第191話 希望と絶望
「大丈夫――彼は助かるよ」
医師免許を持つ叶の明確な発言に、
未来との再会で、話したいことは山ほどあったが、とりもなおさずこの
「すぐに野戦医療キットが必要だ。この際、簡単な手術もここでやってしまう」
「――ここで、ですか!?」
叶の指示に、士郎は一瞬だけ戸惑う。脱出するほうが先では――?
「この一角だけは制圧したが、外はまだ絶賛営業中だ――脱出を考えるならここである程度回復させたほうがいい」
「……わ、分かりました。生き残りの
確かに叶の言う通りかもしれない。一見したところ彼は重症だ。本来ならハルビンを脱出して、近郊の
パパパパパパ――
外で軽機関銃の音がひっきりなしに響いていた。それに混じって時折ズゥゥゥゥンという鈍い衝撃音も伝わってくる。戦闘はまだ続いているのだ。クソッ……人手が足りないな。
その時だった。
「あのー……」
「あっ! 隊長さん――無事だったんですねっ!?」
未来が唐突に叫ぶ。隊長さん!? そうか、やっぱり――
先ほど地下通路への入口に陣取る守備兵たちと激しい銃撃戦を繰り広げた際、いきなり敵兵たちの背後から現れたかと思うとズドンとやってくれたのが彼らなのだ。
同じ中国兵なのに? と一瞬思ったが、士郎はその時ピンと来たのだ。もしかして彼らが未来を守ってくれていた……!?
だが、戦闘中ということもあり、確証も持てなかったため、その場の流れで一応彼らには銃を突きつけ、投降させていたという次第だ。
「いえね、オメガちゃんたちがこの人たちに目もくれず、中尉に続いて地下に飛び込んでいったから、もしや、と思ったのですよ」
後ろからニュッと新見が顔を出す。そうか――! オメガたちが敵意を見せなかった、ということで、未来と関わりのある兵ではないかと思ったわけか。
「それで、さっきチラッと聞いてみたら、案の定未来ちゃんと一緒に立て籠もっていた兵士の皆さんだったことが分かり――」
田渕たちに頼んで縄を解いてもらったのだという。
「いやぁ、さすが新見中尉ですよ。よく気の回る方です」
そう言いながら、田渕も続いて入ってきた。「えっ? あっ……そ、そうかしら////」などと何故か赤面している新見を不思議なものを見るような目で見つめていた未来は、さっそく士郎に提案する。
「――士郎くん、この隊長さんたちも、私たちと一緒に行動できないかしら?」
「はい、あのー……政治亡命、ってことで……何でも手伝いますよ!? 将軍の命を助けるためだったら、何でもします!」
未来の言葉を引き継いだ隊長(仮)とその仲間の兵士たちは、士郎に向き直ってキリっと見つめてきた。まぁ、もともと楊大校率いる中国軍とはここまで合同で戦ってきたし、何より未来の命の恩人たち、ということでいいのだろう。ここまで来て、断る理由など何もなかった。人手はいくらあっても足りないのだ。
***
ここにきて士郎がまず取り組んだのは、部隊の再編制と戦線の再構築である。
夢にまで見た未来との再会――それ自体は果たしたが、なにせここはまだ敵支配地域のど真ん中なのだ。ゆっくりと積もる話などしている暇もなく、やることは山ほどある。
『ア号作戦』の最終目的はあくまで「未来の奪還」――つまり、合流しただけでは駄目なのだ。無事日本に帰国させるところまでが作戦だ。
将軍もきちんと健康体にして楊大校に返してあげなくては、男の沽券にかかわる。
とにかく今一番必要なのは「時間」だった。
ここまでの戦闘で、士郎たち第一戦闘団は、組織的戦闘を維持できるギリギリのところまでその戦力を削られていた。最初60ユニットが配属されたドロイドたちも、道すがら半島で一個分隊――10ユニット――を置いてきて、その他に戦闘状況下でなんだかんだ20ユニット近くを喪失している。つまり、現在ドロイド兵の戦力は当初の半分……一個小隊規模に過ぎない。
田渕や香坂など生身の兵士たちも、度重なる激戦で今や戦闘行動が可能な人数はとうとう一個小隊を切ってしまった。すなわち、未来に付き従った
となると、現在囮になって敵増援を食い止めている楊大校の部隊を、一刻も早く救出して合流する、という新たな選択肢も浮かび上がってくる。どのみち彼らの戦線が突破されれば、一気にこの本部施設まで敵が押し寄せてくるのだ。そうなったら、将軍の治療どころか、我々自身の脱出もおぼつかなくなる。であれば今のうちに合流して、徹底的な籠城戦に持ち込んだ方が、まだ勝機はあるかもしれないのだ。
そして現状における最大かつ喫緊の課題は、肝心の「脱出」の目途が立たない――ということだ。今のこの状況を「絶体絶命」と言わずして、何といえばいい!?
「石動中尉――もう少しで
新見が進捗状況を報告する。彼女は先ほどからこの留置場の一角に、臨時の前線本部を構築しつつあった。空挺降下の際に乗機が撃墜されて以来、彼女は今の今まで何の役にも立っていない。たとえ不可抗力だとは言っても、これで作戦が失敗すれば死んでも死にきれないだろう。「後悔したくないですから――」彼女はそう言って、なんとか自分の専門分野でこの窮地を脱する術を見つけようと必死にもがいていた。
その結果、彼女が目を付けたのが、誰あろうドロイドの森崎大尉だったのだ。
彼女の個体識別番号は「RD-9119」。日本国が製作したドロイドの中でも、
最初のアルファベットは、彼女たちがどういう種別のドロイドであるかを示している。
「R」は
ついでに解説しておくと、二番目のアルファベットは、彼女たちの量子コンピューターの処理速度を表しており、「D」は今のところ日本で一番ハイスペックな32重層組み合わせ最適解計算ができるAIを搭載していることを示している。
すなわち、森崎の人工知能はそれ自体が
というわけで今や森崎の頭部は完全に中身が剥き出しになり、さまざまなインターフェースを繋がれて結構見た目は衝撃的なものとなっている。その脳に当たる部分は量子計算を激しく行っているのであろう――蛍光グリーンのシナプスのようなものが網の目のように立体構築されて、それが時々キラキラと輝きながら蠢いていた。
「――それで……MCSが再構築されると何がどうなるんですか!?」
「そりゃあもちろん、日本のオメガ司令部とも、黒河市に展開中の作戦本部とも、さらには国防軍のすべてのネットワークとも直接リンクされるわ」
「……ということは……」
「私たちの孤立は解消される、ってこと。黒河市の部隊から巡航ミサイルを撃ってもらうことだってできるようになる」
「そ、それはかなり魅力的な話ですね」
「外交的な問題さえなければ、本当は本土から直接ハルビンまで航空支援を要請することだって物理的にはできるのだけれど、さすがにそれは……ね……」
いやいや、今のこの絶望的な状況を考えると、今の新見の話は十分希望に満ちたものであった。さすがは新見さんだ……こんな芸当、戦場の限られた条件下でやってのけるのは、国防軍広しといえどアンタくらいのもんだ。
***
ちょうどその頃、留置場の別の場所では、叶が
かき集めた衛生兵は3名プラス2ユニット。後者は、たまたま配属されていたメディカルドロイドだ。通常ドロイド部隊には、こうした役割を担うユニットはいないものだが、今回の『ア号作戦』では、人間の兵士たちと共同作戦になるということで、ミサイル駆逐艦『
そして、衛生兵の方も実は医者の卵だったりする。一般的なイメージだと、軍隊の衛生兵はあくまで軍医のサポートをするだけのいわば助手みたいなもので、一般の兵士から選抜されてそれなりに専門課程を経た程度、と思われがちだが、実際のところ現代の軍隊ではその程度では衛生兵など務まらない。
基本的に彼らは外科医だ。なぜなら戦場では、大半が「外傷」だからだ。銃創だったり、刺創だったり、腸が零れ出ていたり、酷い火傷だったり、腕や脚が千切れていたり――
最近の戦場医療は、だからまずはどんなに酷い怪我であっても「延命治療」を最優先とする。再生医療や復元医療が高度化されてきたから、とにかく「現場で死なせない」ことが最も重要なのだ。周辺組織さえ生きていれば、あとは拠点の野戦病院に運び込めばどうとでもなる。
だから、士郎たちのような医療知識に乏しい一般兵士には、とにかく止血と循環の確保が徹底的に仕込まれる。怖いのは「失血死」と「組織の壊死」だからだ。以前、右腕を吹き飛ばされて大量出血していた
そういう意味では、現在
天才叶は言うに及ばず、2人の医療専門ドロイドは3D透視システムを使って体内の様子を簡単にホログラフィック表示できるし、患者のバイタルも極めて正確にモニターし続けることが可能だ。その手先は、コンマ00ミリの手技すら可能とするから、微細な神経線維の縫合すらやってのけるのだ。これに3名のインターンクラスの外科医がサポートする。
ちなみに、大量に必要とした輸血用血液は、中国兵たちが提供を申し出て、とりあえず十分な量を確保済みだ。
士郎はその様子を見て、ひとまず胸をなでおろす。これならきっと、彼も一命を取り留めるに違いない――
その時、久遠の背負っている大型無線機から、ポロンと受信シグナルが聞こえてきた。久遠がすかさず回線を開く。
『――ガガ……こちら……です。そろそろ……どきかも……ません……ガガガ……がとう……』
空雑交じりの音声に、士郎がガバと飛びついた。
「こちら
先ほどの声は、間違いなく楊だった。微かに聞こえてきた単語のニュアンスからすると――これじゃあまるで……「サヨナラ打電」じゃないか!?
楊大校が、数倍する敵増援を迎え撃つために反転してから既に30分近くが経過していた。その間、士郎たちはついに本懐を遂げ、未来と将軍を見つけたのだ。彼らが盾になってくれていなかったら、それは到底叶わなかったであろう。
もう十分だ――今すぐ助けに行かなければ!
今士郎にできることは、突入の機会を作ってくれた彼らを無事助け出し、一緒にここを脱出することだ。死に急いでは駄目ですよ――楊大校!
「ひまりッ! 外の状況は!?」
『――建物周囲の敵部隊は先刻より位置変わらず』
建物の外で外周警戒に当たっているドロイドの佐倉ひまりからすぐさま返信があった。
そうか――楊の部隊は、岩のように戦線を維持したまま、今の今まで敵の攻撃を押し留めていたのだ。
士郎はくるりと振り向いて、オメガたちをざっと見回す。
「みんな――手を貸してくれ……俺は、楊大校を助けたい……」
もちろんだよ――という目でみんなが士郎を見つめ返してくれた。連戦に次ぐ連戦だが……ここはどうしてもオメガたちの圧倒的戦闘力が必要だった。
その時――
新見から待ちに待った連絡が入る。
「中尉! システムが復旧しました。今から
「おぉ! 待ちかねてましたよ新見中尉!」
これでようやく、らしい戦闘ができる!
だが、続く新見の言葉は、士郎を絶望に叩き落した――
「ちゅ、中尉――敵増援部隊の後方から……さらなる大型戦闘デバイスの出現を確認……10……いや、20個体が急速接近中ッ!!」
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