第241話 占領計画(DAY1-5)
「……すると奴らは、そのレイラインと呼ばれる直線を構成する、全国の聖地を通じて出現した――というのかい?」
叶が、何かを思案しているような表情をしながら広美を見つめ返した。
「その通りです。ここでいう『聖地』と『レイライン』の関係というのは、いわば
「
四ノ宮が少し驚いたように訊き返す。
「えぇ、東洋医学で知られている鍼治療――これは、人間の身体に361箇所あるとされる、いわゆる『ツボ』を刺激することで、患部の症状を和らげようとするものですが……」
「うむ、私も昔何度か施術してもらった……」
「効果はいかがでしたか?」
「言うまでもない……とても楽になった」
「それはよかった……『鍼治療』というのは民間療法と思われがちですが、実は
「――その鍼治療とレイラインにどんな関係が?」
「鍼の概念においては、人間はいわゆる『経絡』と呼ばれるエネルギーの通り道を使って全身に栄養を行きわたらせると考えられています。そして『経穴』――いわゆるツボですね――というのは、その経絡の分岐点だったり合流点だったり終着点だったりするわけです。したがって、身体が不調を訴えた時、その
「地脈? 龍脈??」
「そうです。地脈にせよ龍脈にせよ、それは鍼の概念でいう『経絡』に当たるもの。大地にもエネルギーの流れがある、という考え方です。そして『経穴』いわゆる大地のツボに当てはまるのが、先ほどから何度か申しあげていますが、各地に散らばる『聖地』のことなのです」
「……なんと……」
「つまり、全国の聖地と呼ばれる場所は、いわば大地のツボなのです。人々がいつの頃からかこれらを“パワースポット”すなわち大地のエネルギーが得られる霊験あらたかな場所、と言い始めたのも不思議はありません」
四ノ宮はすっかり感心しているようだった。彼女自身、鍼治療で「楽になった」と言っていたから、その効能は経験的に十分実感があるのだろう。広美の説明は、相当説得力があったに違いない。
叶が軽く手を挙げて発言を求めてきた。
「広美ちゃん……じゃあ先ほどの『夏至ライン』というのは、その地脈だか龍脈だかに相当する、という理解でいいのかい?」
「まぁ、ざっくり言うとそういうことになります。この場合、先に大地のツボとなるべき地点が存在していて、そこに人々が意識を向けるべき何らかの目印がなかった場合のみ、神殿や象徴的な建築物が建立されたと言っていいでしょう。したがって、富士山などは山そのものが崇拝の対象でしたから、特別に何かが建っているわけではないのです」
「じゃ、じゃあ逆に……鹿島神宮も明治神宮も、伊勢神宮も……そこに建てられるべくして建立された、ということなのかい?」
「その通りです。特に神宮、神社などと呼ばれるものは、間違いなくそこがエネルギースポットだと分かっていて、意図的に大地に楔を打ち込むべく建てられているのです」
「――しかし……信じられない……本当に大地にエネルギーの流れなんてあるの?」
「ありませんよ!?」
一同は耳を疑った。
ここまで説明しておきながら、広美はレイラインという“大地のエネルギーの流れ”を一言の元に否定した。
いったい彼女は何が言いたいのだ!?
「――そんなものはありません」
「し、しかし……!」
「だって、“大地の
「じゃあ今までの説明はいったい何だったんだ!?」
広美は、そこに居た全員に優し気な笑顔を向けた。少しだけ口許に笑みを湛えている。
「……みなさん……誤解しないでください。確かに“大地のエネルギー”なんて存在しませんが、レイラインに意味がないとは一言も言っていないじゃありませんか……」
広美は、もう一度皆を見回した。
「レイラインとは、神々の作ったある種の
ガイド線!?
集積回路――!?
いったいどういうことだ!?
「――考えてもみてください。地球から8.6光年も彼方にあるシリウス星系人が
「それは、まぁ……何かしら照準というか……弾着観測のようなものがあったほうが狙い撃ちしやすいとは思うが……」
四ノ宮が、榴弾砲攻撃になぞらえてみる。
「そうでしょう? しかも、地球は惑星単体で考えても常に自転しているし、太陽系規模で考えても常に公転している……つまり、動く目標なのです。手動照準ならまだしも、余剰次元空間から狙い撃ちするということは、そのロックオン動作は完全に自動化されている……」
「つまり――地表に数百キロ、数千キロの規模で照準線というかガイド線を描くことによって、自動照準でも十分ターゲティングして……ロックオンできる、ということか」
「仰る通りです。レイラインというのは地球の大地に描かれたいわばエネルギー集積回路なのです。この線が地表に描かれることによって、アバウトに地球に向けて放出されたエネルギー体が、まるで雨どいを伝って水が一箇所に集まるように目標地点に集約されていくのです」
「だからレイラインにはエネルギーが流れている、と言われているのか……」
「……お分かりいただけましたか? レイラインを流れるのは、正確には『大地のエネルギー』ではありません。それは、神々が我々に向けて放ったエネルギー体の導線。『聖地』とは、その回路の結節点と呼んで差し支えないでしょう」
人々は、シリウス星系人――すなわち神々がこのような大仕掛けを大地に施していることなどもちろん知らない。だが恐らく歴史上、今まで何度もその集積回路を通じてエネルギーの奔流がここを通ったのだろう。
それが地球そのものの気の流れ、大地のエネルギーの通り道、と考えたとしても不思議ではない。だからこの“地脈”とか“龍脈”とかいう、古代より人々が感じてきた概念は、決して眉唾ものということではないのだ。むしろよくそのエネルギー体の流れを知覚したものだと驚くばかりだ。
惜しむらくはその正体が、星の人々が送り付けたエネルギー体であることを見抜けなかったことであろうか。だがそんなこと、地球外知的生命体の存在を知らない者に分かるわけがない。
一同はあらためて、こうした古代からの概念や思想、言い伝えなどが決して人間の思い付きや妄想ではないことを実感する。正確性には欠けるかもしれないが、やはり「火のない所に煙は立たぬ」のである。
「――さて、それでは話を元に戻しましょう。今回の敵の出現ポイントは、間違いなくその神々の集積回路における各結節点、すなわち『聖地』です」
「で、では――」
「先ほどは『夏至ライン』を例に挙げましたが、日本国内においてこの集積回路は出雲大社を起点とする線もあります」
「出雲大社から!?」
「そうです。真っ直ぐ東に線を伸ばしていただくと分かりますが、途中若狭湾を通って富士山頂に至ります」
「出雲も若狭湾も富士も……敵部隊が出現した場所だ……」
「えぇ、ですから一定の法則があると――これがどういうことか分かりますか?」
「えと……結局そのエネルギー体の流れはどこに行きつくのです?」
「言うまでもないじゃありませんか――大仙陵古墳の地下遺跡……日本で唯一稼働している
「――今回その装置にはロックが掛けられていた……」
「その通りです。つまり――」
「本来出現するつもりだった大仙陵古墳にゲートを開けられなくて、その途中の結節点から漏れ出してきた……」
「恐らくそうだと思います」
「じゃ、じゃあ敵は、本当は120万の軍勢を日本のど真ん中にまとめて出現させるつもりだったと……!?」
それを聞いた四ノ宮が、思わず呻いた。
「……日本を分断して、たとえば半分の60万の軍勢を東に進軍させ……一気に首都制圧を図ることだって出来た、ということか……」
「本当は、もっと多かったかもしれません……200万だったかも……でも、結節点一つ一つのエネルギー受容量は大きくないから、全部を吐き出し損ねている可能性が……」
あくまでそれは推定にしか過ぎないが……これが仮にすべて事実だとすれば、敵が考えていた計画のあまりの恐ろしさに震えが止まらない。
それはまさに日本という国家を滅ぼし、そこに住む人々を奴隷として支配することを目論む、悪魔の占領計画とでも呼べるものだった。
そしてそんな恐るべき計画の出鼻を挫いたのが、ここにいる咲田広美というたった一人の
そんな薄氷を踏むレベルで、辛うじて今、日本は独立を守っているのだ――
「咲田さん……何と言っていいか、その……」
四ノ宮が、なんとか彼女に自分の思いを伝えようと試みるが、適切な言葉が見つからない。
広美は、そんな指揮官にあらためて向き直った。
「――四ノ宮さん、お気持ちだけ、受け取っておきますね。私はこう見えても皇統をお守りする
「ですが……」
「むしろ、ここからは皆さん方兵士の出番です。今朝も申しあげた筈です。神々は、自ら立ち向かう者のみを助けるのだと……」
叶が言葉を継いだ。
「あぁ、ありがとう広美ちゃん! 今度おいしいスイーツでもご馳走するよ! さて――」
四ノ宮に比べ、叶は飄々としたものである。まぁ、このお気軽さに私は今まで何度も救われているわけだ……四ノ宮が心の中で苦笑する。
「広美ちゃんの説明を前提とすると、自ずと我々特戦群が向かうべき場所、というかやるべきことが決まってきたようだね!」
「と、いうと?」
参謀が先を促す。
「あぁ、簡単なことだよ。まず音信不通の九州地方だが、これは『夏至ライン』の最南端――高千穂地域に敵の出現ポイントがあると見て間違いないだろう」
「そうだな」
四ノ宮が同意する。広美も頷いている。
「次に、状況不明の関西エリアだが、ここはもしかして結界に守られているのではないかね?」
「結界――!?」
また新たな言葉が出てきたことで、四ノ宮が困惑する。だが、今回は叶も言葉の深追いをする気はないらしい。
「そう、結界。つまりは防護壁みたいなものだよ。大仙陵古墳がロックされているということは、そこから一定の範囲内は敵の出現自体を拒むようなプロトコルになっているのだろう?」
その言葉に、今度は広美が少々驚いた様子で反応する。
「そ……そうですね……確証を持っているわけではありませんが、現在関西地方の状況が一切不明なのは、何らかの時空結界によって周囲と切り離されているからかもしれない、と思っていました……」
「――ど、どういうことだ」
「まぁ、ひとまず関西は安全、ってことだよ。この件はまたあらためて整理しよう。つまり――」
叶は、まるでそれが最終決定であるかのように、その場にいる全員を見渡した。
「オメガ特戦群が出撃すべきポイントは、九州の高千穂地方だ。そこでは今この瞬間にも、敵後続部隊が続々と出現している可能性がある。第5軍が恐らく壊滅しているのもそれが理由だ。首都圏は幸い敵のボリュームも少ないし、最精鋭の第1軍が踏ん張っているから当面大丈夫だ。東子ちゃん、市ヶ谷にはこう伝えてくれ――台湾の第6軍は全軍を挙げて九州高千穂に投入すること! あそこは強襲上陸専門の、水陸機動旅団の部隊だろう? そう、ノルマンディの再来だよ。我がオメガ特戦群はこれに先行し、敵の出現ポイントを叩く。後続を断った敵主力をここで潰して、一気に形勢逆転を図るんだ!」
さすが、叶の説明は理路整然としていた。四ノ宮も、その作戦に完全に同意だった。ただ――
「あ、ねぇ東子ちゃん。今回私も高千穂に行っていい?」
出た――
「いや待て……貴様に死なれたら困るのだが――」
「だってほら……あ、そうだ! いつもみたいに警備をつけてもらって……」
「そんな戦力の余裕がどこにある!?
「あっ! だったら……
は――!?
この男は、いったい何を考えているのだ――!?
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