第20話 リスタート

 これがこの家族に起きた出来事の顛末だった。


 そう言われてみると、未来みくも以前このニュースをラジオで聞いたことがあるような気がした。どこかの学校で子供たちが集団不審死した、とかなんとか……。



「それから私たちは避難所のあったUPZ区域から脱出し、敢えてPAZに入り込んだんです。ここなら誰にも見つからないと考えて」


 父親が続ける。


「伊織が原因であることは疑いようのない事実でした。……でもこの子は好きで人を死なせたわけじゃない……」


 そういって伊織の頭に優しく手を置く。

 伊織が、ちょっとねたような、甘えたような顔で父親を仰ぎ見る。


「PAZは……あの街は、予想通り破壊され尽していた。私たちも、しばらくはお店の廃墟みたいなところを転々としていたんです。でも……食べ物なんかほとんど残っていないし、その……正直放射能も……とても心配でした。だから自分たちはこの先到底生き残れないだろうと、覚悟を決めたんです。そしたらある日この子が……」


「あの山の向こうに私と同じ人がいる――って言い出したんです」


 代わって母親が話し始める。その時、伊織が嬉しそうに未来みくの膝に抱き着いた。


「それがお姉ちゃんだったんだよ!」


 未来はそんな伊織に笑顔を向けてみせる。だが、こんな話を聞いてしまった後では、とても笑えるような心境にはならないのが本音だった。


「そうなんです。実際のところ、伊織がこっちだこっちだといって先導してくれて森の中を何日もかけて歩いたんですが、まさかこんな山奥に本当に人が住んでいたなんて……」

「しかも、あなたは伊織と同じ目をしていた……」


 夫婦は改めてまじまじと未来を見つめる。


「未来ちゃん。あなたは私たち家族の事情を決して聞こうとはしなかった……あなたが知りたがったのは、どうしてここが見つかったのか、ということだけで……」


「……それはその……君も伊織と同じ目をしていたから、きっと僕らと同じくらい……いや、もしかしたらそれ以上の辛い経験をしたんじゃないか……って。だから敢えて何も聞かないでいてくれたんじゃないか……って僕ら夫婦は考えてたんだ」


 ぶるんぶるん、と未来はかぶりを振った。

 私はそんなんじゃないの……というつもりだった。


 構わず夫婦は続ける。


「……だからその……もうこの際だから、僕らはみんな『家族』ってことでいいんじゃないか、って……」

「未来ちゃんは私たち家族の命の恩人だから、こちらからこんなこと言うのは少しおこがましいかもしれないけど……ね」


母親が少し苦笑しながら未来の手をとった。



 その瞬間、未来は久々に暖かい気持ちが心の中に流れ込んでくるのを感じる。

 おかあさん……ママ……パパ……かぞく……。

 いつの間にかそれは言葉となって未来の口から零れ落ちる。


「……マ……マ……パパ……」


 その呟きを聞いて母親が感極まったのか、未来をぎゅっと抱きしめ、号泣し始めた。

 それを見た伊織も二人に飛びつき、泣きじゃくる。


 父親は、そんな三人をみんなまとめて大きく抱き寄せた。


「……未来ちゃん! ……よく頑張ったね……」


 〈あの日〉以来、初めて未来は、独りぼっちじゃなくなった。



  ***



 未来は、いつの間にかラボの診察ポッドの中で深い深い潜在意識の海に沈んでいた。

 遥か昔の記憶が、まるでスクリーンに映し出されるように未来の前頭葉に残像を結ぶ――。

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