第307話 ルーツ(DAY6-4)
そこそこの大部隊を率いて、一路福岡から出雲に向かう車列。
拙速を旨とせよ――との四ノ宮の指示に従い、士郎たち装輪装甲車部隊は中国山地を斜めに横断する国道54号線にルートを取り、広島県北東部にある三次市付近を移動中であった。
そこに突然飛んできたのが宮内庁書陵部に所属する真面目公務員、咲田広美だ。
連絡用の小型マグレブからてるてる坊主のように吊り下げられ、半ば強引に士郎たちの指揮通信車に乗り込んできたのである。
そんな彼女の正体は、日本国政府が長年ひた隠しにしてきた本当の日本国統治機構『朝廷』に仕える『
それは、平たく言うと「巫女さん」のことだ。
一般的に巫女と言えば神社で奉仕する女性のことを指すが、彼女の場合はもう少し責任が重い。その主たる役割は「皇統を霊的に守護する
咲田広美に対する朝廷の信認は厚く、信じがたいことだが日本国統治の正統性を示す「三種の神器」――といってもそのレプリカだが――を取り扱うことが許されている。
ただ「レプリカ」と言ってもその本来の機能は本物とそう変わるものではないらしい。現にそれは、仁徳天皇陵地下にあった謎の
今回士郎たち国防軍が、
その咲田広美が自ら語ったのだ。「
「さ、咲田さん……オオクニヌシって……もしそれを本気で言っているのだとしても、幽世を治めていたのは数千年前なんじゃないのか? お墓参りでもするつもりなのか!?」
「違います! 数千年前から、治めていらっしゃるのです。言葉は正確に使ってください」
どちらかというとベビーフェイスの広美は、いかにも小さな少女がプンスカするが如く、士郎たちを見上げる。これでも士郎とほぼ同い年なのであるが……
「いやいや、広美ちゃん、その言い方だと、今でもオオクニヌシさまがご存命のように聞こえてしまうではないか!?」
久遠が、宥めるように言い聞かせる。すると、広美はキッと彼女を睨みつけた。
「――ですから、さっきからそう言っているではありませんか! 私は、ヌシさまにお会いするためにわざわざ次元通路を越えてきたのですよ!?」
「はぁ……!?」
どうも先ほどから話が噛み合わない。士郎は何とか彼女の言葉を理解しようと頭をひねる。
そうか――
要するに、こちらの幽世には、広美たち朝廷がかねてより認知していた別の王権――というか「統治機構」が今も存在しているのだろう。
そして、彼女の言う「ヌシさま」というのは、もしかしたら初代オオクニヌシノミコトの血統を引き継ぐ「現在の王」のことを指しているのかもしれない。ほら、歌舞伎の世界でもあるではないか。同じ名前を代々引き継ぐ、いわゆる「襲名制」のような――
だとしたら、彼女が言っていることも分からなくはない。
幽世の統治者はおそらく、いつの時代でも「ヌシさま」と呼ばれるのだ。彼女はこの国難に際し、現世の統治者である陛下の親書か何かを携えてきたのだろう。だが――
「――いや、どうも腑に落ちん……もしかして――」
叶が割って入った。
「――もしかして広美ちゃん、その……“ヌシさま”ってのは、本当にその……ご本人……なのかい!?」
「は――!? まさか――」
士郎が話を叩き折った。叶はいったい何を言い出すのだ。いくら何でもそんなわけ――
「ふ、ふん……ようやく理解しましたか!? こんなことでもなければ、あなたたちがヌシさまに拝謁を賜るなんてあり得ないのですからね……粗相のないようにお願いいます」
え、えぇぇぇぇぇ――――!!??
「ちょちょちょちょッ!! 私、広美ちゃんが何言っているのか理解できない」
くるみが困惑した表情で彼女を見つめ返す。
そりゃそうだ。皇祖である神武天皇が即位した時――それは紀元前660年とされている――から数えたとしても、既に今年は皇紀2749年だ。大国主命はそれより遥か以前よりおわしたということを考えると、どんなに控えめに見積もっても今年あたりざっと3,000歳くらいということになる。
そのことに気付いた“
「えっと……咲田さん、オオクニヌシさまは実在の方……ということでいいんでしょうか?」
「そのとおりです。私もまだお目にかかったことはありませんが」
「こ……古事記に書かれたあの、大国主命さまのことですよ?」
未来も、どうやら士郎と同じ解釈をしていたようだ。だから、初代かどうかを訊いているのだ。
「えぇ――皆さんもしかして、私が申しあげているヌシさまのこと、歌舞伎役者の襲名のようなものだとか考えているのではないでしょうね!?」
ぎくっ――
「えっ? 違うんですか!? 私てっきり――」
素直な未来は、思わず口に出す。やはり彼女も、自分と同じ解釈をしていたらしい。ここに至り、他のオメガたちは既に「わけわかんない」と言った表情で、話についていくのを半ば諦めている。
「ほぅ、それは実に興味深い。ヌシさまは実在の人物で、そして実に3,000年以上に亘って幽世を治めていらっしゃるわけだ……」
叶の目が爛々と輝き始めた。久々に、科学者モードだ。
「あぁ……そういうことですか……」
広美がふと、何かを理解したかのように呟いた。
「ん? 何がそういうことなんだい!?」
「――ゴホン……皆さんはどうやら、幽世について根本的なことを理解されていないようです」
「根本的なこと!?」
「そうです。この二つの世界では、時間の概念が異なるのです」
「え……!?」
広美の思わぬ指摘に、一同はますます困惑の度合いを深める。
「じ……時間の概念が異なるって……」
「お忘れですか? ここは五次元の世界です」
「はぁ……」
「私たちの現世は、何次元の世界ですか?」
「――えっと、三次元だよ!」
「そう――縦、横、奥行きという三つの次元の概念が司る世界……私たちはその三つのベクトルを自由自在に行き来できる……なぜなら、私たちはその三次元世界の住人だからです」
「まぁ、そうですね……」
「では、四次元の世界とは!? その三つの次元に、何が加わります?」
「時間――ですよね?」
未来が答える。不老不死である彼女の人生はまさしく、その「時間」に拘束されない。
「そのとおりです。つまり、四次元世界の住人は、その『時間』さえ自由自在に行き来できる――」
「あっ!!」
「――お気づきになりましたか? つまりここ、五次元世界においても『時間』というのは自由に操れるベクトルなのです」
「そ、そうか! だから大国主命は歳を取らないんだ!?」
士郎は思わず叫んでしまう。確かに、言われてみればそのとおりだ。この幽世とは、次元の位置付けでいうと「五次元」と見做されている。“時間”どころか、もうひとつ上の次元すら自在に操ることのできる世界なのだ。その次元とはいったい――
だが、広美の声が士郎の思考を遮った。
「――厳密に言うと、歳を取らないわけではありません。生物ですから、当然寿命がある。別に、時間を自由に行き来できると言っても、昨日に戻ったからと言って、自分の肉体も昨日の段階まで巻き戻されるわけではないのです。時を旅する時、自分自身はあくまで客観的な観察者に過ぎません」
「え? そ、それが……タイムトラベルの本当の概念……」
「そうです。自分自身の時間は、既に消費してしまっているのです。映像データを巻き戻すが如く、すべてが巻き戻っていたのでは、世界はいつまで経っても明日に進めません」
一同は声を失う。自由自在に時間を遡って、人生をやり直す――というのは出来ないということか。確かに「死んだ人がその原因を取り除かれて生き返ってしまったら」世界は矛盾だらけになってしまう。
つまり――この五次元世界では、タイムパラドクスはそもそも起こり得ないのだ!
「ただその代わり……老化――いえ、生物としての機能低下は比較的自在に操ることができます」
「それって……」
「えぇ、それこそが五次元目のベクトルです。こちらの世界の人たちの中で高位存在の方は、その辺りを自分自身の意思でハンドリングできる……」
「えと、物理的存在を……思念で操れる、ということですか!?」
「――ざっくり言うとそういうことです。あるべき姿に、自分の意思でなれるのです」
そう言うと広美は、未来の顔を覗き見た。
「ここにもお一人、いらっしゃるではありませんか!? 未来さんの異能も……原理は同じだと思いますよ」
――――!!!!
「「「「え……えぇぇぇッッッ―――!!!?」」」」
唐突に出たその言葉に、一同はのけぞらんばかりに驚く。
「え? えっ……!?」
皆の驚愕の視線を一身に受け、ひとり未来だけが困惑してキョドる。
「――ちょ、ちょっと待ってくださいよ広美ちゃん、てことはつまり――」
「あばばばばば――」
あまりの話に、叶が思わず広美に飛びつき、その両腕をガシっと掴んで前後に揺する。
「……あぅ……ひゃ、ひゃい……未来さんにも、幽世の血筋が入っている可能性が――」
「マジで!?」
「うそでしょ……」
ざわめきが、車内に充満した。あまりに話が急すぎて、皆の思考が追い付いていないのだ。広美が叶の手をやんわりと振り払い、ようやく居住まいを正す。
「――げふん……そもそも、未来さんの苗字――
「……えと……はい……」
未来が、戸惑いながら同意する。
「――日本人の苗字というのは……こう言ってはなんですが、明治期になって慌てて取ってつけたような方々と、そもそも由緒正しく代々名乗ってこられた方々の、二種類があります」
「あぁ……まぁ、そうですね」
歴史マニアの士郎が同意する。
別に血統主義とか、権門主義を言い出すつもりはない。それはただ単に、そして純粋に「学術的事実」なのだ。
日本にもその昔、身分制度があった。それは俗に「士農工商」などと呼ばれるが、この中で「名字帯刀」が許されていたのは、一番上の「士」族すなわち侍身分だけである。
ちなみにこの身分制度の外にあったのが、皇族や貴族階級、そして神官だ。彼らはもともと「士族」などとは住む世界の違う、高貴な存在であるから、当然のことながら最初から姓を持ち、官位も持っていた。むしろ士族に苗字を授けたのは、もともと彼らなのである。
で、それら士族以上の身分を持っていた者たちの苗字は、古文書や郷土史の中にもその名前が出てくるような連中であり、一族の出自なども辿りやすい。
翻って、先ほどの身分制度において「農工商」に属していた大半の日本人は、明治になってようやく苗字を名乗ることが許された。もちろん一部の豪商や豪農は、それよりも以前から苗字を名乗っていた場合もあるが、それはあくまで、近世になって貨幣経済が興隆していくなかで、武士の権威が相対的に失われていったために生じた例外事項である。
要するに、そういう連中は「カネで苗字を買った」のだ。
「――神代未来さん……」
広美があらためて彼女の姓名を呼ぶ。
「は、はい……」
「苗字に“神”の字が入っているくらいですから、あなた平民の出ではありませんね?」
「よ、よく分かりません……」
「まぁ……いいでしょう。日本人の苗字の成り立ちというのは極めて複雑・多様で、世間に流布しているルーツ俗説には誤りも非常に多い――ですから、たとえばネットで検索して出てきた情報を鵜呑みにするのは避けた方がいいのですが……少なくとも『神』の字を戴いている苗字はシンプルです。読んで字のごとく、何らかの神仕えの血筋だったことが多い」
「――そうなんですか?」
未来はかつて高校生の時に柏崎刈羽原発のテロ事件に巻き込まれ、以来家族と音信不通なのだ。自分の家のルーツなんて、そもそも聞く機会などなかったであろう。
ちなみに現在その家族は、行政上「死亡者扱い」となっている。原発テロに遭った地域の行方不明者は、大抵そんな扱いだ。
「――そして、我が国ではかつて神官は世襲制でした。何の由縁もない者が神職につけるようになったのは、第二次大戦が終わって“職業選択の自由”が社会の建前になって以降です。それ以前は、その辺の一般人が神職になるなど考えられなかった……」
「へぇ……神主さんって、その辺のオジサンがやってるわけじゃなかったんだ……」
「もちろんです。巫女だって、今でこそ高校生のアルバイト感覚でお正月に奉仕する方も多くいらっしゃいますが、昔は巫女装束に袖を通すには、相当厳しい条件をクリアしなければならなかった……」
「ほぇー……でも巫女さんの衣装ってカワイイよねぇ……私ぜったい巫女さんバイト、やってみたいもん! 今の時代に生まれてて良かったぁ」
確かに楪が巫女衣装になったら、相当カワイイと思われた。個人的な印象としては、久遠もなかなか似合いそうである。
「いずれにせよ、かつて神に仕えていた身分の方々は、皇統にも近い存在であったと思われるのです。そして昔は、現世と幽世の人材交換が頻繁に行われていた――」
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