第135話 オメガ特殊作戦群

「部隊気をつけ」

「気をーつけぇー!」

「群長に敬礼」

「かしらーなかッ!」


 鋭い号令とともに、千人近くの兵士が一斉に敬礼する。その迫力はなかなかのもので、動作と同時にザンッ――という風切り音が練兵場に響き渡った。


 日本――横須賀某所。

 一糸乱れぬ見事な隊伍を組んで整列する精兵たちが注目するその先に屹立していたのは、金色こんじきの参謀飾緒付き第一種軍装を完璧に着こなした女性将校だった。その立ち姿には寸分の無駄も隙もなく、対面した兵士たちに圧倒的な威圧感を与えている。

 特徴的だったのは、彼女が陸海空宙電の五軍いずれでもない、見たこともない灰白色の軍装を着用していたことだ。しかも彼女が頭に被っているのは、女性将校がよく着用する舟形のギャリソンキャップではなく、狭めのつばが鼻先に掛かるくらいに目深に被った丸縁の官帽だ。下半身はといえば、太腿部分が大きく膨らんだジョッパーズに膝下までのタイトな黒い革ブーツ。

 圧巻なのは、その腰回りだった。引き締まったウエストを締め上げる幅広の黒ベルトに吊るされていたのは無粋な拳銃ホルスターではなく、軍刀――日本刀である。

 軍服とはこれほどスタイリッシュになれるのか、と目を見張るほどの鮮烈な出で立ちであった。


 女性将校は、カミソリのような答礼を全体に返すと、あらためて仁王立ちとなった。

 ザンッ――と全員が直る。


「このたび新設されたオメガ特殊作戦群・群長を拝命した四ノ宮中佐である!」


 四ノ宮東子――

 この三年間、秘匿部隊であるオメガ実験小隊の指揮官を務め上げた日本陸軍きっての戦術家。一時期は超エリート兵士集団である特殊作戦群タケミカヅチの一個小隊を指揮していたこともある女傑。

 このたび階級を一つ上げ、中佐を拝命していた。


 壇上の彼女の後方には、旗手を務める兵士が一名。

 掲げる軍旗に描かれているのは、深紅の下地に盾のモチーフ。その上に、穂先が二又の二重螺旋となった赤い長槍が二本「X」字に交差する。さらにその上に大きく白く染め抜かれているのは「毘」の一文字。その他の意匠は省略するが、実に威風堂々たる軍旗が吹き付ける海風に翩翻へんぽんひるがえっていた。

 四ノ宮が訓示する。


「我が群は、国防軍創設以来初の五軍統合任務部隊であるッ! 本隊創設にあたり、国家は各軍から選りすぐりの兵士を私に預けてくれた――諸兄は、我が軍を代表する最高の兵士たちであるッ!」

 

 兵たちの顔が引き締まった。


「だが、たった今から諸兄はそれぞれの出身母体のことを忘れねばならない! 海兵も、空兵も、宇宙兵も、電脳兵も、そして陸兵もだ。

 今から諸兄は共に隊列を組み、荒海を越え、空を舞い、宇宙を駆け、電脳の虚空を抜け、荒野を突き進むのだ!

 我々の戦場は、この地球上のあらゆる空間だと心得よッ――!」


 ウーオッ!!

 兵士たちの鋭く短い雄叫びが天を突き抜ける。


「――だが、我が部隊が進むのは、国防軍の中で最も険しく、最も血塗られた道だ! 残念ながらこの中の多くの兵が、志半ばで散華していくであろう。

 ――諸兄らに問う! 死ぬ覚悟はできているかッ!!」


 ウーオッ!!!

 先ほどよりも、更に大きな雄叫びが響き渡った。四ノ宮は、その様子に満足げな表情を浮かべる。


「だが同時にッ! 私は知っているッ!! ――諸兄らが自らの血で切り拓いたその道の先にあるのは――」


 兵士たちが、瞬きもせず四ノ宮を凝視していた。


「――『勝利』の二文字であることをッ!!!」


 ウーオッ!! ウーオッ!! ウーオッ!!!

 地鳴りのようなときの声が巻き起こった。四ノ宮は、兵士たちの興奮を全身に浴び、そして再び鎮まるのを待つ。


「我は常に諸兄の先頭にありッ!! よしんば私が斃れた時はッ――その屍を乗り越えて必ずや敵を殲滅せよッ!!!」


 ウゥゥゥゥゥオオオオッッッッ!!!!


 熱狂が嵐のように渦巻いた。同時に、ひときわ強い海風が練兵場を吹き抜け、毘沙門天の軍旗がバサバサと翻る。どの兵士の顔にも、興奮と戦意が満ち満ちていた。


 オメガ特殊作戦群――。

 それまで国防軍最強の名をほしいままにしていた陸軍特殊作戦群の一個中隊を壊滅させた「オメガ」という名の特務兵を擁し、統幕議長直属の五軍統合任務部隊としてこのたび新設されたこの部隊は、陸海空宙電のどの軍にも属さないが、同時に各軍の最精鋭が選りすぐられて編制された最高最強の超エリート部隊である。

 部隊規模は連隊級――約三千名。通常このクラスの部隊を率いるのは大佐級と相場が決まっているが、中佐である四ノ宮が群長であるという時点で、彼女の優秀さと軍からの信頼を物語っていた。

 今日この場所に集まっていたのは総員三千名のうち集結可能な陸軍出身者を中心とする約一千名弱だ。その中にはレンジャー部隊や空挺部隊からの志願組も多数含まれるが、先日オメガにこてんぱんにやられた特殊作戦群タケミカヅチ出身者の数も中隊規模に達する。僅か数名のオメガに完膚なきまでに叩き潰されたことで、彼らの中には明らかな心境の変化が起こっていたのだ。自分たちは決して強いわけではない。賢者は敗北に学ぶ。彼らの中にオメガに対する敵意はなかった。

 残りの二千名は、練兵場に展開できない者たちだ。

 たとえば海軍から移管された海上戦闘艦艇および潜水艦は現在横須賀沖の相模湾で遊弋ゆうよく中。その中には敵前上陸を想定した強襲揚陸艦も含まれる。

 空軍からの転身組は、この横須賀基地にまだ滑走路が整備されていないこともあり、一時的にその仮住まいを横須賀に程近い厚木航空基地とし、現在戦闘爆撃機隊および無人機部隊が待機中だ。

 そして宇宙軍から組み込まれたユニットは、今この瞬間にも低軌道上の宇宙ステーションで監視活動に当たっている。

 電脳軍からの徴発組は、横須賀に電脳戦システムが整備されるまでは都内某所の地下施設でサイバー空間を巡回中だ。


 新設の「オメガ特殊作戦群」の本拠地を横須賀にしようと提案したのは海軍出身の坂本統幕議長本人だ。もともと陸軍内部に恥ずべき権力闘争があり、実験小隊はその謀略に翻弄されていっとき窮地に陥ったという苦い経験から、近代以降、海軍の息がかかった横須賀にオメガの拠点を移した方がいいと四ノ宮に打診したのだ。

 もとより四ノ宮に異存はなかった。部隊ごとパラオへ亡命を図る寸前にまで追い詰められていた時に統幕議長に助けてもらった恩義がある以上、オメガ部隊が陸軍の管轄から離れるという案を含めて自分たちの身柄は議長に一任したのである。


 坂本は坂本で、国防軍初の五軍統合任務部隊創設に心血を注いでいたところ、その中核となる部隊として、陸軍が極秘に試験運用中だったオメガ特務中隊に白羽の矢を立てたのはごく自然の成り行きだった。

 従来統幕議長は、国防軍の最高司令官という地位にありながら、実際のところは「自分の部隊を持たない五軍の調整役」というのが偽らざる姿だったから、長引く戦争により徐々に国家が疲弊していく中で、停戦あるいは終戦というグランドデザインを描くにあたり、自分が自由自在に操れる統合軍の実現は悲願だったのである。直属の実力部隊を組織することで、戦況に大きな変化を与えうる戦略的作戦が実施できる。坂本なりの終戦工作に向けた第一歩だった。


 このプランに最初に乗ってきたのは海軍だ。元々坂本の出身母体であっただけでなく、海軍は昔も今も国際情勢に敏感で、ますます拡大する戦線に懸念を深めていた。本拠地の用地提供を含め、今回の統合軍実現の最大の功労者は実は海軍なのだ。

 空軍はもともと理路整然としているから、坂本案が現状を打破するには最も合理的な近道であることを否定しなかった。宇宙軍は空軍の弟分みたいなものだから、兄貴がやるといえばやる。電脳軍に至っては――このふざけた連中は――面白そうだから乗ってみたという次第だ。

 そして終戦に向けた動きに最も反対していたであろう頑迷固陋の陸軍は、オメガ討伐騒ぎで馬脚をあらわし最高幹部が軒並み逮捕された直後だったから、幸か不幸か組織的に抵抗することなく統幕議長の提案を受け入れたのである。


 こうして数々の幸運と偶然が重なって、前代未聞の全軍協力による統合軍が急転直下実現したのだ。


 突然、稜線の向こうから戦闘爆撃機の七機編隊が現れた。編隊はみるみる近付くとあっという間に基地上空まで到達し、練兵場直上で尾部から白と赤のスモークを吐いたかと思うとそのままフライバイしていった。部隊編制式を祝うオメガ特殊作戦群・戦闘航空団の祝賀展示飛行だった。

 それに合わせて、沖合の艦艇群からはボォーーーーという汽笛が重なり合って聞こえてきた。

 気が付くと、上空には昼間であるにも関わらず、花火のような鮮やかな巨大3D映像がホログラフィで瞬いていた。時折「祝」などの巨大漢字や花吹雪、「日本一」と書かれた扇子の絵柄などが花火映像に混じって現れては消えるこの緊張感のない演出は、電脳の連中か!?

 さて宇宙軍出身者は何を見せてくれるのか!?

 とにかく各軍出身者がそれぞれのやり方で、新しい自分たちのホームの誕生を祝っていた。

 

 こうして、オメガ特殊作戦群はその部隊編制式をつつがなく終了したのである。


  ***


「今日の編制式、無事に終わったみたいなのです!」


 オメガ少女の中で一番幼い久瀬くぜ亜紀乃が、病室のベッドに起き上がった男に話しかけた。昼間の編制式を終え、誰が病院に報告に行くかというクジ引きに当たったということで、喜び勇んで駆け付けているというわけだ。

 窓の外には美しい夜空が広がる。今夜はやけに流れ星が多いなと思って呟いたら「あれ、宇宙軍出身の皆さんが演出した祝賀天体ショーらしいのですよ」と少女は嬉しそうに教えてくれた。


 ベッドに腰掛けていたのは、石動いするぎ士郎だった。特殊作戦群との死闘で瀕死の重傷を負い、陸軍研究所付属病院で緊急手術に臨んだ士郎はなんとか一命を取り留め、今は横須賀の海軍病院で療養している。


「あぁ、俺も出席したかったんだが、なんせこの身体だからな……」

「しょ――いえ、中尉はまだ安静にしていなきゃ駄目なのです」


 四ノ宮中佐と同様、士郎も中尉に異例の昇進を果たしていた。戦時下とはいえ、通常任官したばかりの少尉が僅か半年で中尉に昇進するなど聞いたことがない。だが、この半年間の士郎のオメガ実験小隊への貢献を考えたら、誰もそのことに文句を言う者はいなかった。大陸での度重なる戦闘といい、先日のPAZにおける特殊作戦群タケミカヅチとの戦闘といい、そして何よりオメガたちとの特別な絆を築きつつあることといい、どの点を取っても彼にしかできない貢献だったからだ。

 今や石動士郎はオメガ部隊にはなくてはならない人材となっていた。それらを踏まえ、四ノ宮は士郎をオメガたちのチームリーダーとして正式に任命していたのである。


「――にしてもなぁ……チームリーダーが呑気に寝っ転がっていたら、格好がつかないと思うんだが……」

「そんなことないのです。それに、中尉はまだ満足に動けないのです」


 亜紀乃が困ったように言う。


「それな……いったい全体、自分の腕や脚を動かすのに何だってこんなに苦労するんだ……!?」


 士郎は自分の指をキュイキュイと動かしてみる。左腕が機械化腕手ロボティクスアームと化していた。


 擬体化トランスヒューマン――

 全身に十数発の弾丸を受け、人体の様々な部位と器官が大きく損傷した士郎にとって、唯一の救命手段は機械の身体に換装することだった。

 残存する生体機能は極力残したとのことであったが、彼の擬体化率は60パーセントを軽く超える。例えば、爆風で吹き飛ばされた左腕は肩関節を含めて全部機械の腕と置き換えたし、右腕だって二の腕部分は人工筋肉だ。そのパワーに耐えなければいけないために、肘と肩の関節も加速装置アクセラレータ付きの人工関節に置き換えられている。

 加速装置といえば下半身もだ。銃弾で原型を留めていなかった両脚はすべて機械化脚足ロボティクスレッグに置き換えられ、ご丁寧に推進装置スラスターまで付いている。

 四肢が機械化されたことで、全身の骨格も強化された。運動機能に関わる関節部分には基本的に衝撃吸収装置ショックアブソーバが組み込まれているし、体幹部の肋骨や腕を支える鎖骨部分、そして一番重要な脊椎についても生体骨の周りは厚さ0.1ミリの強化骨格で覆われた。もちろん、残された生体筋肉パーツについても、ナノ技術によってその筋繊維は飛躍的に強化されている。

 内蔵や目、耳などの器官についても損傷部分はすべて置き換えられた。失明していた右眼は完全に機械に置き換えられ、左眼もそれに追従して視神経が強化された。人間の眼球機能は両目揃ってバランスが取れていないと真っ直ぐ歩くことすら困難になるからだ。

 消化器系の大半と生殖機能が機械化されなかったのは幸いだった。生体発電モジュールを組み込むため小腸は半分ほど切り取られたが、今のところ士郎はまだ美味しい飯を食べられるし、子供も作れるというわけだ。


 ともあれ、士郎はこのメカメカしい自分の新しい姿に今のところまったく慣れていないのである。「そのうち慣れるから」と言われてはいるものの、未だに自分で考えて認識しないと機械の四肢は言うことを聞いてくれない。神経伝達によって動作する機械化装置ロボティクスデバイスは歩行する際に「右脚――前、左脚――前」と必死で考えないと前に進めないのだ。

 したがって、そんな士郎の不自由を見かねたオメガ少女たちが、こうやって毎日交替で付き添いをしてくれているのだった。


「――そういえば! まゆちゃんはもう軽く走れるようになったみたいなのです」

「えっ? マジか……!?」


 広瀬繭――。両脚切断で車椅子生活を送っていた小さなオメガ少女。運動機能がオメガの平均値を大きく下回っていたせいで余剰放射能の排出不全に陥り、その生命さえ危ぶまれていた少女。

 普通の人間アルファの輸血や臓器移植に拒絶反応を起こしてしまうというオメガの特異体質のせいで大規模手術が不可能だった彼女は、そうした拒絶反応を一切示さない士郎の血液のお陰でようやく擬体化手術に踏み切ることができ、無事に欠損部分を機械に置き換えられたそうだ。

 擬体化したことでその運動機能も今後劇的に向上することが予想され、放射能排出不全もじきに寛解する可能性が高いという。放射能排出の出口を求め、身体の各所が裂けていた現象も徐々に落ち着くとみられている。

 士郎たちが手にした、僅かな勝利のひとつであった。


「やっぱり若いですから、慣れるのも早いと思うのです」


 亜紀乃が相変わらず機嫌よさそうに話しかける。

むぅ――と自分の不甲斐なさに気落ちしながらも、士郎はどうしても聞かなければならないことを亜紀乃に訊ねた。


かざりの具合はどうなんだ――?」


 その途端、亜紀乃の表情が曇る。


「……まだ……昏睡状態なのです……」

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