか何かしたのだろう。小学校高学年なら作れる夏休みの工作レベルだ。
「ウズメさま、これこのままでも十分何とかなるんじゃないですか? 驚いた――こんなに上手くいくなんて……」
だが、ウズメはあくまで慎重だった。
「いや――この手の仕掛けは、最初の数人にしか効かぬのだ。後続は前の兵士たちの犠牲を見ておるからの……ただし、敵は相当慎重になったようじゃの」
確かに、当初遮二無二突っ走っていた敵兵たちが、今は一歩一歩慎重に進むようになったようだ。こんなアナログなトラップでも、時間稼ぎには十分なるということだ。
だが、実を言うと敵兵は既に、この時点で士郎たちの待ち構える場所に肉薄していた。本物の城とは違い、ここ出雲大社は圧倒的に奥行きがない。しかも、高低差が殆どないのだ。
その高低差を生み出すため、工兵隊はわざわざここに『
しかし、いくら“堀”といったって、たかだか地面を数メートル掘っただけだ。こんなので果たして、工兵隊長の言うように「有効な防御」になるのだろうか!?
すると、ドローン代わりに敵兵にピタリと貼り付いていた久遠がトンッと戻ってくる。
「――いやいや、凄いぞこのトラップは……あれを見てしまうと、私はここを攻める気にはなれん」
戻るや否や、久遠は興奮気味にまくしたてた。
「そんなにか!?」
「あぁ、爆発物など何も使っておらんのに、敵は大慌てだったぞ!」
士郎は、傍にいる
「本番はここからじゃの。まずは工兵隊長の思惑通り、やってみるとするか」
「はぁ、でもこんなもので本当に効くのかなぁ」
未来は懐疑的だ。歴史マニアの士郎ですら、半信半疑だった。昔の武勇伝というのは、得てして誇張が多い。
「ほれ、悩んでおる暇はないぞ。敵兵どもが次々に堀に飛び込んできおった」
ウズメの言う通り、迷路ゾーンを抜けた敵兵たちが一歩足を踏み出した途端、そこに在るはずの地面が深く削り取られているせいで、次々に堀に落ちていく。ここでも茅葺の貧弱な壁が、十分効果を発揮していた。見通しが悪くて、この空堀が待ち構えていることに気付かないのだ。
まぁ、とは言っても堀の深さはたかだか2、3メートルだ。脚を挫いたらしい者が数名いたようだが、大半はすぐに立ち上がり、銃を構えてじわじわと対岸――つまり士郎たちの方に近付いてくる。
逆に士郎たちは、数メートル高い位置から堀の底を歩いてくる敵兵たちを見下ろすかたちになった。
なるほどこれは――!
「ホレッ! 一気に狙い撃つのじゃ!」
工兵隊長曰く、ここからならライフルでいくら撃ってもいいそうだ。高い位置から地面を掘った下方に向けて撃つから、流れ弾が他の社殿を傷つけることもない。しかも、銃を突き出すのはいわゆる『狭間』と呼ばれる銃眼だ。これは、手前の方、つまり士郎たち銃手のほうは非常に狭い穴しか開いてなくて、ライフルの銃身をようやく突き出せる程度の隙間しかない代わりに、外側――つまり敵側の壁穴は広くなっているから、自由に銃身の角度を変えられる。要は、円錐形の穴が敵側の方に向かって開いている、と考えてもらえばいい。
ちなみにその『狭間』がくり抜いてある壁は、工兵隊長曰く“何やら秘密の素材”が塗り込んであって、ビックリするほど強度が高い。「急ごしらえで無理矢理乾燥させたから、少々脆いかもしれません」と言っていたが、なかなかどうして、さっきから敵のライフルなど簡単に弾き返している。日本の城郭特有の『油壁』というそうだ。気のせいか、さっきからお米を炊いたようないい香りが壁から漂っている。
士郎たちはここぞとばかり、堀底の敵兵たちに銃弾を雨あられと降り注いだ。隙間は殆ど開いていないから、完全に無視界射撃だ。だが、敵兵は限られた範囲にしかいないから、とにかく撃てば誰かに当たる。堀底は、あっという間に凄惨な屠殺場となった。
すると突然、ダァァァァァン――と大きな衝撃が広がる。
「ぐはぁッ!!」「ゲホっ!!」
油壁が、めりッと嫌な音を立てた。ロケット弾か!?
この一撃で、だがほんの束の間、士郎たちの弾幕が途切れる。その一瞬の隙をついて、敵兵たちがこちら側の壁の直下まで走り込んできてしまった。
「それッ! 今こそアレの出番だッ!!」
士郎が叫ぶ。すると久遠が、給食係みたいになって大きな鍋を運んできた。ご丁寧に、両手には可愛らしい鍋掴みまで嵌めている。
「――い、いいのかっ!?」
「構わんッ! いけッ!!」
それを聞いて、久遠はその大鍋を目の前の壁前――下の方にスリットのような穴が開けてある――にぶちまけた。
通称『石落とし』――
戦国の城には大抵ついている、かなりメジャーな仕掛けだ。普通は石垣のすぐ上の壁の部分に、下向きに排気口のように穴が開いている。石垣や壁をよじ登ってくる敵兵に向かって、中から「石」とか「油」とか、いろんなものを落としたり、ぶちまけたりするのだ。もちろん、槍を突き出して敵兵を上から突いたりもする。
だが今回、久遠がぶちまけたのは、なんと熱々の「お粥」だった。
すると、突然下の方から、敵兵の絶叫が聞こえてきた。頭から熱々のお粥を被り、ドロドロの半固形物がそのまま皮膚や服の中にべしゃりと広がったのだ。なるほど……これだとなかなかはたき落とせないから、却って熱湯や油よりも
敵兵たちは、いったい自分たちが何をぶっかけられたのか分からないまま、お粥の熱さに絶叫し、悶絶しながら飛び退いていく。
士郎は改めて、日本の城郭の守備の固さに舌を巻いた。今回襲撃してきたのは敵の特殊部隊だ。当然ライフルやらサブマシンガン、果ては手榴弾やロケット砲を装備した連中である。そんな彼らが、こんなに手を焼いているのだ。その昔――戦国の世の、まだ刀や槍、弓矢で戦っていた時代なら、十分に持ち堪えることができただろう。数百年前のご先祖さまたちに感謝しなければ――そう思った矢先だった。
ガキュゴキュガギャアァァ――!!!!
突然、石落としを設置してあるこちらの壁の一角が、滅茶苦茶な音を立てて弾け飛んだ。と同時に――
ダララララララララッ!!!
ダラララララララララララッ――!!!!
途轍もない破壊音が辺り一帯に響き渡る。士郎が叫んだ。
「――くそッ!! ありゃあいくら何でも無理だッ!!」
敵の重機関砲だった。あんなもの、一体いつの間に持ち込んだのだ!?
敵も、このままでは埒が明かないと見たのだろう。戦車の装甲も紙キレのように引き裂く重機関砲を持ち出してきて、これで壁ごとブチ破ろうというわけか。
実際、撃ち込まれるたびに壁がメキメキと崩れていく。さしもの油壁もこれには抗しきれず、次第に大穴が開いていく。士郎たちのいる建物内に、濛々と硝煙が流れ込んできた。
「それッ! 今じゃ! 例のアレを!」
ウズメさまが一喝する。ハッと気づいた未来と久遠が、こぶし大の白い塊を敵部隊の方に投げ込んだ。その途端――
辺り一帯が露出オーバーの白飛び写真のように明るくなったかと思うと、ふっ――
と静まり返る。それだけではない。今までそこにいたはずの数十人の敵兵が、突如として消え失せた。空堀は突然、無人となったのだ。嘘のような静寂が、辺りを包み込む。
「――あ……アレ?」
士郎が思わず声を上げた。未来も、久遠も、一様に驚いた様子で空堀とウズメさまを交互に見比べる。
「ど……どうなっているのだ!?」
「え……みんなどっかに飛ばされたってこと……!?」
「――いかにも! さっきおぬしたち、1個ずつ餅を投げとったのう!?」
「あ――はい、私と、久遠ちゃんで1個ずつ……」
「ならば、連中は二手に分かれていずこかへ飛んでいったのであろう」
「いずこかって……いったいどこへ!?」
士郎が思わず割って入る。これが先ほどウズメが言っていた「次元移動」という仕掛けなのか!?
「――しかし、2個いっぺんに投げるとは思わんかったわい。ありゃあ無茶苦茶になっておるやもしれん」
「無茶苦茶って……いったい――」
だが、ウズメの言っていたことはすぐに目の前で明らかになる。
カァァァ――――
突如として、再び目の前に大閃光が迸った。と同時に、何やら人影が浮かび上がる。すると、閃光が不意に収まった。と同時に、人影が徐々にその輪郭を露わにする。それを見た士郎が思わず呟いた。
「――こ、これは……確かに無茶苦茶だ――」
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