第54話 アラビアンナイト
サイードのダイニングは、ちょっと他の店とは違う雰囲気だ。
モロッコ風にまとめられたインテリアは、ベージュを基調色に白い土壁をイメージした差し色が等間隔に並ぶ。
テキスタイルはアラベスク模様で、金糸や銀糸で織られたシーツに包まれたソファーは全体的に背が低く、優雅にフロアに広がっていた。その座面には赤やオレンジの大きなクッションがたくさん置かれている。
フロアにはペイズリー柄の毛足の長い大きなラグが敷かれ、ゴージャス感を引き立たせていた。
薄暗い店内は壁で各所に仕切られており、半個室になっているのがポイント高い。ところどころに置かれたアラブ風ランプや水タバコの置物がエキゾチックな雰囲気をいっそう掻き立てていた。
おまけに店全体にカルダモンの香りが漂っている。
まさにアラブの王侯貴族の隠れ家、アラビアンナイトといった雰囲気だった。
まだお昼には少し時間があるので店内にはほとんど人がいないが、こうした独特の雰囲気が結構人気らしく、おかげさまで商売繁盛ということだった。
士郎たちはそんな店内の一番奥まった半個室に案内され、思い思いにソファーで寛ぐ。目の前のテーブルには次々に料理が運ばれ、オメガたちが目を輝かせていた。
サイードが席につき、少女たちに食事を促す。
「さぁさぁ食べてネ! まずはメッザ! これはヤーランジーね」
メッザとはアラブ料理の「前菜」のことである。「ヤーランジー」とはヒヨコ豆や野菜をブドウの葉でくるんで煮た物で、主にシリアでの呼び方だ。ちなみに他のアラブ諸国では同じ料理のことを「ワラカイナブ」と呼ぶ。サイードたちはシリア出身なのだ。
「おっとお腹ペコペコの人はこれネ! マンサフ! ヒツジのお肉味! ゴハンにかけて食べるよ!」
「あとコレ! ミントティー! フードと一緒でもオケー!」
サルマがテーブルについて先ほどからミントティーを淹れている。アラブ人のお茶は掌に収まるような小さなガラスコップに注ぐのが基本だ。
ティーポットの傍に置いたミントの葉が穏やかに香る。
「ミ、ミントは私ちょっと……」
亜紀乃がちょっとだけ顔をしかめる。まだ舌が子ども味で苦手なのだろう。
「あーダイジョブねー! アラブのフードめちゃくちゃアブラっぽいからねー! 一回食べたら二ホンジンの半年分ねー! ミント飲みたくなるヨ!」
「そ……そうなのか……」
何事にもストイックな
そこで、なんとなく見慣れた感じのピザっぽい料理にまずは手を出してみる。シリア風ピザ「スフィーハ」である。
もぐもぐもぐ……
もぐもぐもぐもぐ……
「えっ!? これチョー美味しい!」
ごくんと咀嚼した久遠の瞳がハート型に光る。
その言葉を合図に、少女たちが色めき立った。
「わ、私も食べてみる! い、いただきますっ!」
「あーまって私も!」
「ちょ! じゃあ私はこっち!」
賑やかな宴が始まった。こうなったらあとは盛り上がるだけである。サイードが厨房に合図すると、次から次へとさまざまなアラブ料理が運ばれてきた。
「おいしいのですっ! でもアブラっこーいのですっ!」
そういってゴクゴク喉を鳴らしてミントティーを飲んでいるのは
「甘ーいのスキな人スイーツもあるからネー!」
「「わーい! 食べたぁい!!」」
文とくるみが別腹体制に入った。ピスタチオが表面にしっかり
途端に他のオメガたちもスイーツに走る。
そんな彼女たちのはしゃぎっぷりを横目に、士郎はサルマとサイードを見つめて微笑みを交わす。こんな平和な時間がずっと続いてほしい――。
士郎はふっ、と神代
拉致されて、今は行方不明となった士郎の「天使」。
士郎が曲がりなりにも正気を保っていられるのは、
今度この店に来る時は、絶対に未来も一緒だ。もちろん、現在療養に努めている西野
「そろそろみんなお腹も落ち着いたようね――」
サルマがみんなを見回しながら言った。
すっ……と辺りが静かな空気に変わる。
「――じゃあ兄さん、お話してくれるかしら」
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