第303話 辺境の落日(DAY5-21)
何度もいうが、朝鮮半島は世界の覇権争いにおいては“辺境”である。
日米vs中国という、シーパワーとランドパワーの激突の構図における主戦場は、あくまで「第一列島線」だ。日米は中国海軍を東シナ海と南シナ海に封じ込め、これを完膚なきまでに殲滅する。
その戦いに臨むブルーチームの諸国家は、日米以外では台湾と、フィリピン・インドネシアなどASEAN諸国。これに豪州やニュージーランドが加わる。戦後のおこぼれにあずかろうと英仏加などが極東に艦隊を派遣してきたのはご愛嬌だ。
安倍政権になってから急速に進んだインドとの連携は、もちろん中国を後方から牽制する不可欠の戦略だ。
そんな戦線のどこに、朝鮮半島が入ってくる隙間があるだろうか!?
もちろん、半島には半島の役割があった。先鋭化する独裁国家、北朝鮮に睨みを利かし、決戦の際に余計な手出しをしないよう牽制する。
だがそれも、米朝の直接対話によって「米国が北朝鮮の体制保障をする代わりに中国との争いに口を出さない」という確約さえ取れれば、取り立てて脅威になることはない。
この時点で韓国は「不要」になったのだ。ただし「黄海」という中国の内海で、韓国がそれなりに中国艦隊を牽制してくれれば、それはそれでありがたい話だったのだが、韓国海軍はそれさえも覚束ない素人集団であった。
何せ38度線で北朝鮮と睨み合うのが存在理由であったはずの韓国軍は、なぜか日本を仮想敵国として次々に役に立たない軍備拡張を繰り返し、挙句の果てにそれらをロクに運用できない醜態を曝け出していたのである。
その代表的な例が“劣化版イージス艦”だ。
彼らのそれは、肝心の日米とデータリンクしていない。データリンクしていないから、イージス艦の本来の任務である高度な情報処理と射撃指揮システムが機能していないのである。
もちろん衛星など1基も所有していないから、韓国独自の指揮通信網が構築できるわけでもない。挙句、火器管制もロクにできないから、自艦の兵装で自分の甲板を撃ち抜くなどという離れ業もやってのけるし、艤装の未熟さから主機に海水が浸水して航行不能となり、洋上を漂流するなどという斜め上のオチをつけてくれたりする。
数百年の歴史を誇る外洋海軍国である日米が、こんなポンコツ海軍を当てにするわけがない。
韓国軍の無能ぶりは、陸軍や空軍にも及ぶ。2010年、北朝鮮が韓国の
他にもある。韓国陸軍は常備22個師団50万人、予備役も入れると400万に近い大陸軍を有していると豪語していたが、2,000輌以上も所有する戦車はその半数が旧式で、残る“新鋭戦車”もそのパワーパックを国産化することができず、実は平地でしか走行できない。
空軍も酷い有様だ。
韓国空軍は主力戦闘機としてF-15Kを計59機所有していたが、その実際の稼働率は30パーセント以下であった。もともと米国から劣化版を提供された韓国空軍だが、禁じられたブラックボックスを開封しようとしたことがバレて正規の整備を受けられなくなり、以来別の機体から部品を持ってきて充当するといういわゆる「共喰い整備」が横行していたのである。
それになぜか、陸続きの隣国である北朝鮮が主敵であるにも関わらず、高い金を出して空中給油機――しかも米国に売ってもらえなくて仏製エアバスだ――を導入。これが原因で肝心の正面装備に回す経費が捻出できないという自家撞着に陥っていた。これは、日本に対抗したいという虚栄心からハリボテイージス艦を導入した海軍と同じ発想だ。
さて、ここまで意味不明の国防戦略――と呼んでいいかどうかすら怪しいが――を取り続ける韓国を、とうとう日米が見限ったのが2019年のことだ。
韓国が“禁止されている戦略物資”を北朝鮮に横流ししたことに端を発する日本の輸出管理強化策により、韓国経済は大混乱に陥ったのだ。もちろん米国も、その売り上げが韓国GDPの2割を占めるというサムスン財閥を標的として、韓国経済を締め付けるさまざまな施策を冷徹に遂行した。米国の懲罰的政策は、直接的には韓国が日米韓で締結していた
実はこの時点で、在韓米軍の撤退は既定方針であった。来るべき対中国決戦の環に加わろうとしない韓国――すなわち「シーパワー陣営の戦略に役立たない辺境国家」――を、高いコストとリスクを抱えてこれ以上保護する理由は、1ミリもなかったのである。
結果として韓国は見る間に衰退し、世界経済においてもただのお荷物国家となった。だが、それすらも日米のシナリオ通りであった。
損切りをする際は、徹底的に焦土化する必要があったからだ。日米が投資して近代国家の基礎を築き上げた韓国を、むざむざ無傷でレッドチームに譲り渡すなど、あり得なかったからである。
韓国が北朝鮮に吸収されたのは、それから数年後のことだ。
かつて宗主国中国の苛烈な圧政のくびきから逃れ、自由主義陣営に与して新しい生き方を始めたと思われたこの国は、40年も経たないうちに再び世界の最貧地域に落ちぶれた。
統一を果たした北朝鮮と韓国が、本当の意味で滅亡したのは、米中戦争後に勃発した「日朝戦争」の結果である。日本は、徹底的に朝鮮半島を焦土化した。そのうえで、戦後の復興を一切拒み、この地を更地のまま無主の地にすることを望んだ。
莫大なカネと労力をかけて復興したところで、どうせまた反日を国是とする新しいカルト国家が誕生するだけだと踏んだのだ。そんなことで苦労するくらいなら、中国と直接対峙した方がよっぽどマシだった。
元宗主国である中国が斃れ、日本が支援しない以上、他の諸国家がこの地域を復興する義理も名分もない。そもそも、そのコストに見合った対価が得られるとは到底思えない。こうして半島は、見渡す限り瓦礫と荒野が続く、地獄の原野に戻っていったのである。
それはあたかも、自分が育てた不肖の息子を親の責任で処断するかのような――そんな悔悟と憂鬱に満ちた物語であった。
「――やぁ、
突然、地下壕の扉が開き、
「これはこれは……
扉の前に立っていたのは、中肉中背――よりかは少し太めに寄っている、歳の頃60代と思われる恰幅の良い高級将校だった。
その面貌は丸顔にして額は禿げ上がり、オールバックの短めの髪は染めているのか真っ黒だ。瞼は腫れぼったく、眉は頭頂部と同様殆ど生えていない様子が、いかにも強面でいかつい雰囲気を醸し出している。
その薄い唇がさらに動いた。
「――いえ、実は九州の軍需施設が日本軍にやられましてな……いかがしたものかと……」
その言葉に、李軍の眉がピクリと動いた。
「日本軍……それはもしや、別世界から来た日本軍のことですか!?」
「えぇ、その通りです。奴らは少人数の特殊部隊で我が工場中枢部を襲い、守備隊の大半を虫けらの如く潰した挙句、最終的には建物を爆破してしまったのです」
「なんと……」
李軍は白々しく驚いてみせた。実際は既に承知している情報だ。なにせ李軍が先ほどから苛立っていたのは、まさにそれが原因だからだ。
「それでその……」
「――なんとかあの連中を屠る方法がありませんかな……なにせ恐ろしいほどに手強いのです」
「ほう……ソイツらはいったいどんな連中なのです?」
「はぁ、報告によりますと、なんと女兵士らしく――」
「まさか――」
黄がたまらず口を挟んだ。恐るべき戦闘力を誇る日本軍の女性兵士部隊といえば、アイツらしかいない。
「……オメガ……」
李軍が呟いた。
「……は? おめ……何ですかな?」
「オメガ――と連中が呼んでいる特務兵たちです。常識では考えられないような極めて高い戦闘力を持つ、忌々しい連中ですよ」
困惑した朱の問いかけに、李軍は苦虫を噛み潰したような顔で応じる。
やはり連中が来ていたか……これはますますヤバい状況だ――
「――そ、そんな連中が……それは、閣下のお知恵でなんとかならないものでしょうか?」
「ふむ……」
李軍とて、ただ手をこまぬいているわけではない。だが奴らは別格だ。何せ秘蔵のクリーですら、あの連中に倒され、それどころか捕虜とされ連れ去られたのである。
李と黄は、あのときハルビンで遭遇した恐ろしい情景を思い出して、ブルっと身震いした。
軍団司令部にいた北京親衛隊は恐らく全滅しただろう。それもただの全滅ではない。あの空間にいた連中は、それこそ分子レベルにまで粉々にされたはずなのだ。
二人が生還できたのは、たまたま建物の崩壊で出来た地下大空洞に偶然落ちたからに他ならない。あの空間異常が地表面から上の空間だけを対象にしていたことが、彼らにとっては奇跡的な幸運だったのだ。
「――朱上将……それには少し考える時間をいただきたい……奴らは空間を操るのです。一筋縄ではいきません……」
李軍は勿体を付けるように厳かに言った。
「そ、そうですか……だが、日本軍はどうやら列島全域で大反抗作戦を企てているようです。既にトーキョーは大規模空爆に晒され、その他の主要都市も一斉蜂起した反乱軍によって次々に削り取られている……一刻の猶予もならんというのが現状です」
上将はそう言って顔を蒼ざめさせる。
「――どれくらいなら持ち堪えられます?」
「え……」
「上将の兵士たちは、どれくらいなら日本軍の反抗作戦を押し留められますか?」
李軍はなるべく苛つかないように、穏やかな口調を心がけた。本音で言えば、李軍自体も「そろそろ潮時か!?」と思い始めていたのである。
もともとこうやって並行世界の人民解放軍を焚きつけたのは、その数百万と言われる圧倒的物量をもって、元の世界の軍事的劣勢を一気に撥ね返すことを企図したからだ。
もとより、華龍の戦力をアテにしていた北京は、上海の側背を衝いて一気に形勢逆転を図ろうとしていたのだが、穏健派の張のせいでその企みは遅々として進まず、挙句こちらの油断を衝かれてしまったというのが今回の顛末なのだ。
神代
あんな小娘に気を取られて、あの男は足元を掬われたのだ。これを祖国に対する裏切りと言わずして何と言うのだ……
そんなアテにならない軍団長を失脚させ、華龍発足当初の武闘派集団を復活させる――
李軍が北京親衛隊をハルビンに引き入れたのは、溢れんばかりの祖国愛に他ならなかったのだ。
そしてその目論見は、もう少しで完成するところであった。それなのに――
そんな李軍を、黄は醒めた目で見守っていた。
彼は、自分の主人が腹の底でなにやら都合のいい理屈――美しい愛国者物語を創った挙句に、そのストーリーに酔っている様を見て、辟易としていたのだ。
あんたはどのように自分を正当化しているのか知らないが、今回の件はすべて自分の科学的探究心を満たすために邪魔者を消そうとしただけなんだよ……そして見事にブーメランを喰らい、日本軍
黄は、ハルビンから命からがら逃亡した後、李軍が行った禁忌の実験の記憶を思い起こしていた。
あのドラヴィダ族の辟邪は、もう少しで精神崩壊を引き起こすところだったではないか!?
それに――
黄は、コイツら並行世界の人民解放軍が、まるで野盗か山賊の如く上海市民を蹂躙していくさまを思い出していた。
コイツらはケダモノだ。無抵抗の非戦闘員を次々に捕まえては男を虐殺し、女は犯した後虐殺する。つまり、どっちみち殺すということだ。もちろん子供や老人にも容赦ない。
そりゃあ、科学者の黄にだって、戦場が無慈悲であることくらい知っているが、それにしたってアレはやり過ぎだ。
上海は恐怖の坩堝と化した。そりゃあ確かに、一時は勝利したかもしれないが、あのやり方は絶対に世界各国の最大級の怒りを買っているはずなのだ。
それはやがて、我々を殲滅する直接的なきっかけとなる。そうなったら、世界を相手に最終決戦に臨まなければならないのだ。それとも先生は、コイツら並行世界の人民解放軍を、そのまま私たちの世界に常駐させるつもりなのか――!?
だが朱上将だって、自分たちの足許に火がつけば、絶対に兵を引き揚げると言い出すだろう。そうなったら、元の世界に残るのは、憎悪に満ちた西側諸国の苛烈な報復以外にあり得ない……
だったら今が天王山だ。こちらの並行世界でなんとしてでも日本軍の反撃を叩き潰し、両方の次元世界を掌握するのだ。自分たちが生き残るには、もはやその方法しか残っていない――
先ほどから思案していた朱上将が、ようやくその口を開く。
「――そうですな……あと3日……それが限界です。72時間以内に形勢を逆転できないのであれば、御国に派遣している我が兵士たちを呼び戻すしかない……人海戦術で、奴らの進軍を止めるしか……」
人民解放軍の杜撰さは、次元を超えても健在であった。兵士は常に、肉の壁なのだ――
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