第81話 体液交換

 オメガには、普通の人間の血液を輸血することができない……。彼女たちの免疫システムが拒絶反応を示すから……。

 だが、西野ゆずりはは士郎の輸血を受け入れた。それだけでなく、その後の手術でも大量輸血が必要な義肢換装に成功した――。

 考えられるきっかけは唯一「士郎と楪が輸血に成功した」すなわち「アルファDNAとオメガDNAの体液交換を行った」から――。


「――それしか考えられないとは思わないかね」


 叶は士郎の顔に鼻をこすりつけんばかりに近付いた。


「そもそも、君のDNA成分を注入された人間が、オメガの攻撃対象でなくなる、ということ自体信じがたい現象なのだよ……君はいったい何者なんだ!?」


 確かにその通りだ。叶少佐の話を纏めると、要するに普通の人間はあらゆる面でオメガにとって「敵対的存在」なのだ。

 彼女たちが激昂すると、とにかくその場にいる人間は敵味方関係なく殺戮の対象だし、普通の人間の輸血を受け入れないというのも要はオメガにとって生物学的に人間が「異物」であることに他ならない。

 かつて新見少尉が「オメガは人間を絶滅させるために存在しているのではないかと思うことがある」と言っていたのも、今となってはあながち荒唐無稽な話ではないかもしれないとさえ思うのだ。

 叶がさらに続ける。


石動いするぎ君という存在は、もしかしたらオメガと人間の間を取り持つ触媒、あるいは変換機の役割を果たしているのかもしれないんだ。君はその能力をいったいどこで手に入れた!?」


 叶は、ソファに座る士郎の後ろ側に回り込み、がしっと肩に手を置いた。

 そんなことを言われても、こっちには何も思い当たることがない。


「まぁ……そうはいっても君自身にもわかるまい。君は、知っててそれを当局に隠蔽するほどアナーキストでもないだろう。

 ……ま、君がなぜこんな特殊な能力を持つに至ったのか、その原因はそのうち探るとして、今は君がオメガにとって特別な存在なのだ、ということさえ分かっていればいい」

「……特別……ですか……」

「そうさ。仕組みは分からなくとも、効果が明確であることは間違いないんだから、私は君のDNAを今後も大いに活用させてもらうつもりだよ。例えばあの敵味方識別IFFワクチンのようにね」


 そうだ。あの絶望的な状況で、新見少尉の命を間一髪で救った甲型弾。少なくとも、あれさえあればオメガは味方の兵士を二度と傷つけることはないのだ。


「――それでね……モノは相談なのだが……」

「……はい」

「君、オメガたちと今後一緒に生活してもらえないだろうか……」

「はぁ……今既に同じ隊で生活を共にしておりますが……」

「いや、そういうことではなく……」


 叶はほんの少しだけ、かざりのほうに視線を向ける。


「一緒に寝起きして欲しいと言っているのだよ」

「……は?」

「つまりだね……君とゆずちゃんは、輸血という体液交換を行うことによって、オメガの拒絶反応を克服したわけだ」

「……はぁ……」

「人間の体液というのは、血液だけじゃない。リンパ液も、唾液も……あと、その……」


 なんとなく叶の言いたいことが分かったような気がする。


「――ちょ、ちょっとま――」

「せ、精液なんかもいわゆる体液であるからして――」

「ちょ、少佐!?」


 士郎は、隣にいる文をチラリと横目で見やった。「ん?」という不思議そうな顔で士郎を見返す文。


「――いや、だから、君とオメガたちが常に一緒にいる環境を作れば、ほらっ、間違いが起こるかもしれないじゃないか」

「はぁぁぁぁあああっ!??」


 よりによってこのタイミングで文が話に割り込んでくる。


「ねぇねぇ先生、間違いって?」

「――ん? いや、この場合は間違いとはいわないな……たとえば君と石動君がせっ――」

「せ、せんせいっ!! あ、いや……少佐っ!!」

「君は何をそんなに慌てているのかね? 私は純粋に科学的好奇心から――」

「だっ、だからっ! そんなこと文に言っちゃいけませんって!!」

「ねぇねぇ士郎少尉ぃー、わたしと少尉は何をすればいいのぉ?」

「おまっ! お前は少し黙ってろ!」

「分かった分かった、じゃあ久遠くおんちゃんもう二十歳はたちだから、彼女だったら文句はないだろ?」

「いやありますって! 大問題ですよ!」

「ねぇねぇ久遠ちゃんってどういうことぉ? わたし大丈夫だよぉ!」

「いいから文は黙ってろ!」

「ほらっ! かざりちゃんも大丈夫って言っているし――」

「こいつは純粋培養だから我々が何を言っているのか理解しておらんのです!」

「なんだ、君はもう心に決めた女性でもいるのか?」

「いやだからいませんって!」

「えっ!? 少尉って彼女いないんだ! だったらわたしが――」



「――何の騒ぎだ!?」


 突然鋭い声が部屋を切り裂いた。そこには実験小隊の指揮官、四ノ宮東子少佐が驚いたような顔で突っ立っていた。


  ***


「まったくもって馬鹿なのか貴様は!?」

「いやだって東子ちゃあん……これには我が軍の未来がかかっているのだよ」

「東子ちゃん言うなっ!」


 四ノ宮少佐が叶少佐に掴みかかっていた。思いがけない組み合わせだが、二人はいわゆる「同期の桜」ということで、旧知の仲らしい。


「せっかく気が向いてその貧乏神みたいな不景気なつらを拝みに来てやったと思ったら、なぜうちの隊員が貴様の部屋にいるのだ!? しかも同棲しろなどと強要しおって……」


 顔を見に来た、ということは、それなりに仲がいいんじゃないだろうかと士郎は思うのだが、今は黙っておく。だが、堅物の四ノ宮少佐が来てくれて一安心だ。


「いや別に同棲しろなんていってるわけじゃないよ……私はただいろんな種類の体液交換を石動君とオメガたちに実験してもらいたかっただけなのだよ」

「いいか元尚! 、亜紀乃はまだ14歳なんだ。文にしたってまだ16歳なんだぞ……」


 ん……? なんだかちょっと引っかかる言い方をしているような気がするが。


「だ、だったら、亜紀乃ちゃんは唾液交換までで良しとするよ――」


 え、何言ってんだこのオッサン。


「いーや、かざりゆずりはもダメだ……くるみは……くるみもギリギリ駄目だ」

「……そ、そうか」


 な、なんの話だ……?


「久遠だけだ」

「……わ、わかった」


 てオイ!? 久遠だけって何が!?


「し、四ノ宮少佐! しっ質問してもよろしいでしょうかッ」

「許可する」

「自分は事態を飲み込めておりませんッ」

「うむ」

「これから自分はどうなるのでありますかッ?」


 四ノ宮少佐がニヤリと笑った。


「石動少尉ッ! 傾聴せよ」

「はッ」

「命令を伝達ッ

一、本日帰隊後ただちに寝所を変更、オメガ四名と合流せよ

一、入浴は同時とせよ

一、就寝時は必ずオメガの誰かと同衾どうきんせよ

一、行為については蒼流久遠のみ無制限、それ以外は威力偵察にとどめよ

以上!」


「は……はッ」


 なんだこの命令は――

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