第6章 矜持
第48話 査問委員会
〈オメガ実験小隊〉が日本に帰国して既に二週間が経過していた。
当初の予定では、もっと長期間に亘って大陸で戦闘実験を繰り返す予定だった。だが、神代
さすがにこれ以上は継続できないとの陸軍参謀本部からの命令を受け、急遽実験を切り上げて帰国したというのが真相だ。
石動士郎は疲れ果てていた。
つい先ほどまで、オメガ実験小隊をはじめとする〈特命中隊〉の指揮官を務めていた四ノ宮東子少佐の査問委員会に出席していたからである。
委員会は、所沢にある第一軍司令部の中に設けられていた。そこでは、情報本部の総責任者である榊少将を査問委員長とし、参謀本部作戦部長、憲兵総隊法務部長、陸軍研究所技師長など、錚々たる重鎮が査問官として席を連ねていた。そこで一週間に亘って行われていたのは、オメガ実験小隊の戦闘詳報を検証し、責任の所在を追求する作業である。
今日の査問では、四ノ宮少佐の作戦指揮について落ち度がなかったかどうか、繰り返し繰り返し詰問された。遣り取りに要した時間は実に三時間以上に及ぶ。
だが士郎としては、少佐の指揮ぶりを脚色なしで正確に証言するだけであった。
査問官の一人は、あらゆる角度から東子の指揮統率への疑問を提起したが、それらのすべてに対し、士郎は「最も合理的かつ最善の選択肢だった」と事実を回答するしかなかったのである。
「石動少尉、君はなぜ襲撃作戦が成功裡に終了したにも関わらず、その後六時間以上に亘って現場に待機するよう命じられたのかね。すぐに離脱すれば不要な攻撃を受けずに済んだとは思わないかね」
「はっ、我々は襲撃作戦の結果保護した民間人を安全に護送する必要がありました。そのためにはトラック隊の到着を待つ必要があったと理解しております」
「しかし現場には〈飛竜〉も展開していたんだろう? 〈飛竜〉で民間人をピストン輸送するという選択肢もあったのではないかね」
「確かにそういう判断もあり得たかもしれません。しかし〈飛竜〉の積載量を考えると、最低でも三往復、しかも日中の移動という点を考慮に入れますと、敵性地域での頻繁な飛行はいたずらに敵軍に部隊行動を露見させる恐れがあったと思料いたします。秘匿行動を前提としたオメガ小隊の特性を鑑みるに、陸上輸送で纏めて一度に移送するほうが合理的であったと判断します」
「では待機地点での警戒監視についてはどうか。榴弾攻撃を受けたとのことだが、広域警戒網を展開していれば敵榴弾砲部隊の早期発見および被弾回避は可能だったのではないかね」
「オメガ小隊は我が軍の監視衛星による支援を受けておりません。したがって空中警戒管制は〈飛竜〉のみで行っており、これが着陸すると対地警戒は高度300フィートに滞空させる
「……ぐ……だが結果的に敵の砲撃を許し大損害を被ったことについてはどう思うかね」
「はっ、多数におよぶ民間人の死傷や部隊の損耗については極めて遺憾であると考えます。しかしながら初弾の直撃は敵オメガによる異能力発現によるものであり、通常であれば初撃の段階で〈飛竜〉は緊急離陸を行って反撃行動に出たものと推察します。これは不可抗力であります」
これが査問委員会の一幕である。
こんな遣り取りが延々三時間も続けば、誰だって嫌になる。だが、士郎は査問官たちがなぜこれほど執拗に四ノ宮少佐の責任を追及するのか理解に苦しんだ。
これはどう考えても言いがかりである。
むしろあの後、少佐は大惨事となった現場に自ら乗り込んできてくれたのである。四人しか乗れない小さな連絡用ジャイロを自ら操縦し、ラボの医官を乗れるだけ乗り込ませて前哨基地から駆け付けてきた少佐に、士郎は感謝こそすれ恨む道理がない。
確かに損害は大きかったし、それについてはいろいろ思うところがあるが、少なくとも少佐の責任ではないはずだ。
士郎の気がかりは唯一、未来の安否である。
10年前のあの日、出逢った天使が――神代未来だった。
せっかくそのことが分かったというのに……碌に話せないまま非情にも未来は連れ去られてしまったのだ。
あれだけの戦闘力を持つオメガたちをして、未来の拉致を防げなかったということも十分理解できる。
そもそもあのクリーという少女は士郎たちによって〈甲型弾〉を撃ち込まれていたため、オメガたちの攻撃対象とはなり得なかったのだ。
さらに言えば、敵の榴弾攻撃はクリーによる重力干渉のせいで正確無比を極めた。あの少女の言う通りにしなければ、保護女性たちがさらなる脅威に晒されたことだろう。
我々には、クリーの異能を封じる術がなかったのである。
士郎はもちろんあの後四ノ宮少佐に未来の奪還を必死で懇願したが、どう言い募っても許可してくれなかった。
それは恐らく有能な指揮官である少佐の極めてロジカルな状況判断なのだ。
確かにあれだけの死傷者を出したまま、部隊をあてのない索敵に出すのは無謀過ぎたし、それは保護下にある民間人を放棄するということと同義であった。
作戦行動というのは、確かな情報と作戦終了までのシナリオが描けていないと成立しないのだ。少佐はどんな時でも冷静だ――。
だが同時に、彼女は決して冷酷な人間ではない。
もし兵士をただの駒だと考えていたのなら、自ら操縦桿を握って現場に飛んでくるわけはなかっただろうし、重傷者の血で全身を血塗れにしながら搬送作業を手伝ったりはしないだろう。
だから士郎は、未来を救出できなかった件で少佐を恨むことができないのだ。
――今は歯を食いしばって我慢するしかない。焦燥感に駆られているのは事実だが、敵にもオメガという存在がいる以上、こちらも十分な準備を整えていかないと現実問題として未来の奪還など出来るわけがない。
今はただ、神代未来の無事を信じて機が熟するのを待つのだ。四ノ宮少佐は必ず未来の奪還作戦を仕掛けるはずだ。
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