第83話 くるみバスタイム
カシャン――
「し、失礼しまーす……」
くるみがおずおずと浴室に入ってきた。全体的に湯気で視界がぼんやり霞んでいるため、ところどころ焦点が合わない。が、士郎の大脳皮質後頭葉にある視覚野は、それがどう考えても全裸であることを告げていた。タオルすら巻いていない、一糸まとわぬ姿、である。
「……ど、どうぞ……」
士郎は躊躇いながら返事をする。湯船に顔を半分沈め、なんとか動揺を悟られないよう無駄な抵抗を試みるが、もはや逃げ場はどこにもない。
そうこうしているうちに、全裸のくるみは湯船のすぐ傍までひたひたと歩み寄り、そっと腰を落として士郎の視界にその全身を預けた。恥じらうように右腕を回して胸の部分と下腹部を隠した様子に、士郎の心臓はドクンっ――と大きな脈を打つ。
ぴちゃん――と雫が垂れる音が響いた。
すったもんだの挙句、士郎が提案したあみだくじによって、明日までのローテーションが決まった。
結果、今夜の就寝相手に選ばれたのは蒼流
一番くじを外したと思って意気消沈していたところに、思いがけない幸運が転がり込んで歓喜に沸いたのはくるみである。よく考えたら「同衾」と「入浴」では今のところ後者の方が圧倒的に刺激度が高い。
「同衾」といっても、士郎の場合は命令だから従っているだけであり、本人の意思としてはまったく覚悟が決まっていないから、結果としてただ単に隣で寝る、というオチになることは想像に難くない。
それに対して「入浴を共にする」という行為は、当然ながらお互い「全裸」になるわけで、その時点で士郎の意思には関係なく、一気に親密度は高まるしかない。こちらの方が断然「一線を超える」可能性が高いのである。
久遠は「絶対に負けないから!」と言い放つとものすごい勢いで自室に戻って行った。いったい何を企んでいるのか。いっぽうくるみは満面の笑みを浮かべて「士郎さん、先に入っていてください」と勝者の余裕で士郎を浴場に送り出したのである。
ということで、今はオメガ専用隊舎に設けられた広さ六畳ほどのバスルームに二人っきりという状況なのだ。
くるみは士郎のすぐ目の前でおもむろにシャワーの栓を開いた。サァァー……と降り注ぐお湯から新たな湯気が立ち昇り、視界はさらに霞んでいく。くるみはシャワーヘッドを左手で掴み、肩口から背中、そして胸からお腹へとゆっくりと全身を温める。珠のような白い肌に飛沫が跳ね返り、次第にその肌は薄紅色に色づいていった。
キュっ……と栓を閉める音が聞こえると、カタンっと腰を上げたくるみが士郎をゆっくりと見据える。
「士郎さん……入っても……よろしいでしょうか」
「あ、あぁ……」
するとくるみはそっと左脚を上げたかと思うと、湯船の
「――ふぅぅぅ……」
煽情的な吐息をついてくるみが湯船に座り込む。ちょうど脇の高さまでお湯に浸かると、胸の上あたりが吃水線になった。細い鎖骨部分には珠になった雫が留まっている。
首筋から少しだけ視線を下げると、白い肌がきゅっと盛り上がり、双丘が窮屈に押し合って中心に深い谷間を作っていた。氷山のようなそれは、当然湯面の下までなだらかに続いているが、吃水下の様子は揺らめいていてはっきりとは視認できない。
だが、士郎にとってはそれだけで十分刺激的な光景であった。
よく考えたら女の子と一緒に風呂に入るなんて、小学生の時に妹の
ところが今目の前で一緒に湯船につかっているくるみはどうだ。お湯の中で体育座りしているせいで、幸いなことに肝心なところは隠されているが、全体的に華奢であるにも関わらず、自らの膝が押し当てられた胸の部分は豊かな脂肪が行き場所を失って上部に押し上げられ、余計にその豊満さを強調していたし、きゅっと引き締まった腰から下は、揺らめくお湯を通してでも十分その丸みを認識することができた。
細い肩口から伸びる二の腕は細すぎず太過ぎず、同じように目の前に突き出た膝を頂点に折り曲げられたその長い脚は、太腿方向はほどよい肉感、爪先方向はすっきりと細く長く、まるで何かの規格品のように絶妙なバランスを持ったその肢形は、まさに美脚といっても過言ではない。
これが第二次性徴を経た女性の裸身なのか……と士郎は思わず唾を飲み込む。
「士郎さん……? お顔が少し赤くなっています」
当たり前だ。彼女の肢体はもうすっかり大人の女性だというのに、首から上はあどけない少女のような清冽さを醸し出していて、それは恐らく世の男たちの大半が嫌いではないギャップなのだ。
普段はゆるくツインテールにしている薄桃色の髪はお湯に浸からないようにアップに纏められ、細い首筋のうなじがすっかり露わになっていた。
上気した頬は今やピンクに染まっていて、少し垂れ目ぎみの大きな瞳が潤んだように上目遣いで士郎を見つめる。長い睫毛が瞬きするたびにパチパチと揺れ、少しだけぽってりとした唇が艶々とぬめったような光沢を湛えている。
「そ……そうだな……少しのぼせたかもしれない……」
「た、大変です……お湯から上がったらどうですか」
「あ……うん」
といっても、士郎には湯船から上がれない深刻な事情があった。
普通に考えたら分かることなのであるが、22歳の健全な青年がこんな視覚の暴力に晒されて何の変化も現れないわけがないではないか。
士郎は前屈みになったまま、ますます身体を湯船に沈めるしかない。
「……士郎さん……ほんとに大丈夫ですか?」
そう言うとくるみは、体育座りの姿勢からその長い脚をよっと解き、士郎の方に膝下を投げ出して絡みつくように前に進み出た。ちゃぷちゃぷとお湯がさざ波を作り、二人の間に波紋が行きつ戻りつする。
すると士郎の臀部の横から、くるみの白い脚がにゅっ……と絡みついてきた。ちょうど彼女のふくらはぎの内側が、士郎の腰の両側を軽く挟んで触れているという状態である。その触感はつるりとしていて柔らかく、彼女の肌のきめ細かさを物語っていた。
「ひぁっ……」
士郎は思わず情けない声を漏らす。気が付くと、すぐ目の前にくるみの顔が近付いていた。鼻と鼻との距離はせいぜい15センチくらいか。するとくるみは迷わず両腕を前に突き出し、士郎の腕にそれぞれをむにゅりと絡みつかせた。つまり……お互い身体の前面を無防備に晒したような恰好となる。
さすがにここまで近づくと、先程までお湯の下に隠れていたくるみの豊かな双丘の先端や、細くて白い腹部、さらにはその下部分までもが露わになって視界に飛び込んでくる。
「ちょ! くるみっ……!?」
「――ダメ……ですか……?」
「いやいやいやいや! だだだ駄目だろう普通に考えてッ!」
士郎は慌ててくるみから離れようとするが、両腕と腰部分にがっしりと絡みつかれていて最早身動きもままならない。バシャバシャと無意味にお湯が掻き回されているだけだ。
するとくるみが少しビックリしたような、艶めいた声を突然上げた。
「あっ! ――あら……////」
その視線は士郎の下腹部を凝視している。バスルームの温度で上気していた顔が、今度は違う理由で見る間に赤く染まっていく。
瞬間、士郎は何を見られたのか完全に理解して――
そして全身の血液が急速に頭に登っていく自覚症状を一瞬だけ感じた後、視界が暗転してそれっきり意識を失った。
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