第16章 因果
第255話 ファンタジー兵器(DAY2-12)
「――もうッ! すっかり出遅れちまったじゃねーか!」
「んなこと言ったってそれは私らの責任じゃねーし!」
「どっちみち中尉は別動隊だから駆け付けてもすぐには会えないよー!」
「うるさいうるさいッ! 最後に合流できるんだから私は気にしなーいっ!」
神代
ハルビン攻略後は東トルキスタンに転進を命じられ、楼蘭の駐屯地にいた彼女たちであったが、このたびの日本本土奇襲攻撃にあたり急遽日本に向けて移動、ようやく反撃に間に合ったというわけだ。
車内でやいのやいの言っている間に、みるみる地表面が近付いてくる。
「――っと!
ゴォォォォォォォッ――!!!
彼女たちの駆る八〇式<改>自律型高機動多脚戦車131号の、8本の巨大な脚部の先端から、地表面に正対するように強力な噴射炎が立ち昇った。
濛々と土埃が舞い上がり、一気に視界が妨げられる。そのうっすらとした大気の中に、やはり美玲たちと同じような機体がガコンガコンと次々に強行着陸してきた。
「だぁぁぁッ! ようやく参上だぜーッ!!」
機関員の品妍が思わず叫ぶ。美玲は首筋に付けたマイクを指で圧迫する。
『オイオマエラ! 気合入ってるかぁ!?』
『『『『オォォォォッ――!!!』』』』
美玲――陳少尉は、れっきとした戦車隊隊長である。このたび楼蘭基地から多脚戦車5輌を引き連れ、直接輸送機で日本上空まで駆け付けてきたのだが、司令部から「第7師団と合流のうえ降下せよ」との命を受け、彼らが到着するまで半ばお預けを喰らって数時間空中待機していたのである。
だが、空域に第7師団を輸送する重輸送機が進入してきたと同時に、一足先に自分たちだけで降下してしまったというわけだ。
砲手兼通信員の詠晴が美玲を見上げる。
「隊長ぉ……なんか第7師団が怒鳴ってますぅ!」
「んぁ!? んなもんほっとけ!」
確かに無線機からは、第7師団の戦車隊隊長が何やら喚いている声が聞こえてくるが、とりあえず無視だ。この非常時にチンタラ待ってられるか!
一番槍は、チューチュー戦闘団がいただく!
『前進前進―ッ!』
美玲の号令とともに、5両の多脚戦車が動き出した。その姿はまるで巨大な蜘蛛のようで、漆黒の車体は地表から見上げると最頂部で優に7、8メートルに達するであろうか。小山が動いているような威圧感である。それは「鳥をも喰らう」と呼ばれる南米原産の世界最大級クモ「ゴライアス・バードイーター」にも喩えられる、まさに陸戦の王者とも呼べる存在だ。
「――ところで、狼旅団は今どこにいる!?」
「えっと……あぁ、タカチホ町役場跡と警察署、あと2か所に前線陣地作ってるよ」
「てことは――この辺がフロントラインだな! 品妍、座標K52地点を目指せ」
「アイ、マム!」
多脚戦車は、その8本脚を器用に動かして方向を変えると、まるで闘牛の牛のようにその前脚を地面に掛けた。他の4輌も、隊長車に倣う。
途端、その鋭い爪で地面を掻き切るかの如く、一団は猛烈な突進を始めた。
「――まもなく目標地点に到達!」
品妍が報告する。
当然だが、戦場に姿を現したその凶悪な姿を見つけた敵部隊から、激しい銃撃が始まった。だが、その堅牢な複合装甲は、そんな豆鉄砲のような敵の銃撃にはビクともしない。
そんな敵兵たちを蹴散らしながら、ほどなく彼女たちは所定の位置についた。
「――あれはなんだ!?」
天蓋ハッチを開けて、戦車の一番高いところから外を見回していた美玲が思わず呟く。
それを聞いていた詠晴が、照準モニターを拡大してクルクルと周囲を確認した。すぐに美玲が気にしたモノを見つける。
「あー、あれはどうみても戦車っすねぇ」
「戦車!」
「戦車っす! つまり――戦車戦上等って奴っすね!」
おぉ――!!
ほれ! やっぱり一番乗りして大正解だ。明らかに旧式だが、敵は戦車なぞ隠し持っていやがった。
ここは我が軍と敵軍がちょうどぶつかり合う最前線だ。今頃派手に戦闘を繰り広げているのかと思ったら、意外に膠着している様子だ。だが、背の高い美玲たち多脚戦車部隊は、その最前線のさらに後ろに控えている敵軍の状況が手に取るようにわかるのだ。
敵前線の後方には、まだまだ多数の部隊が控えている様子で、その集積エリアの一角に、昔ながらの形状をした戦車が十数輌、留置されているではないか!?
なぜ最前線に繰り出さないのか不明だが、戦線はどちらかというと我が軍の方が押し気味だ。そのうちあれらも前に出てくるだろう。
「温存してるんすかねぇ!?」
「うーむ……分からん」
「あれって、T-34っすよねぇ!?」
「だとしたら、相当年代モノだな」
「ま、いずれにしても
「――よし! 砲撃戦よーい!」
「アイアイ!」
美玲たちは、絶対の自信を持っていた。
多脚戦車は、今のところ陸戦の王者だ。特にこの八〇式<改>は、6本脚の弱点を改良し、関節可動部分の防御力を飛躍的に高めると同時に、どのような地形にも順応できるようその走破性能を格段に強化してある。しかも『
「
「では詠晴のタイミングで砲撃開始――他の車輛も隊長車初弾以降、自由発砲を認める。目標――敵戦車」
美玲の号令に合わせて、横一線に並んだ各車がそれぞれ砲撃態勢に入った。彼女も天蓋ハッチを閉め、車内に滑り落ちてくる。
「隊長、行くよ!?」
照準内の二つのレティクルが重なると、画面内のターゲットマークが赤く点灯し、同時にピーーーという信号音が鳴り渡った。
「はっしゃ――」
ビィィィィィ――――――ン!!!
彼女が言いかけた瞬間、何か猛烈なノイズが聞こえたかと思うと、空気が震えた。
と同時に、チューチュー号の車内が一気に暑くなる。
刹那――
ダァァァァァァァァン――――!!!!
巨大な爆発音が辺りに響き渡った。と同時に、ガガガガガが――という強烈な振動が彼女たちを襲う。
「な! なんだッ!? 何が起こったッ!?」
「わわッ!? 何ごとッ!?」
美玲が慌てて天蓋を開け、車外に上半身を突き出す。すると――
「――マジ!?」
「何? どうしたん?」
「うぉ……」
隣の多脚戦車が、大破していた。
8本ある巨大な脚のうち、5本が根元に近いところから切断され、中央の装甲殻部分には鋭い爪痕のようなものが付いていて、パックリと亀裂が入っていた。その隙間から、濛々と黒煙とオレンジ色の炎を噴き出している。
この様子だと、おそらく乗員は全員死亡だろう。
「隊長! 第二撃、来るよッ!」
照準モニターを監視していた詠晴が警告を発した。映像には、古めかしい敵戦車がその砲塔をこちらに向けて砲撃態勢に入っている様子が映し出されていた。
「――ってか、いったい奴ら何を撃ってきた!?」
美玲は直感的に猛烈な違和感を覚える。
そもそもあんな旧式の戦車、主砲口径もせいぜい85ミリ程度だろう。そんなものでこの多脚戦車を撃ったって、本来ならかすり傷ひとつ付けられるはずがないのだ。
だが、僚車は見ての通り大破炎上している。何がどうなっている――!?
「発砲炎!」
詠晴が叫ぶ。直後、天蓋から上半身を乗り出している美玲の視界に、信じられない光景が映り込んだ。
敵戦車の砲塔から、一条の大閃光が放たれたのである。
ビーム兵器だと――!!?
***
「うわわわッ!!?」
思わずその砲撃方向を振り返った音繰は、遥か数キロ先で何かが派手に爆発炎上する瞬間を目撃した。
あれは……日本軍の多脚戦車じゃないのか――!?
「おっしゃあ!!」
先ほどから音繰の会話に付き合っていた兵士が、その様子に思わず喜びの声を上げる。
「すげぇ! やっぱり戦車は強ぇぇな!」
「え? なんだこれ!?」
「何だっておめぇ――見たことねぇのかよ戦車砲!?」
兵士は、半分呆れるような顔つきで音繰を見る。
「え? 戦車砲……は……もちろんみ、見たことあるぜ……」
「だったら驚くことあんめぇ……いや、今見事に敵を仕留めた砲撃の腕には、確かに驚くしかねぇな!」
音繰は信じられなかった。
何が信じられないって、敵があの日本軍の多脚戦車を一発で仕留めたことだ。
あの砲弾はなんだ!?
あんなの見たことねぇ――というか、あれホントに砲弾か!? 光みたいなのが飛んでったような気がするが……え、曳光弾ってことなのか……!? それとも、砲弾の噴炎?
いずれにせよ、博物館級のポンコツ戦車だと思っていた目の前のこれが、たった一発で日本軍の多脚戦車を屠ったのは事実だった。先ほど着弾して派手に爆発していた戦車は、既に大破して地面にひっくり返っている。その様は、まさに死んだ蜘蛛がひっくり返っているような光景だ。
黒煙を噴き出すその戦車の周りを、他の多脚戦車が右往左往している様子が手に取るようにわかる。
すると、それまで目の前にじっと停まっていた十数輌のT-34(あるいはそのフルコピー中国製58式)が、一斉に動き出した。その履帯が、ガガガガガが――と重たそうに回転を始める。
「え、えっと! いやぁ! 凄ぇよな! そんで、今のはいったい何をぶっ放したんだ!?」
音繰は必死になって兵士に問いかける。いったいこのオンボロ戦車が何をしたのか知らないが、“地上戦最強”の呼び声高い日本軍の多脚戦車が、これほど簡単に大破させられたのだ。コイツはとんでもない危険なシロモノだ。早くその正体を突き止めなければ――!!
「何って……オマエもしかして……」
兵士が訝しむと、音繰は慌てて取り繕う。
「い、いや! その……どこ製の弾薬使ったのかなーって……」
苦しい言い訳である。だが幸い、兵士はそう深く考えなかったようだ。
「あぁ、弾薬って……お前もイマドキ珍しい言い方するんだな……あれは、確か九龍電子製のビームカートリッジさ。装填電力に比べて破壊力があるからな。コスパは一番だと思うぜ」
「へ、へぇー……」
ビームカートリッジだと!?
ということはつまり――先ほどの砲撃は「ビーム兵器」によるものだというのか!?
まさかとは思うが、あっちの世界の中国軍は、そんなものを兵器として実用化しているというのか!?
ビーム兵器なぞ、2089年の日本軍だって、まだ開発してないぜ――!!!
***
「――マズいです。実にマズい……」
敵陣へ潜入している音繰たちの目線カメラ、そして音声情報からは、とてもではないが信じられない情報が次々に飛び込んできていた。
「叶先生――!」
「はい……そのとおり……彼らはビーム兵器を実用化しています」
「ビーム兵器……」
「――正確には『荷電粒子砲』。極超高電力の粒子加速器によって電子や陽子などの荷電粒子を加速し、亜光速で射出する兵器です。大気中では一定距離まで飛翔すると急激に減衰し無力化するため、仮に高出力の電力を確保できたとしても、戦場での実用化の目途は立っていないとされています……」
稀代の天才科学者である叶の発言であるがゆえに、その説明にはものすごい重みがあった。彼が「作れない」と言ったら人類には作れないのだ。
それに、必要とされる電力は、最低でも10ギガワット――つまり100億ワット――とされており、そんなものたとえ原子力発電所を使ったとしても作り出すことはできない。
つまり、今目の前で使われたビーム兵器というのは、SFやアニメの世界でのみ使われる、完全にファンタジー兵器なのだ。2089年の人類には決して作り出すことのできない、オーバーテクノロジーだ。
そんなものが、1968年から来たという、古めかしい軍隊のポンコツ戦車から放たれるなんて――!?
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